母の日に

 事情があって、私は自分を育ててくれた母親と、うまくやって
これたとはいえない。思春期のころからずっとずっと反発してきた。
表面的には仲よくを心がけ、絶対心を許さないと思ったり、あるとき
は全面対決したり。さすがに大人になってからは面従腹背で、母への
怒りを本人の前で見せることはなくなった。
 しかし、ここ最近母が認知症の症状を見せるようになってちょっ
と変わってきた。最初はとにかくいらいらした。私は怒ってばかり
だった。なにもかも平気で忘れてしまうことがたまらなかった。
 けれども認知症のおかげで、母は私の生活に干渉や心配をしなく
なったのだ。自分の生活でいっぱいになったのだ。また母とけんか
ができなくなった。いろいろなことができなくなっていく母に、そ
して私との確執を忘れている母になんともいえない思いを抱いた。
 そのおかげもあってか、私のとげとげした母への思いが氷解して
いくのを感じる。本当に何で自分がそんなに母に対して怒っていた
のかわからなくなった。
 今日、花屋で義理の母のために花を買っているときに、私は自分を
育ててくれた母にここ何年も花など贈ったことがなかったことに気づ
いた。あわてて母をつれて再び花屋に向かった。花が好きな母はとて
も無邪気に喜んでいた。いろいろ迷いながら、二つの鉢植えを選んだ。
そして「幸せだ」と言った。この言葉を私はどう聞いたらよいのだろう?
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by nokogirisou | 2012-05-13 20:16 | 日々のいろいろ
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