音楽を聴くということについて

  毎日、車の中と部屋の中で、何らかの音楽を聴いている。
ジャンルもアーティストもごちゃごちゃである。でもそのやはり自分
の好きなものしか聴いていない。いったいどういう基準で自分は聴く音楽
を選んでいるのだろうか。



 クラシックは、室内楽や器楽曲が中心で、交響曲を聴くのは何か
特別の日(大晦日とかクリスマスとか、コンサートの前後とか…)
に聴く。今日はチェロの曲が聴きたいとか、今日はバロックが聴きたい
と思うの気持ちは、理由などなく、「今朝は目玉焼きをたべたい」「今ド
ーナツが食べたい」と思うその日の嗜好のようなものだ。
 坂本龍一や高橋幸宏、宇多田の英語ものを聴くときには、音づくり、
音の面白さを楽しんでいる。そしてそれが快感になる。ジャズもそれに
近いかもしれない。ビル・エバンスもエリック・ドルフィーも、スタン・ゲッツ
も思いがけない音、音の動きに惹かれて聴いている。
 中島みゆきや、宇多田の日本語の歌は、歌詞とメロディの絡みあい
を味わっているのだと思う。中島は何度も聞いてようやく分かったり、
共感したり、いいなと思ったりする。音楽に情念を感じる。
 山崎まさよしとビートルズは変化の過程を興味深く聴く。これは清く正
しいファンの道を歩んでいる。失敗作もヒット作もずべて聴く。ことあるごと
に繰り返し聴き、発見を楽しむ。思い入れは強い。
 どうやってその音楽と出会うか。偶然ラジオで聴いたり、好きな人が紹介
してくれたり、大好きなお店でかかっていたり。
 とにかくぐちゃぐちゃに、気分で聴く。もっとひとつひとつ聞き込んだ方が
いいなと思うこともある。いろいろなジャンルすべての音楽について精通す
ることはできないが、毎日生活の中に音楽があるということは、生きている
ことの喜びである。雪国に生きる者にとってはとくにそういう喜びが必要なのだ。
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by nokogirisou | 2006-01-13 20:56 | 音楽
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