カテゴリ:ショートショート( 52 )

木馬屋

  ヒロコの楽しみは昼休みに大学生協の中にある文房具
売り場に行くことだった。様々な濃さのえんぴつや色とりどり
の便せんが並んでいるのを眺めていると飽きなかった。それは子
どもの頃からの楽しみだった。たかが大学ノートを買うときも、消し
ゴムを選ぶときも、時間をかけて並んでいる品物を一生懸命眺め
て決めた。
 ある日、学食でお昼を食べた後にまたぶらぶら文具売り場で
新しく入荷したファイルを眺めていると生協でアルバイトをしている
アオイがやってきて
「ヒロコ、木馬屋の招待券をもらったの。よかったら行ってみて」
という。アオイが手渡したのは羊皮紙風の紙を二つに折ったもので
「木馬屋にようこそ」と書いてあった。開いてみると地図が描いて
あり「西洋文具店木馬屋にご招待いたします。ぜひおいでください。」
と添えてあった。ありがとうを言おうと思って顔をあげるとむアオイは
もうそこにいなかった。
 ヒロコは、午後の講義が終わると早速木馬屋に向かうことにした。
木馬屋は霜降り銀座の路地にあることになっていた。こんなところに
文具店があったなんてヒロコはまったく気付かなかった。しかし木馬屋
は確かに地図の通りにあり、古風な洋館のような建物だった。ヒロコの
ほかにも客が大勢いた。店内に入ってヒロコは驚いた。まるでヨーロッパ
の街角の骨董店にでも入り込んだのではないかと思った。筆記用具、
手帳、紙、画材、かざりものが所狭しと並んでいる。すべて輸入品の
ようだった。ヒロコは目を輝かせてひとつひとつ眺めてまわった。ここに
比べると、ほかの文房具屋の商品がまったく個性のない安っぽい大量
生産品に思われた。
  ヒロコは真鍮のペーパーウェイトやモールスキンの手帳や、羽ペンや
48色いりの色鉛筆などを夢心地で眺めていった。お店は階段の上も続
いていた。

「大変もうしわけありません。お客様、まもなく閉店時間でございます。」
と女性の店員に声をかけられてヒロコははっとした。腕時計の針はすでに
10時を指していた。店の外は真っ暗で、もうほかに誰も客はいなかった。
5時間近くもヒロコはこの店の中にいたことになる。
 「ごめんなさい。」ヒロコは深々と頭を下げた。こんなに長くいたのだから
何か買わねばならないとヒロコはとっさに、ペーパースタンドを手に取った。
ワープロで文書をうつときに、資料などを挟むスタンドで、紙をおさえる部分
がガラスの地球儀のような形の玉がはまっていた。
「これはおいくらでしょうか?」
ヒロコは値札がないのでびくびくしながらえんじ色の制服を着た店員に
尋ねた。店員はにっこり笑って
「ご招待でございます。どのお品物でも今日はお代金をいただいておりません」
といい、ペーパースタンドを手早くセピア色の木馬のもようのついた包装紙で包
んでくれた。 夢でもみているような気持ちでヒロコは木馬屋をあとにした。
 一週間後、ヒロコはまた木馬屋に行こうと思った。胸騒ぎがしたからだ。木馬屋
がなくなっていたらどうしようとヒロコは思った。あれは夢だったのではないか。
しかし木馬屋は確かに地図の通りにあり、古風な洋館のような建物だった。
 けれども、そこは西洋文具店ではなく、すでに100円均一ショップになっていた。
 
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by nokogirisou | 2009-02-11 21:15 | ショートショート

「ばら屋」

 その日は、めずらしく残業があって10時過ぎのバスに乗った。
後ろの窓際の席にすわりこむと、曇った窓ガラスをちょっとこすって
街のようすを眺めるともなく見ていた。デパートは閉店し、宴会帰り
の客が三々五々歩道を歩いているだけだ。
 交差点を左折したところにあかりのついている店があった。「ばら屋」
という紅茶のお店だ。赤信号でバスが停まっている間に、ガラス張りの
「ばら屋」のゴージャスな店内がよく見えた。私はいつかここでアフタヌ
ーンティーを試してみたいというささやかな夢があったので、身を乗り出
してみた。あかりがついているということは今日はまだ閉店していないよ
うだ。こんなに遅い時間まで営業しているとは意外だった。しかしいつも
見るお店とちょっと様子が違っている。
 何やら黒い服を着てアコーディオンを弾いている人が見えたのだ。
その横にヴァイオリンを弾いている人影も見えた。その近くのテーブル
に腰掛けているのは、お客ではなく、スタッフたちのようだ。彼らのテー
ブルの上にはすっかりお茶の用意が調っていた。まるで『メアリー・
ポピンズ』に出てくるような完璧なお茶の時間のようだった。
 もうちょっと見ていたいと思うと、バスは動き出す。
 私は好奇心の塊になった。何をしているのか見てみたい、確かめたい。
私は急遽次のバス停で降りるためにブザーを押した。
 バスが止まるまで、なんと長く感じられたことか。私は走ってバスで来た
道の歩道を戻った。ところが、ほんのわずかな時間だったはずなのに
「ばら屋」のあかりは消えていた。音楽のなごりもお茶をしていた形跡も
なく、そこには閉店した「ばら屋」があるだけだった。

 
 
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by nokogirisou | 2009-02-06 21:11 | ショートショート

不可逆性

 知恵があり、穏やかで、頼りになる存在だった山口さんが
あるとき突然、大声を出して怒鳴りだした。
仲良しだったお米さんに向かって
「どうして俺をいじめるんだ!酒をのませろ」と叫んだ。
お米ばあさんは、何を怒鳴られているのかわからない。いじめる
なんて身に覚えのないことだった。それに今さっき山口さんに
お酒をついだばかりだった。
 お米さんが動揺していると、山口さんは急におとなしくなったか
と思うと、記憶が行ったり来たりした。
 あんなに、しっかりとした山口がいったいどうしたのだ?ぼけるな
んてとんでもない。山口さんは毎日3時間は本を読んで勉強している
ような人なのだ。
  その翌日から山口さんはだんだん呆けたような表情になっていった。
ときどきとんちんかんなことを言うようになった。
けれども一日に必ず数時間は、とてもまともだった。本を読んで
しずかに思いやりのある話をした。
 けれどもだんだんその時間は少なくなっていった。まるでそれは
『山月記』の中の虎になった李徴が人間としての時間をうしなっていく
過程のようだった。
 お米さんは、もう一度だけでいいから、たった一日だけでいいから
山口さんにもとにもどってほしいと思った。そして自分に愛をかたって
物語を読んできかせてほしかった。
 けれどもそれはどうしてもかなわないことだった。山口さんは2度と
もとの山口さんにはもどらなかった。
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by nokogirisou | 2007-08-08 20:52 | ショートショート

いじめっこ

 同僚の彩子おねえさまはいじめっこで、ときどき私をいじめる。
彼女は自称「いじめっこ」だから仕方がない。
 私たちは力関係がはっきりしているから、うまくつきあっていける
のかもしれない。うまくやっていくコツは、彼女の気分に巻き込まれ
ないこと。彼女にいじめられても笑ってかわすこと、そしてときどき
おいしいお菓子を提供することである。
 彩子おねえさまは、ばりばり仕事ができて、日頃たよりにしているの
で、ちょっとのことでは逆らえない。喧嘩したらおしまいである。なんと
いっても彩子おねえさまは、合気道5段で強いのである。
 今日は、「あんた佐藤さんのこと嫌いでしょう。佐藤さんが話しかけ
てきたとき、もう顔に丸出しだよ。ほんとうにわかるやすい人なんだから」
と言われた。とほほ。わかってくれました?
佐藤さんのことを嫌いなのは、私ではなくて実は彩子おねえさまなのだ。
お姉様の話にあわせて、こっちがそういう演技しているのよ。お姉様が
佐藤さんの悪口を言っていたもんだから、そういう顔してつきあってあげた
のよ…と言いたかったけど、さすがにそんなこと言えないのだ。
「あんたが、佐藤さんのこと苦手って顔しているのを見ると、いじめたくなるの
よね。もしかしてあんた子どもの頃いじめられっこだったでしょう?」
いじめっ子はいじめられっ子をすぐに第六感でみつけられるそうである。
彼女が私に近づいてきたのも、やたらと話しかけてくるのもなにやらいじめっ子
の匂いをかぎつけてだったのか…。明日はロールケーキを彩子おねえさまの
机の上においておこう…っと。
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by nokogirisou | 2007-03-07 22:01 | ショートショート

母との相克

 母との相克は、思えば、私が母の反対を押し切って東京に出て
から深まった。 今でも母は怒った拍子に
「お前は、東京に行ってから変わった。」
と嘆く。そして
「あんたはお父さんそっくりだ」
と毒づく。父のことをときどき憎らしく思っている母にとって
私が父に似ていることは、気に入らないことなのだ。 
 母の何が嫌かと言えば、まず3つ。
1つ 私が出かける際にかならず、顔をくもらせ文句をいうこと。
1つ 私の友人、その他大切な人の悪口をいうこと。
1つ 私の持ち物にケチをつけること。

 とにかく、人の生活に干渉しすぎなのである。彼女は支配者であり
管理者であった。
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by nokogirisou | 2007-02-24 00:33 | ショートショート

おみやげ

ひさびさのショートショート。

 明日、実家に帰ろうと思って準備しているときに私の携帯電話に
甥の実くんから電話がかかってきた。
「ねえねえ、冴子ちゃん明日かえってくるんでしょ。あのね、お願い
があるの。洋樽の形をした植木鉢がほしいの。もし冴子ちゃんの
お店にあったら買ってきてほしいんだけど」
「わかった、探しておくね。待っててね」
私は花屋に勤めているが、最近はガーデニング用品も取り扱うよ
うになった。甥の実くんと私は仲良し。彼は花の名前をよく知って
いるし、植物を育てるのが好きだ。
 洋樽型の植木鉢はすぐにみつかった。それといつものように大量
の花をお土産にして、私は実家に帰った。
 実くんは、私をみつけるなり
「冴子ちゃん、植木鉢は?」
という。包みを見つけると、大はしゃぎで「樽だよ。樽の形の植木鉢。
これにエンドウ豆の種を植えるんだ」と家中走り回っていた。
義姉さんが、それを見ながらちょっとこまったような顔をしているのが
気になった。
 そこに父が不機嫌な顔でやってきた。
「なんだ、また買ってもらったのか。まったくみんな買いすぎだ。こう
やって実はものばっかり増やしている。子どもにものを買い与えるの
はいかん。まったく、どいつもこいつも実を甘やかせてだめだ」
空気が冷たくしぼんでいくのがわかった。実くんはしゅんとしてしまった。
私の気持ちもしぼんでいった。だまって食卓についた。
実くんが目で合図していた。
「ごめんね、冴子ちゃん。」
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by nokogirisou | 2007-01-09 04:43 | ショートショート

ただ願うのは…

 ただ願うのは
 怒鳴り声のない
 食卓
 むっつり
 重々しい空気のない
 食卓
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by nokogirisou | 2006-10-05 07:24 | ショートショート

楽観と悲観

 佳代は、久しぶりに涼太郎に会った。
ずっと待ち望んでいたことなので佳代はとてもうれしかった。
長らく連絡のなかったことを責めなかった。
お昼をいっしょに食べて、たわいない話をして、そして人目の
ないところで小鳥のようなキスをして別れた。

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by nokogirisou | 2006-09-24 20:50 | ショートショート

メロンの夢

 転校生の高橋さんが水疱瘡にかかったのでずっと学校を
お休みしていた。学校でやったプリントなどがたくさんたまっ
たので、先生はぼくに
「悪いが、高橋さんのところにお見舞いがてら、届けてくれ
ないか。君のうちと高橋さんちは近いし、君はもう水疱瘡に
とっくにかかっているから、うつらないだろう?」

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by nokogirisou | 2006-09-12 20:33 | ショートショート

豆腐日和

 昼ごはんを調達するために、コンビニに入った。私がサンドイッチを
物色していると、横顔のとても美しい、髪の長い女性が、あれこれ迷っ
た末に、豆腐を一丁と醤油の小袋をかごに入れてレジに向かった。
 私は彼女にとても興味を持ったので、卵サンドとおにぎりをつかむと
彼女の後に続いた。彼女はレジで、スプーンを所望していた。彼女は
プリンを食べるように、絹ごし豆腐を食べるのだろうか。
 彼女は、割と日陰に止めてあった、チョコレート色のマーチに乗り込む
と、期待通りに、豆腐のパックを開け、ウインドウから水を捨てると、醤油
をかけて、豆腐を食べ始めた。私はあっけにとられ、何も食べずに車を
出して会社に戻った。
 夕食には、豆腐が食べたくなった。夕方になって、昼間の横顔の綺麗
な女性のことを想い出したからだ。
 アクアマリンスーパーマーケットはたくさんの種類の豆腐を売って
いることで有名だ。「たそがれ豆腐」「海辺のジョニーおぼろ」など奇妙
なネーミングの豆腐もおいてある。
 一番新鮮そうな豆腐を選んでネギとショウガを薬味に買った。もちろん
ビールも忘れない。スーパーを出たところでおどろいた。店の前の喫煙用
のベンチに初老の老人が、豆腐を割り箸で食べていたのだ。背筋を伸ばし
て品よく食べている姿が、りんとして見えた。
 豆腐はすっかりファーストフードになったようだ。

 
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by nokogirisou | 2006-08-12 16:41 | ショートショート