「うらぎり」とは

 人が「うらぎられた」と感じるのはどういう時だろうか?
広辞苑によると「裏切る」とは「①敵に内通して、主人または味方にそむく。
②約束、審議に反する行為をする。人の予期に反する。」
とある。
 私の場合は、勝手にこちら側が信じていたり、思いこんでいたことが、
実際そうではなかったときに「裏切られた」と感じることが多い。その程度
も様ざまだ。
 とても個人的な感情である。思いこんでいた自分に非があることが多い。
どうして私はいつも自分の都合のいいように思いこんだり解釈したりして
しまうのだろう。毎度痛い思いをして、できるだけ期待しないように淡々と
すごしているのだが、それでもまだ、同じことを繰り返している。 自分はとる
に足らない存在であること、たくさんいる人間の中の一人にすぎないということ
を思い知る。 

期待をしなければ裏切りもない。
 でも期待がないのもつまらないものだ。

 毎日
 今朝のFMでどきどきする演奏に出会えるかなと思ったり
 次に行くレストランでおいしいランチが食べられるかなと思ったり
 このCDの中にすてきな曲がきっとあるだろうなと思ったり
 次の試合で勝てるかなと思ったり
 この小説に夢中になれるかなと思ったり
 だれかとしっくりくる会話ができるかなと思ったり
 新しい首相になって、ちょっとはまともな政治が行われるかなと思ったり。。
 そんなささやかな期待の中に私たちの日常はある。
 期待と裏切りに満ちあふれた日常。
 
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by nokogirisou | 2007-09-24 21:17 | 日々のいろいろ
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