映画『さよならドビュッシー』を観た

 中山七里原作・利重剛監督の映画。
「秘めた思いは、『月の光』とともに溢れだす…。」
新潟では単館上映の上、夜しか上映されていない。しかも
15日で終わりだという。思い切って日曜日のレイトショー
に一人で行ってきた。
 
 作品と原作の関係はあれこれ言わない方がよいのだろう。
この作品に限っていえば、監督の解釈と映画の構成が
とても優れていたと思う。ミステリを別の次元に引き上げ
ていたと私は感じた。
 あくまで私の個人的な感想だが、私が、原作を読んでい
て、違和感を覚えたり、リアリティを感じられなかった部分
のほとんどが、映画ではクリアされていたのだ。

 岬先生を演じるピアニスト、清塚信也は、好演だった。
まさにはまり役だろう。彼の中に役者への野心があったに違い
ない。違和感なく岬洋介を演じていた。私がコンサートで観た
清塚信也とは、違う人物だった。
  
 ピアノ演奏のシーンは本当に上手に撮れていた。吹き替え
なしのリストのマゼッパもなかなか聞き応えがあったが、清塚
が弾いた「月の光」の吹き替えの映像もうまくまとまって美し
い映像だった。
 遙に対して語る、ピアノを演奏する目的や、練習の方法、
ピアニスト論などは、原作にはない、清塚自身の持論や
言葉がかなり出ていたと思う。
「ドビュッシーを弾くなら、美術館に行ってたくさん絵を
みなくちゃ」
「ピアニストはステージに上がったら自信を持つ責任がある」
など。

 私が抵抗を感じたのは遙の「人を感動させる演奏」という
台詞。女子高校生に発せさせる言葉としてはこれしかなかった
のだろうが、清塚はこの言葉をむずかゆく感じていたのでは
ないか。

 また映画では遙がドビュッシーの「月の光」を弾くことに
とても大きな意味を持たせ、丁寧に描いていた。なぜこの曲
なのか、納得できた。
 愛知県のピアノコンクールで本戦の課題曲がドビュッシーの
「アラベスク」なのに、どうして自由曲までもドビュッシーの
曲、しかも「月の光」を選んだのか。

 映画はやっぱり劇場で観るに限るなあと思った。
 ドビュッシーのピアノ、これからまた楽しんで聴けそうだ。
 
 
 

 
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by nokogirisou | 2013-02-11 10:50 | 映画
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