2004年 10月 17日 ( 3 )

『座右のゲーテ』斎藤孝

 
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 今日は、新橋で若き友人と会って、それから仕事で日吉に行った。
 前回迷った新橋駅だが、今回は銀座口をすんなり出られた。やはり
私でも「学習」するのである。
 友人は、銀座に勤めていてドトールに2種類あることを教えてくれた。
まず大衆的なドトールで350円のマロンラテを飲む。これがなかなか美味。
 1時間のおしゃべりののち、友人は職場のお店にむかう。 
私は試しに、ちょっと高級な感じの「銀座仕様ドトール」で一番安い380円の
ブレンドを飲む。大きなカップは気に入ったのだが味はうーん…
 雰囲気はなかなかよいのだが。

 時間まで斎藤孝の『座右のゲーテ』を読む。エッカーマンの『ゲーテとの対
話』から、斎藤氏が「現代を生きるわれわれにも有益」と考えた言葉を選び抜き
「発想の技法」という観点から解釈したという体裁の本だ。
 
 ゲーテの言葉が実に具体的で、実用的であることに驚く。日頃なんとなく
私が感じていることを、的確にいい表していてはっとした。たとえば

「結局、最も偉大な技術とは、自分を限定し、他から隔離するものを言うのである」

自分がものにする技術はどこまでも高めていかねばならないが、それを表現
したり、活用したりする場は自分なりに集約させねばならないということ。
表現方法はあれこれ、手を広げすぎても。ものにならない。

「いろいろ研究してみたところで、結局実際に応用したものしか、頭にのこらない」
仕事にする…という意志がないと、なかなか勉強は役に立たない。
応用の場を迫られないと勉強できない。

「いつ作ったかという日付を書いておく」
人生は常に流れてしまうから。

「趣味というものは、中級品ではなく、最も優秀なものに接することによってのみ
つくられる」
最高を知ればあとはおのずとわかるようになるのだそうだ。

 写真は日吉の青空
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by nokogirisou | 2004-10-17 23:50 | 本と図書館

時計を戻したいとき

 大変ショックなことがあった。
 できることなら、時計の針を戻したい。

 グッピーの水槽にいれていたヒーターのサーモスタットが働かなくなって
なんと水槽が37度のお湯になってしまっていた。
 昨晩まで生きていたのだが、朝になったら、ほとんどのグッピーたちが
死んでいた。昨日水槽の水替えをし、優雅に美しく泳いでいたグッピーたち
がもういない。
 夜、水槽の温度計を確認するべきだった。
 生き残ったのは、子どもたちばかりだった。小さい個体は水温の上昇を
なんとかしのげたらしい。
 実は昨日、9月に生まれた子どもたち14匹を、人に差し上げたばかりだ
った。昨年14匹私にグッピーを譲ってくださった親分にである。その方の
ところのグッピーは水替えのトラブルで全滅してしまったとのことだったの
で、お礼方々お返ししたのだった。私がいただいた子どものグッピーは親
になり、40匹ほど立派な成魚になり、それがまた子を産んだのだ。
 尾ひれをひらひらさせ、本当に美しいさかりだったのに…。

 残された命を大切に育てたい。
 それにしても小さな命のなんとはかないこと。
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by nokogirisou | 2004-10-17 23:14 | 生き物たち

バックボレーふたたび

 ひさしぶりに、われらがチャーミングコーチがもどってきた。
すっかりパワーアップ。技術も指導法もキレがよかった。
彼女の右腕は、一層たくましくなっていて魅力的だった。
 メンバーは先週もいっしょにやった仲間のうちの3人。実に
充実していた。

 ショートラリー
  ロングラリー
 ボレーボレー
 球出ししてバックボレー
 フォームとフットワークの確認
 もう一度ボレーボレー
 サーブ・リターン練習
 練習試合

 という流れだった。身体の中心に向かってきたボールをどうバック
ボレーで返すかということを中心に練習した。私はすぐに回り込んで
フォアで受けてしまうので、注意を受ける。そして、ラケットをたてること、
ラケットは振らずに、当てるだけ。ボールを当てるときにぎゅっとラケット
を握ることなど、基本の基本をくりかえしたたき込まれた。 
 試合では、いかにチャンスを見つけてポーチに出るかが重要だった。
 結構ボレーのチャンスがあって、楽しい試合だった。
 人数が少ないと本当に運動量が多い。満足のレッスンだった。
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by nokogirisou | 2004-10-17 05:50 | テニス