『妻を看取る日』垣添忠生(新潮社)

「国立がんセンター名誉総長の喪失と再生の記録」
というサブタイトルがある。これはただの闘病記で
はなく、垣添という医師の自伝でもあり、妻の闘病
死、そしてどうそれを受け入れ、のりきってきたか
という克明な記録である。冷静に客観的に書かれて
いるが、随所に妻へのあふれる愛が語られている。
彼女がとてもすばらしい伴侶であったことがよく
伝わってくる。それを素直に書いていることに違和
感を感じなかった。
 一番印象に残っているのは、妻が自宅での年越し
を希望し、外泊を赦されるのだが、4日目で命つき
てしまうところである。意識の無かった妻が最期に
夫の手を握りしめて「ありがとう」と伝える感動的
な場面だ。できることなら、私も死ぬときには感謝
の気持ちを伝えてから死にたいものだと切に思う。

 この本の特筆すべきことは、愛の物語に終わらず
グリーフケアについてかなりのページを割いている
ことだろう。赤裸々に妻の死による鬱状態、そこか
ら立ち直っていく姿を書いている。そして最終的に
は自分自身の足で立ち上がるしかないという。どん
な学問も助けにはなるが、直接的な救いにはならない
ということか。
 これまで夫が妻のがんをみとった作品をいくつか
読んできたが、どの作品も夫が手放しで妻への愛を
綴っている。夫による妻の闘病記の方が妻による夫
の闘病記よりも数がおおいのではないか。妻が夫を
看取った記録で、全面的に愛にあふれるものはあった
だろうか。一番に思いつくのは『二人で紡いだ物語』
(米沢富実子著)だろうか。しかし、女性から男性を
看取った記録は抑制が効いていて、敬意や感謝は書か
れていてもストレートに愛を語るものは少ないのでは
ないかと思ったりする。どうなのだろう。
 身近な者の死も自分の死もそれほど遠いものである
まい。死を意識して今の生を大切にしたいと思う。
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by nokogirisou | 2011-12-31 15:43 | 本と図書館
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