高野喜久雄の「海」


 私は高野喜久雄という詩人の名前を聞いたとき、何かひらめく
ものを感じた。この人の詩を探さなくてはという切迫感に襲われた。
 あとで「水のいのち」の作詞者だと知ってああ…と思った。
 あの合唱曲を私は高校時代とても好きだったのだ。高田三郎との
コンビで高野の詩はたくさんの合唱曲になっていたのだった。
「ひたすらな道」もなつかしい。大学生協で、ビートルズのCDの次に
買ったのが、この2曲の入ったCDだった。

高野は佐渡の生まれ、そして、宇都宮の学校を出て、灰色の空の
下の高田にやってきたという。それは全く知らないことだった。
越後高田のあの陰鬱な空とじめじめした空気を知っている詩人な
のだ。

 海            高野喜久雄

海の青 掬おうとしても
手は余りに小さくて
掬った水に青は無い
でも どこからと聞かれたら
海から来たと答えます
どこへ行くかと聞かれても
やはり海へと答えます

海の前では
こざかしい言葉など無用です
言いわけも 強がりも
わたしとか あなたとか
区切るみじめな境など無用です
小さな呼び名 夢の貧しさ
着こんだすべてが無用です

海の前では 
生まれたままの裸が似合う
問い過ぎたもの その問い方を詫び
揺れ止まぬもの そのまま
海へと返すだけ

海の前では
みな叱られている子供のようだ
みな叱られている子供のようだ
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by nokogirisou | 2005-11-30 06:36 | 本と図書館
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