『小林秀雄美とであう旅』白州信哉編 とんぼの本

 blogに美術館見学のことをレポートされている方がたくさんおられる。
それを拝見するたびに、ぜひ自分も足を運びたいと思う…。
 最近は特に見てみたい展覧会が続いている。
 けれども地方にいる者は、なかなか行けない。お金もないし、時間も
ない。欲求不満になっていたときに書店でみつけた本。
 小林秀雄はゴッホ、セザンヌ、ルオーをはじめ、近代絵画についてたく
さん評論を書いている。しかし「ゴッホの手紙」などが書かれたのは昭和22年。
今のようにこんなに展覧会が開かれていない時代である。小林は初期の頃、
複製画と画集だけで、ゴッホについて書いたのだ。
 それでどうしても本物が見たくて見たくてたまらなくなったのだろう。昭和27年
の暮れから翌年の夏まで海外旅行をするのだが、パリを基点に、エジプト、ギリシャ、
イタリア、スイス、スペイン、オランダ、イギリス、アメリカを訪れ、行き先では必ず
美術館に立ち寄ったという。オランダでゴッホの実物の作品を見たとき、もちろん
小林は感動するのだが、「複製は、充分に、ゴッホという人間を語っていた」とも思う。
「烏のいる麦畑」では、あまりの生々しさに、絵としては複製の方がよいと思ってしま
ったという。
 小林が展覧会評を初めて書いたのが「マティス展」(昭和26年)についてだったと
いう。小林は「印象派」ということには全く触れず、あくまでマティスのという芸術家の
一生というシステムを見、感じて述べている。そういう見方はまた私にとって興味深い。
 小林は数多くの画家の評論を書いているが、一番好きだったのはルオーらしい。
中でも一番愛したのは晩年のルオーが愛用のパレットに描いた「ピエロの顔」だそうだ。
その他にもルオーの版画を好んで自分の部屋に飾っていたという。けれども実際には、
ルオーについて多くを語ってはいない。そのためますますルオーのことが気になってくる。
 このほか小林と日本絵画や、骨董との関わりも詳しく書かれている。編集が白州正子の
孫であることも興味深い。彼の母は小林の長女明子であった。!
 この本もまた隅から隅までたのしめる本である。最後の「おいしいもの」好きの小林の
食事について書かれた明子さんの文章も楽しかった。

 
 
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by nokogirisou | 2005-05-20 06:11 | 本と図書館
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