セミナー

  とあるセミナーに参加した。自己紹介の簡単なエクササイズの
後で2人1組になるように言われた。
「それでは、これまで自分が抱えてきた哀しみをそれぞれ1分ずつ
で互いに話してみてください。」




講師は、とても足首がしまった小顔の女性だった。哀しみ…、自分
はこのちっぽけな抽象的な言葉にとまどってしまった。そんなこと
人に話せるものだろうか。
 すると私とペアになった髪を一つに束ねた地味な感じの女性が話
し出した。
「私から、始めましょうか。私の哀しみは、誰からも誕生日を覚えて
いてもらえないことです。1月1日生まれなものですから、子どもの
頃から家中忙しくて忘れられていました。
 友人からも、親からも、毎年毎年、だれからも祝われることなく、
ひっそり自分だけで誕生日を迎えることは慣れてしまえばたいしたこと
ではないのですが、ある年、人を好きになって、その人には誕生日を
覚えていてもらいたいと思ったのです。もちろん誕生日を聞かれたとき
に、元旦であることを教え、その人はとってもめでたい日だね、と言っ
てくれました。彼の誕生日は12月25日でした。私は、その日をしっかり
覚えていて、12月25日にはその人にメリークリスマスの前にハッピー
バースデーを言い、ささやかな贈り物を手渡しました。彼はとても喜んで
くれたように私には見えました。
 けれどもその1週間後の元旦は、やはり誰からも何の言葉も届きません
でした。その大好きだった人からも。やっぱりさびしく一つ年をとりました。
しかも、その日、初詣に出かけたとき、私はおみくじ売り場で彼が別の女
性と一緒に微笑んでいるところを見かけてしまいました。本当に最悪の
誕生日でした。それからは、もうどんなに人を好きになっても、どんなに
仲良くなっても、自分の誕生日を人には明かさないことに決めました。
たいしたことでないと思われるかもしれませんが、自分の存在がとても軽
く軽く感じられて、寂しい気持ちになってしまうのです。」
彼女の目から、ぽとと何かが落ちるのを感じた。
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by nokogirisou | 2006-07-19 03:06 | ショートショート
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