子どもと子どもの本のために 

 新潟子どもの本を読む会主催の「リリアン・スミスの『児童文学論』に学ぶ」5期
の第一回目に参加した。人気の講座でなんとか混ぜていただいたのだ。
 講師の真壁伍郎先生は、お話がとても上手で魅力的な方だった。80歳という
ご高齢には見えない。大変情熱的な方だった。今回の講座は「文学とは何か」と
いう本質的な問題を考えさせる深いものだった。

 真壁先生は貴重な資料をたくさん持ってきてくださった。ずっと気になってい
た平凡社の『児童百科事典』『社会科事典』の実物は中身が濃くて驚いた。
瀬田貞二が出会って影響を受けた冨山房の『世界童話宝玉集』『日本童話
宝玉集』はアンソロジーの作り方としてとても興味深かった。
 古い貴重洋書も多く、英語がすらすら読めたらどんなによいだろうと思った。
読めなくても実際にページをめくるとその価値を指が感じる。

 今日の最後に真壁先生は、現代を生きる私たちからストーリーが失われて
いることに対する危惧、大きな物語の喪失に対する危機感を語っておられた。
これには同感である。

 子ども時代は短いが、人生の核をつくる時代であり、いいものに触れておく
ことが重要である。戦後、子どもたちに歴史に耐えうるよいものを与えようと
真剣になっていた大人がたくさんいたということが、とにかく感動的であった。
その一人が石井桃子であり、瀬田貞二である。

 石井桃子は「いいもの」に対する批評の基準を自分の中に持ち、それを
具体的な作品名で示した。そして、彼女はすぐれた編集者であった。
真壁先生は、アメリカの児童文学の編集者のメイ・マッシーの話をされたが
彼女と石井桃子の共通点を私は感じた。

 石井桃子は岩波書店の編集者だったが、彼女は47歳でアメリカに視察
に行き、カーネギー図書館学校で子どもの本の選書について学び、エリザ
ベス・ネズビットやキャロル・ムーア、リリアン・スミスらと出会っている。

 日本に戻ってから石井がやったのは、宮城県の小学校の教室で子ども
たちに自分の選んだ本を読むということだったという。最初は短い時間しか
集中できなかった子どもたちがしだいに2時間も聴いていることができるよう
になっていく。石井は、本を読みながら、つぶさに子どもたちの様子を観察
した。子どもたちが何を喜ぶか、どんな反応をするかを徹底的に見たのだと
いう。よい本は子どもと時間によって選ばれるという。
 そういう体験を通して、石井は子どもの本に対する確固として基準を持つ
ようになった。語られていることが具体的であるか、必然性があるか、ストー
リーに無理がないか、文章から絵が浮かぶか、空想がリアリスティックかなど
である。
 こういう基準を持ったことが子どもの本の編集者としての一層の強みになった
のだろうと思う。石井は生涯、子どもと子どもの本をつなぎ続けた。
 
 最近は何かの役に立つこと、実用的なこと、効率的にできることばかりを学ん
できたように思う。しかし今日は生きるとはどういうことか。子どもが大人になると
はどういうことか。文学には何ができるのかと真剣に考えた。震災が続く日本で
文学に、物語に何ができるのか。私たちは体験的に知っている。文学や物語に
傷ついた心が癒されること、文学や物語が人を勇気づける力があること。
 文学には、物語には「それでも一緒に生きていこう」というメッセージがある
のだと真壁先生は示唆していた。
 
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by nokogirisou | 2016-05-08 21:48 | 本と図書館
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