こころの時代~宗教・人生「あなたと共に生きたい」

  出張先で朝起きてたまたまつけたテレビで「こころの時代」をやっていた。
インタビューに答えているのはグループホーム「ふうせん」の代表の角田妙子さん。
差別的感情をもっていることが耐えられなかった…という言葉にひきつけられる
ようにして番組を見続けた。私の中にも間違いなくある差別感情。
 29歳のとき、彼女は体を壊して1年近く仕事を休む。退院するとき、医者から「あと
10年」と余命宣告される。誰にも言えないまま死を意識して生活する中で難病の友人
と出会い親しくなるが、自分から耐えられなくて職場を変えたという。しばらくしてその友
人が亡くなったという連絡を受けた。思わず電話で「自死でしたか?」と聞き返した自分
が許せなかったと角田さんはいう。
 死へのカウントダウンを始めてから、4、5年経ったとき、池袋の地下通路にいるホーム
レスの人たちを見たとき、その人たちも生きていて、自分も生きているということに引っか
かったそうだ。彼女は「山谷」に通い、炊き出しの活動をしていた。山谷とは、日雇い働き
の人たちが泊まる簡易旅館が多くかたまっているところである。現町名でいえば台東区
清川、日本堤あたりか。
 炊き出しの最初の頃は、怖くて膝ががくがくとしたという。しかし周りの人達がそれを受け
いれてくれたので 続けることができた。彼女に影響を与えたのは「石瓦礫の舎」主宰の
梶大介、真理子夫婦だったそうだ。極貧の生活を経て、山谷の人たちを支え、彼らの自立
支援を進めた人だ。角田さんが炊き出しを始めて3、4年経ったとき、「あと10年」と言った
医者に実は誤診だったと言われる。彼女はカウントダウンをしなくてよくなった。
 山谷で炊き出しをやっていたとき、本名を教えてくれた女性がいた。すでに彼女の体
は病魔に冒され、角田さんは救急車を呼び、彼女を入院させる。彼女に試されながら、
彼女を見守り、彼女の最期を看取ることになる。彼女が10年の命と言われ、死と向き合っ
ていたことがそのときに生きていたようだ。
 このホームレス女性との出会いの経験がグループホーム「ふうせん」を造るきっかけと
なった。女性のホームレス経験の老人たちのためのホームである。入居者は、みんななり
たくてホームレスになったわけではない。とんがっていたり、暴言を吐いたりすることも多々
ある。けれども共に暮らす中でみんな丸くなっていくという。
 差別感情は、当事者として関わらなければなかなかなくならないと私は思う。
 自分の中のひっかかるものに素直に生き続けた角田さんの生き方、そして語り方に私は
魅力を覚えた。「ふうせん」と角田さんを気にしていきたいと思った。
  
 
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by nokogirisou | 2008-01-14 09:32 | 日々のいろいろ
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