『新編宮沢賢治詩集』新潮文庫

 ひさしぶりに賢治の詩を読んだ。
手元にあるのは、草野心平編。活字は小さく、学生時代の
メモが書き込まれている。やはり「永訣の朝」「松の針」
「無声慟哭」に何度も読んだあとがあった。

 若かったからね。

 しかし、今回図書館にいれたのは、表紙は同じなのだ
が「新編」となっていて、天沢退二郎編だった。活字も
大きくて読みやすい。解説も詳細。天沢らしい。
 
 「春と修羅」を読みながら、「心象スケッチ」と賢治
が呼んだことを納得する。詩を読んでいるというより、
賢治の心を通して、岩手の風景を、賢治のまわりの人々
を眺めているような気持ちになる。

 以前気になった、科学や宗教やその他の専門用語は
今回あまり気にならず、詩の中にしっくりおさまっている
気がした。
 
 詩を読むとはどういうことなんだろう。
 わたしは、いつも言葉の二重の意味をもとめている。
 そして、どちらかというと何か人生の意味のようなもの
 をよみとろうとしているふしがある。
 それは、私自身が詩をつくるとき、生きている上での喜び
 や、どうしようもない絶望感を感じるときだからか。
 
 もちろん
 面倒なことは考えずに、すなおに純粋に作者の言葉の海に
 浸って楽しむ詩集もあるように思う。
 また、最初はまるで自分の中に入ってこなくて、異化に
 苦しむ詩集もあるように思う。

 今回、『新編宮沢賢治詩集』を図書館にいれることになった
 のは、何かの偶然か運命か。
 自分の不器用さを思い知る機会にもなった。 
 
 
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by nokogirisou | 2013-06-16 16:58 | 日々のいろいろ
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