モーツァルトのレクイエム

 やはり映画「アマデウス」を思い出す方が多いだろうか。
私はモーツァルトのレクイエムというと、大晦日を思い出してしまう。
高校時代、図書館のカウンターの周りにあつまる奇妙なサロンが
あったのだが、そこでは大晦日にモーツァルトのレクイエムを聴く
ことがブームだったのだ。
 サロンのゲストとしてはしっこに、とりあえず立っていた私は
 「へえ、そうなのか」と感心してきいていた。。
 
 これはやはり名曲だと折に触れて思ってきた。
 かなうことなら、一度歌ってみたい曲である。

 昨日、偶然テレビをつけるとまさにN響アワーの放送開始直前だった。
  「N響神戸特別公演~阪神淡路大震災から10年~」の放映だった。





阪神・淡路大震災から10年がたった節目に、NHK交響楽団は、神戸で
モーツァルトのレクイエムを演奏したのだ。指揮はN響音楽監督のウラジ
ーミル・アシュケナージ。
 彼はインタビューの中で「音楽が人の哀しみをすべてぬぐい去ることは
ありえない。けれども、哀しみをいやす手助けにはなる…」というようなこと
を言っていた。
 演奏が始まって、私はテレビの前に釘付けになった。
 アシュケナージは最近、きれいにこぢんまりまとまりすぎだなどという
悪口も言われているが、この演奏は私の心の響いた。
 合唱もソリストもN響と一体になってきこえた。
 いや演奏の是非など、そのときの私にはどうでもよく、あの時あのタイミング
でモーツァルトのレクイエムを聴けたことが感動だったのかもしれない。
 もっともっと聴きたいと思った。
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by nokogirisou | 2005-02-07 06:13 | 音楽
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