安西水丸「母は昭和が嫌だった」

  たまたま家にとどいていた三越の広報誌の「エムヴール」を手に取ると
「特集 母の昭和」とあった。太田治子と安西水丸が原稿を書いていて、
ついつい読んでしまった。太田治子はいかにも太田治子の文章で、その母
はまるで太田治子の母だった。平成になってもまだまだ太宰治をひきずって
いるところがすごい。
 安西はの文章は、母への愛に満ちていたが、母をよく見ていて鋭かった。
それはタイトルにも表れている。「母は昭和が嫌だった」
 安西の母は芸能事が嫌いだったという。絵を描いたりする人間も苦手にし
ていたという。なのに、安西水丸はイラストレーターになってしまった。
 この文章を読んでいて、とても胸がいたくなった。

 私の母は文学が嫌いだった。父が文学全集をこっそり買ったりするのを
嫌がったし、自分自身もまったく本を読まない人だった。私が勉強以外の本を
読むのも買うのもいやがった。
 大学を選ぶときにも、父とぐるになって「文学部にだけはいかないように」と
釘をさした。彼女にとって実用が重要だった。それは今でもそう。文学少女だの
文学研究だの、母は大嫌いなのだ。
 そう言われれば言われるほど、こっそり文学にいれこんでしまうのだがいつも
いまでも、罪悪感に苦しんでいる。
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by nokogirisou | 2007-04-27 05:37 | 日々のいろいろ
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