若桑みどり氏の死去

 朝刊で若桑氏の氏を知った。ショックだった。71歳だった。
若桑みどりの名は岩波新書の『女性画家列伝』で知った。その後、若桑氏
を師と仰ぐ先輩から『レット・イット・ビー』を紹介された。これは自分で金を
出して買えと言われてすぐに探して購入したが、以後私の愛読書となった。
何度読んでもいつも新鮮だった。
 前書きには1988年9月15日の日付が入っている。これはアカデミックな
ものにこだわった若桑氏にめずらしいエッセイ集である。『レット・イット・ビー』
のおかげでで私は若桑氏をいつも身近にそして、おそろしく感じてきた。
彼女は長い間大学の教育に関わってきたが、彼女の教育目標 は、「第一に、
学生が自分を取り巻く文化的環境について知識と批判力をもつことです。」
だった。「批判力」を持つのはむずかしい。自分なりの見方、考え方を持たな
ければ批判はできない。そして見方や考え方というのは、だいたい人の影響を
受けている。それを認めつつ、プラスアルファの小さな自分の発見を加えるトレ
ーニングが必要だ。
 「『死』もまた生き残った者のためにあるのだ」これは「ソクラテスの鶏」という
エッセイの中にある若桑氏のことばだ。「いかに死ぬかもまた、周囲との共同
作品だ」とも書いた。若草氏の死を残された者…私はどう受け入れて生きようか。
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by nokogirisou | 2007-10-04 21:57 | 本と図書館
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