「武士の一分」

 山田洋次監督、木村拓哉主演の時代劇「武士の一分」をテレビで放映
していたので見た。「風の果て」ですっかり藤沢周平の作品に魅了された
ので興味があったのだ。
 「一分」とは「一人前の存在として傷つけtられてはならない、最小限の威厳」
だという。威厳だとかプライドだとかいらない…と思った頃があった。意地や
格好つけではないかと。しかし最近、人を人にしているのはこういう尊厳かな
と思うことがある。誰にも人から冒されてはならない尊厳があると。
 この映画を美しくしているのは、主演ではなく、妻役の壇れいと忠実な中間
の徳平役の笹野高史ではないかと思う。妻は、最後まで愚直で献身的である。
そして夫を心から愛している。現代にはあまり見られない女性像かもしれない。
自分のことを二の次に主人を大事にするという感覚、どんなにののしられても
責められても愛しつづける情。彼女の話す山形弁はとてもあたたかく美しい。
徳平は、幼い頃から新之丞と加世を知り、二人をあたたかく支え続ける。身分
の違いがなくなった現代、こういう人間関係は見られない。
 
 果たして、三村新之丞は、下級武士。欲はなく、愚痴を言いながら勤めて
いる。その彼が、毒味の仕事で赤粒貝の毒にあたり、失明してしまう。人間は
絶望すると、意気消沈し、荒れ、死を思い、周囲を哀しませる。人は弱い生き物
なのだ。周りの者はおろおろするばかり。すべての悲劇はここから始まる。
 しかし、この悲劇的状況から夫婦が情愛を取り戻し、ふたたび生きることに前
向きになるためには、裏切り、復讐とさんざんな出来事が用意されている。
 もう、十分予想される、予定調和な筋書きなのだが、やはり涙をとめられないの
はなぜなのか。そこに生きる人が真剣だからだと思う。
 もうひとつ、私が気になったのは、小鳥である。新之丞は小鳥を愛し、番で飼って
いる。そして盲目になってからも小鳥の声を聴く。果たし合いのときにも鳥の声が
聞こえる。この作品の中で鳥がとても象徴的な役割を果たしているということだ。
 いい作品を見たと思った。
  
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by nokogirisou | 2007-12-30 23:37 | 映画
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