上野千鶴子のシングル遠距離介護 (「婦人公論より) 

 
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 上野千鶴子の「シングル・遠距離で親の最後に向き合った手応え」を
読むためだけに、夜の書店をまわって
「婦人公論」11月22日号
を買ってしまった。
 上野千鶴子信奉者というわけではないが、彼女の書いたものには
目を通したいという欲求があり、硬軟さまざまな著作をおいかけてきた。
 もう、意地の介護だったという。その意地には拍手を贈りたい。しかし
それができたのは、彼女には「負い目」があり、しかもがシングルで収入
があったからだろう。彼女は自分の生き方を最大限生かして、親の最期
につきあったのだ。
 
 印象に残ったのは次の2点
その1)
 母親が肝心なときにサポートしてくれなかったという思いをずっと彼女は
いだいてきていた。「債権者のような気持ち」で。それをお母さんが生きてい
るうちに清算したくて口にしてしまったという。幸いというか…お母さんには
伝わらなかった。したがってお母さんを傷つけることはなかった。

 「親とコミュニケーションがしたいという欲望自体、過剰な期待だったのかも
 しれない」という上野の一言が本当に身にしみる。

その2)
 「人間は、そう立派に死んでいくわけではないんですね。…とりわけ私の父は
器の小さな人でしたから、気持ちは毎日揺れ動くし、やってほしいこともコロコロ
変わります。それに周囲は翻弄される。そのとき、家族は翻弄されるのが務めだ
と思うしかないんです。」
 
  子どもが親に翻弄されるのは、子どもの務めなのだということを再認識
  する。諦めてうけいれていくしかないのだ。
   
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by nokogirisou | 2005-11-14 04:38 | 本と図書館
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