フジ子・ヘミングのピアノ

 今朝、「フジ子・ヘミングとウィーンの仲間たち」というビデオを見る。
これは2001年4月8日サントリーホールでのコンサートの録画である。
彼女が有名になり、本格的な演奏家活動を開始するきっかけになったのは
1999年のETV特集「フジ子~あるピアニストの軌跡~」の放映だった。
そして2000年9月17日に「知ってるつもり」でもとりあげられ、彼女の歩んで
きた道と背負った不幸とピアノの腕は多くの人の知るところとなり、彼女はコン
サート活動を熱心に行い、今やすっかり人気ピアニストになった。
でも、私は彼女のおいたちや、不幸とは切り離して、純粋にピアノの音を聞きたい
と思う。2006年5月7日にフジ子は新潟に来てコンサートを行う。友人おかげで
なんとかチケットを手にいれることができた。(らしい)それで今日は元旦からフジ子
のピアノを聴くことにしたのである。




「でもサ、あたしはあたしよ。何も変わらないわよ。音楽だって人生だって、
そんなに急に変わるもんじゃない。ただ名前が知られて、人前でピアノが
弾けるようになって、お金に不自由しなくなったことは事実よ。だけどそれで幸せ
かっていったら、必ずしもそうとは言えない。世界は戦争や貧困や病気で苦しん
でいる人がたくさんいるし、犬や猫が安易に捨てられている。そういうことを考え
たら、夜も眠れなくなるワ。だからあたしは自分のできることをできる範囲で精一
杯するの。それしかないじゃない。」

これはビデオの解説書の中に書いてあった彼女の台詞である。

今回の発見。
ちょうど、「知ってるつもり」の放映の後だった。私は、敬愛する先輩と彼女のことを
話していた。その人は、決して彼女のピアノの腕をほめなかったが、彼女のピアノがニキタ・マガロフの弾き方に似ていると言った。
そして、マガロフの演奏のMDを聴かせてくれた。なんというか、タッチの仕方、ためて
弾くやり方、音色がたしかにちょっと似ているように思ったが師弟関係については調べず
それっきりにしていた。
 ところが今日、このビデオを見ていたら、インタビューの中にマガロフの名前が彼女
の口から出てきて驚いた。若き頃のフジ子の演奏を聴いてマガロフはスイスに来いと
熱心に誘ったそうである。二人は接点があったのだ。改めて先輩の耳に敬服。
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by nokogirisou | 2006-01-01 21:16 | 音楽
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