映画「明日の記憶」

 まだ、見ていない映画なのだが、今日の新潟日報の「新潟家族考」の
コーナーで取り上げられていて気になった。 テーマは若年性認知症。
原作は荻原浩。
 主演・制作が新潟出身の渡辺謙、主人公の妻役も新潟出身の樋口可南子
だったので2人の写真とインタビューを中心に記事が構成されていた。
 白血病を病んだことがある渡辺謙は、当時「自分の終わり」を見せつけられた
ようで、なかなか現実を受け入れられなかったという。その体験から、人が生き
ることの豊かさや過酷さを伝えたいと思うようになったという。どんなにつらくて
も温かく包み込もうとする強さを表現したかったらしい。そして彼自身、家族と
は「一番近くで寄り添う存在」と言っている。
 一方樋口可南子は、どんな苦境に立っても前向きに生きられる妻を演じた。
「人間はそんなに弱いものではない」ということを表現した。彼女は、この映画
の中の家族のあり方がすべてではないという。「それぞれの家族が、置かれた
状況の中から、それぞれの家族が結論を導き出す。それも家族なればこその
営み」と。 
 これまで、自分の家族が病に倒れ、入院したとき、たしかにそれまでになく
家族は一致団結した。よく動いたし、感謝の気持ちも抱いた。しかしそれは、短
期間であったし、治るという見込みがあったからだ。それが長期化したとき、また
治る見込みのないものであったとき、それを受け入れ、愛を持って家族に寄り添
えるだろうか。日頃抱いている、さまざまな複雑な思いを忘れて、(飲み込んで)
共に苦しみを受け入れていられるだろうか。やはり、家族に対する深い愛がなく
てはそれはできないような気がする。
 それこそ昨日のラブレーの言葉を思い出す。
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by nokogirisou | 2006-04-11 23:07 | 映画
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