怒りについて

 できるだけ、怒らない、怒らない、おだやかに笑って
生きていきたいと思う。
 少なくとも、腹の中で怒っても人前で怒りをあらわに
するのはやめようと思ってきた。しかし、怒りを押し殺し我慢していることが本当にいいことなのだろうかと疑問に感じる場面が多々ある。
 怒りたくないのは、怒りの後に襲ってくる自己嫌悪が嫌なだけなのではないか。いい子になっているだけではないか。やはり、不当なことや理不尽なことに対しては相手に怒って伝えたほうがよいのではないかと思うこともある。もちろんおこり方には品位(笑)が必要だが。

 ひさしぶりに、怒ってしまった。
 
 怒りは憎しみとは大きく異なる。怒りは爆発だ。理不尽な待遇、事実誤認の対応、悪意をもった罵詈雑言がきっかけで突発的に私の怒りの感情はわいてくるのだ。計画的に怒ることはできない。コントロールは難しい。憎しみの方は長期的で、表現においてはずっとコントロールが容易だ。
 ただ、怒りの表現で事態がよくなるかというと、それは疑問だ。怒ってこちらの論理を伝えてもまったく伝わらないという場合も多いからだ。誤解だといっても、それで相手の主張は、たやすく変わらない。論理が平行線になると結局「言い方論」にすりかわっていく。「言い方が悪かった」で事態を収めようとする人が多い。
 そうじゃないといいたい。あなたの姿勢が、態度がちがうでしょと。しかしもちろん、もう何も言わない。

 所詮立場が異なると、互いに理解しあうのは難しい。
主張は永遠に平行線になりがちだ。
 どうでもいいことには、むきになるまいと思う。
結局平行線で終わることに、エネルギーをかけて
怒って、自分の主張をしたところで、何も変わらない
のだから。

 こういう諦めを「おとなの対応」というのか。あるいは こういう諦めを、「事なかれ主義」というのか。
 それは状況と問題の深刻さによるのだろう。
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by nokogirisou | 2015-06-27 20:46 | 日々のいろいろ
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