『シューマンの指』 奥泉光著 講談社

 
a0023152_1750268.jpg
 
 ミステリーとしては、やや理不尽で、納得のいかないところも
あるのだが、シューマンへの興味を駆り立てる上では有効な
作品である。文学で音楽を語るのは失敗しやすいことだが
果敢にこの作家がシューマンに挑んでいる。

 シューマンのピアノ作品は、「クライスレリアーナ」や「子供の
情景」がポピュラーで私自身嫌いではないはが、ソナタはどうも
冗長で、最後まで集中して聞くのは難しいなと思っていた。
 むしろ歌曲に熱中した時期があった。高校のころは「詩人の恋」
が好きで、よく聞いていた。シューマンに対する認識はその程度
のものだった。
 しかし、この小説を読んで、一気にシューマンへの興味がわいた。
一番聴いてみたいと思ったのはマタチッチが振って、リヒテルが
ピアノを弾いたといピアノ協奏曲と、ダヴィッド同盟舞曲集だ。
 協奏曲は、別の演奏を聴いたことがあるが、ダヴィッド同盟舞曲
集はまだ聴いたことがなかった。この曲はシューマンがクララと
密かに婚約した1837年に書かれた。そして夢想されるクララとの
結婚の舞踏会をフロレスタンとオイゼビウスが描写した音楽だと
いう。
 この小説の重要な登場人物であるピアニスト、永嶺修人はこう
語る。
「シューマンの曲はどれもそうだけど、一つの曲の後、というか、陰
になった見えないところで、別の違う曲がずっと続いているような
感じがするんだよね。聴こえていないポリフォニーというのかな。
音楽を織物に譬えるるとしたら、普通は縒り合わさった糸が全部
見えている。なのにシューマンは違うんだ。隠れて見えない糸が
何本もあって、それがほんのたまに姿を見せる。」
「リズムなんだ。結局リズムのせいなんだ。たとえば、この第六曲
の八分の六拍子、右手と左手のアクセントが全然ずれている。
まるで違う曲が混ざり合っているみたいだ。こんなことをするのは
シューマンだけだよ。」

 途中プールでの殺人事件が起きたあたりから、ちょっと小説の
テンポと曲調が変わるのだが、シューマンに関する記述に限っては
乱れず、ぶれることがない。
 
[PR]
by nokogirisou | 2011-01-03 17:50 | 本と図書館
<< 2011年テニスとどうつきあうか ノルウェイの森(映画) >>