沢知恵 ピアノ弾き語りコンサートかかわらなかれば

 10月10日に新潟県民会館でハンセン病講演会と
沢知恵のピアノ弾き語りコンサートが開催された。
主催は新潟県藤楓会。沢知恵の名前に思わず申し込んだ。
 第一部は敬和学園大学教授の藤野豊氏の「ハンセン病の
隔離政策について」の講演。

 第二部はピアノ弾き語りコンサート。
コンサートは、アメイジンググレースから始まった。
下北沢のラ・カーニャの季節公演とは雰囲気が違った。
しかし、どこかなつかしいような、どこかでこの空気を
味わったような気分だった。
 二曲目の「リッスン・トゥ・マイ・ヴォイス」を歌い
ながら、沢さんは「はるばる岡山からきたよ」と語った。
そう、彼女は千葉から岡山に移住したのだ。
大島青松園に通うために。毎月のお葬式に通うために。
少しでも大島に近くなるために。
 なぜ彼女がここまで、ハンセン病と関わるのか、大島
青松園でコンサートを毎年行っているのか。そのなぞは
すべて今日とけた。彼女は生後六か月で大島にわたって
いたのだ。彼女と大島青松園とのご縁の話を聞いて涙が
こぼれた。赤ん坊だった彼女を島の元患者のみなさんは
覚えていてくれた。
「覚えていてくれる」という愛。そのとおり。忘れない
でいることは愛だ。手紙を書かなくても、声をきかなく
ても、覚えているという愛がある。
 沢さんが詩人、塔和子のことを語るときも涙が流れた。
「ふるさと」を会場にいるみなさんで歌おうといわれた
が、私は歌えなかった。死の床にあった塔和子の真上で
沢さんが歌い続けたというこの歌を。
 沢知恵のくっきりとわかりやすく、うつくしい日本語
にも心を打たれた。このように語る人がいるのだ。
 「かかわらなければ」は私の好きな詩であり、この歌
の入ったCDはすでに購入して何度も聞いていた。
それでも今日、新潟で生で聴くと、とても新鮮だ。
「かかわる」という言葉がとてもリアルに立ち上がって
くる。当事者であれ。関わらなければ何も始まらない。
たとえ、面倒なことや大変なことが襲ってこようとも
関わらないでいる人生よりも、かかわる人生のほうが
いいと思う。と書きながら、関わることを恐れる自分
もいる。十分私はおせっかいであれこれと関わりなが
ら、ちゅうと半端になってしまったものが多いからだ。

 たっぷり歌を聞いたあとにCD『われ問う』を買っ
てサインしてもらった。言葉を交わしたくて。
目を見て話してくれてどきんとした。 
 






 記憶をたどる。
「盛岡スコーレ高校校歌」「はじらい」「六月」
「こころ」「故郷」「胸の泉に」「ありのままの私を愛して」
「白菊によせてー死刑囚の願い」「われ問う」
 
 
 
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by nokogirisou | 2015-10-11 03:41 | 音楽
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