ふるさとの春

 雨の風も強い日だった。突然電話が鳴った。父の旧友が入院し
ており、残りの命が短いという知らせだった。
 父の友人の中でももっともつきあいの長い、親しい友だ。私も
小さいときにかわいがってもらった事を覚えている。父は、見舞
いに行きたそうだったが、高齢のため新潟から高田まで一人で行
くことは無理だとあきらめていた。思い切って私が車を運転する
から、一緒に高田の病院に行こうと誘ってみた。
 強風の中、高速道路を軽自動車を運転する。ハンドルがとられ
て何度も怖い思いをした。しかし、目の前に妙高山の神々しい
姿を見たとき、やっぱり来てよかったと思った。上越についた
頃は、雨がやみ、日差しが出ていた。くっきりと妙高山にはね馬
が浮かび上がっていた。ふるさとの山はやはりありがたいものだ。

 父の旧友の入院する病院は、なかなかきれいで、家庭的な印象
をうけた。看護師が「薬で、休んでおられますが、声はよく聞こ
えるので声をかけてください」と言う。しかし病室に入ると父の
旧友は起きていて表情がぱっと変わった。父のことがわかるのだ。
何かしきりにしゃべろうとしているが、何を言いたいのかわから
ない。でも目をしっかり見て、見舞いにきたことを喜んでいるこ
とが私にもわかる。やはり今日きてよかった。
 そうこうしているうちに、ほかにも父の同級生や知人だちが
見舞いにやってきた。みな奥さんから知らせを受けた人たちだ。
 人はみなこうやって年を重ね、弱って、順番に亡くなっていく
のだ。どうしようもないことだ。しかし痛みを軽くしてもらい、
最期に会いたい人たちに会って、自然に自然にろうそくの火が消
えるように死んでいくのであれば、それは悪くない。
 
 病院から出ると、近くの中学校の桜が咲きかけていた。観桜会
が始まったところだ。高田公園を通って帰ることにする。
 高田の桜は三分から五分咲きというところだろうか。あんなに
風に吹かれたのに、花はしっかり咲いていた。ちょうど天気が
回復し、多くの人々が花見をしていた。気がつけば高田の桜を見
るのは20年ぶりくらいだ。すっかり高田は遠いふるさとになっ
てしまったが、やはりなつかしい町である。
 こうして私たちは新潟にとんぼ帰りをした。
 思いがけず、ふるさとの春をあじわう機会を得たことをありが
たく思う。

 
  
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by nokogirisou | 2013-04-07 21:31 | 日々のいろいろ
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