中村柾子さんと水村美苗

 ご縁があって、『絵本はともだち』の著者で青山学院女子短期
大学講師の中村柾子さんが新潟で講演されたときの記録を読む機会
を得た。それを読んで、愕然とした。水村美苗の『日本語が亡び
るとき』のある一節を引用していたからだ。この本は私にとって、
非常に重要な本で、折に触れてくりかえし読み続けている本である。
しかし、今回中村さんが引用された2つの文は、これまで耳が痛く
読み飛ばしていた箇所のものである。

「教育とは家庭環境が与えないものを与えることである。
 教育とは、さらには、市場が与えないものを与えることである。」


 中村さんは、保育に関わる立場として保育園や幼稚園が、家庭とは
異なる役割、スタンスを持つこと、市場原理とは異なる理念で
子どもたちにいいもの、必要なものを吟味して与える役割を持つ
ことを真摯に語っておられた。

 私たちは、日頃社会の要請により教育実践を行っている。現在正直
に言えば、高校現場にいる私たちは大学入試の問題の影響を受けなが
ら教材を選び、授業している。生徒たちが大学入試センター試験でど
れだけ得点できるか、どれだけ生徒が第一志望の大学に合格できるか
を気にしないと言ったら嘘になる。私はあらためてこの2文を読んで
恥じた。私たちは、「売れていない」「読まれていない」「入試に役
に立たない」ものを現場から排除してきた。したがって、真剣に日本
近代文学を高校生に伝え、読ませる努力を怠ってきた。その結果私た
ちは自分たちの首を締めているのだ。

 国語教育の意味を私たちは真剣に考えなければならないのではない
か。教科書に出ているから、その教材を教室で読むのではなく、どういう
日本語を身につけさせたいか、どういう日本語で書かれた文章を読んで
考えさせたいか、自分自身で問う必要がある。当たり前のことだが、
胸を張ってやってこれたとはとてもいえない。
 おおいに反省させらる時間だった。

 
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by nokogirisou | 2012-09-24 21:53 | 本と図書館
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