カテゴリ:手帳( 50 )

ほぼにち手帳2010

 おくればせながら、「ほぼ日手帳2010」を購入。
利用開始する。一年がとてもはやい。
ついこの間、「ほぼにち手帳2009」を購入した
ような気がするのだが。
 やはりこの手帳を買わないと落ち着かない。
今日まで、だいぶblogを書かなかったが書きたい
ことはたくさんあった。

 映画 「のだめカンタービレ」最終楽章のこと

 カズオ イシグロの『私を離さないで』を読んだこと

 編集者 荒木田隆子さんの講演会後半が
 ずばらしくおもしろかったこと
 今読んでいる川上未映子の『ヘヴン』がおも
 しろいこと…。
 私のしていることはいつもお節介だと言われたこと
 年賀状を書くのに四苦八苦していること。
 恩師からの一枚のハガキで、十数年ぶりに声を
 きくことができたこと。 

 書かないうちに時間だけが過ぎていく。 
 ほぼ日手帳にメモしておく。
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by nokogirisou | 2009-12-26 23:52 | 手帳

あけましておめでとうございます

1月1日。カレンダーを新しくする。手帳も新しいものへ以降する。
今年からは、2冊。ほぼ日手帳はこれまで通り。日記と本の記録に使用
スケジュール管理は勝間手帳を利用する。こちらは12月から使用開始
している。時間刻みに予定が書けるので便利である。

 さて、今日はDVDの「アマデウス」を半分見たところで、初詣に行った。
いつもは早朝に行くのだが、今年は家族の体調不良が重なり、遅い出発
となった。いや~。初詣って混むのですね。白山神社は人だらけ。また
お祭りのように屋台がたくさん出ていて、行列ができていた。毎年この日
には新潟名物「ぽっぽ焼き」を買う。黒糖の味が懐かしい蒸気パンだ。
 家に戻ると年末のNHKドラマの再放送「フルスイング」の録画が流れて
いたので対見てしまう。こういうコテコテの学園ものは苦手なのだが、つい
引き込まれ、最後まで見てしまう。ドラマの力はすごい。実話をもとにした
フィクションだが、高柳先生魅力は理屈でなく伝わってきた。
 夕食後は、ダニエル・バレンボイム指揮ウィーンフィルのニューイヤー
コンサートを見る。一番おもしろかったのは、始まる前のウィーンフィルの
紹介であった。ウィーンフィルの楽器を管理し、修理する楽器職人のマイス
ターと舞台準備をするプロの方が紹介されていた。オーケストラはこういう
プロに支えられているのかと感動する。
 演奏は、初めはかろやかで楽しいのだが、ずっと聴いていると私などは
どうしても眠くなってしまう。ハイドンになって目が覚めた。
 それからチャンネルを回して、「激論2009世界はどこへ そして日本は」
を見てしまう。ハードな激論だった。政治にも経済にもうといのだが、竹中さんと
同じ慶應の金子勝さんのバトルはなかなかおもしろかった。自分のやってきた
政策の総括や反省は棚上げで、今何をすべきかばかりに話をもっていき、改革
を中途半端にした国民を非難する竹中さんの姿勢はどうかと思った。確かに犯人
探しばかりするのでなく、前向きに動きだすことは必要だが、経済発展ばかり求め
政策ばかり掲げることに違和感を覚える。
 とにかく元旦はテレビざんまいだった。
 
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by nokogirisou | 2009-01-01 23:54 | 手帳

家族の巣箱 その2

 生まれたときからあった家族
 子どもは生まれてくる家族を選べない。
 気がついたらそこが世界だった。
 父がいて母がいて 
 3歳のころから犬のベルが家族に加わった。
 父は単身赴任で不在が多くなった。
 ベルはまだ子どもでおなじ子どもの私をなめた。
 けれどもしだいにベルは私を追い越して大人になって私を
 なぐさめるようになる。
 父と母はときどき深刻な不和になり、母が涙を流すたびに 
 私はおろおろ。ベルの頭を撫でた。
 それでもクリスマスもあり、正月もあり、普通の家族だった。
 小学6年生のころに生物学的な別の両親がいることを知らされた。
 なんでもないというふりをした。けれどもそれから
 居心地の悪いことが増えた。けれども仕方のないこと。
 私を救ったのは私に姉と兄がいたということ。
 ふと鏡をみたときそこに兄や姉の表情をみつけて
 驚いた。
 ベルはそれでも一番の私のきょうだいだった。 
  


 
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by nokogirisou | 2008-11-01 06:18 | 手帳

家族の巣箱

 H・Rさんの卒業制作に参加することになった。彼女のテーマは「家族」で
周囲の人に協力をお願いし、多くの人に参加してもらって立体制作を行うこ
とにしたという。参加型の造形というところに興味を持った。
 彼女が作成した「家」(巣箱のような形)のキットに一人一人がそれぞれの
家族観や家族への思いを書き込んでH・Rさんに戻すと、H・Rさんが参加者
の似顔絵を描いて、しっかりキットを組み立てて、小さい家を完成させる。
それらを組み合わせて、立体造形していくのだ。
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by nokogirisou | 2008-11-01 01:59 | 手帳

年賀状2

  明けましておめでとうございます。
あっという間に2008年を迎えた。大晦日は思いがけず早寝をしてしまい
テレビも見なかったし、読もうと思って借りてきた新しい亀山訳の『カラマーゾフの
兄妹』もページを開かないままだった。ああ、もったいない。
 初詣に行って、雑煮を食べてほっとしたところに今年の年賀状が来た。
友人からの年賀状にどきっとする言葉が書かれていた。

 「一人一人を大切にと言いながら、人を部品のように扱ったり、何の役に立つか
 という効率、功利のものさしでしかはかろうとしあに現実があります。そのことに
 本当に異を唱えたいなら、私達一人一人が自分の中のしなやかな感性を大切
 にし、『あたりまえ』のことを『あたりまえ』に行っていくこと、人としてごく自然な
 感覚(たとえば命はかけがえないのものだというような)を大切にすることなのかも
 しれませんね」

 彼女らしい言葉だった。
 あたりまえのことをあたりまえにする。
 人も自分も大切にする。
 そういう生き方をしたいと切に思う。
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by nokogirisou | 2008-01-01 10:56 | 手帳

年賀状1

 年末ぎりぎりに年賀状を書いた。中学時代からの友人は数人。
高校からの友人も数人。大学時代の友人は十数人。恩師数人。
あとは社会人になってから出会った人たち。この枚数の多いこと
といったらない。年を重ねたということでもあるが、大人になってか
らの人間関係が私の「今」にとても影響を与えていることでもある。

 年賀状というのは、書き始めると辞められない。年に一度交わす
だけの関係もある。面倒くさいなと思うこともある。けれども年賀状
の一言がうれしくて続けている。
 私は数年前から、パソコンで宛名管理をするのをやめた。正月に
届いた年賀状を年末にじっくり読みながら、宛名も本文も手書きにし
ている。正月もらったときより、年末の方が真剣に読んでいるという
のも皮肉なことであるが。
 「この忙しい時代に、年賀状にそんなにエネルギーをつぎ込むなん
て無駄だね」と職場のおねーさまに笑われるのだが、だからこそ手書き
にこだわる。
 オモテもウラもパソコン任せの年賀状をもらってもなんとも味気ない
気がしてならない。宛名だけでも手書きの方が嬉しいと感じるのは私
だけだろうか。
 
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by nokogirisou | 2007-12-31 20:40 | 手帳

まどみちおの詩

 印刷室で昨年お世話になった職場の先輩にばったり会った。
ひさしぶりで話をした気がする。
「お互い忙しいですね」とひとしきり職場の忙しさを嘆いたあとで
彼女は「これあげる」と紙を一枚手渡してくれた。
まどみちおの詩だった。疲れたときに彼女が大事に読む詩なのだ
という。

  もうすんだとすれば

 もうすんだとすれば これからなのだ
 あんらくなことが   くるしいのだ
 暗いからこそ   あかるいのだ
 なんにも無いから  すべてが有るのだ
 見ているのは 見ていないのだ
 分かっているのは 分かっていないのだ
 押されているので 押しているのだ
 落ちていきながら 昇っていくのだ
 遅れすぎて  すすんでいるのだ
 一緒にいるときは  ひとりぼっちなのだ
 やかましいから  しずかなのだ
 黙っているほうが しゃべっているのだ
 笑っているだけ  ないているのだ
 ほめていたら  けなしているのだ
 うそつきは まあ正直だ
 おくびょう者ほど 勇ましいのだ
 利口にかぎって バカなのだ
 生まれてくることは 死んでいくことだ
 なんでもないことが  大変なことなのだ

 単にパラドックスということばでくくれないような真実
 うんうんそうだよなとおもいながら
 こまかいところまで気を配っているまどみちおに敬服する。
 とてもよい詩を教えていただいた。
 今の私に1行1行響いてくるが、今日一番気になったのは
 「あんらくなことが くるしいのだ」
 だった。なぜだろう。

 
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by nokogirisou | 2007-04-23 23:15 | 手帳

カレンダーは4月

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 朝明るくなるのが早いなと思ったら、
もう4月だった。
 家中のカレンダーをめくって回る。
 あたらしい絵をじっくり見入る。
 黒井さんのカレンダーは緑の大樹。
 今朝はブラームスの第一番と愛着珈琲
から始まる。
演奏家によるブラームスの違い。
指揮者とオーケストラが合わせて練習するのは
3回くらいだという。それでどうして、こんなに違い
があるのだろうか。
 鳴らせる指揮者と鳴らせない指揮者。いったい
何が違うのかとても興味を持った。
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by nokogirisou | 2007-04-01 08:00 | 手帳

サライ 安野光雅インタビュー

  昨日ラーメン屋で、待っている間に読んだ「サライ」
が印象に残っている。以前はカフェ「砂場」で読んでいた
「サライ」は「砂場」がなくなってから、手にとっていなかった。
手帳に「久しぶりのサライ 安野光雅インタビュー」
とだけ残っている。具体的な言葉は正確には忘れてしまった。
安野光雅には個展に行った際にサインをもらったことがある。
ひとことふたこと言葉を交わしたことも覚えている。もうだいぶ
昔のことである。

 安野光雅が「絵描き」になった道のりは決して楽な一本道
ではなかった。81歳になる安野は35歳までは学校の美術の
先生だった。運命に後押しされて、装丁や挿絵の仕事をして
絵描きの道へ。彼は「画家」といわず「絵描き」という。とにかく
絵を描くことが好きで好きでたまらない。
 「生きていることは表現することだ」と言っていた。自分の場合
はそれがたまたま絵だったのだと。
 年をとると人の評価を気にしなくなり、より自由に楽しく創作に
とりくめるようになるという。年を重ねるということは悪いことでは
ない。
 とことん「好きなもの」を持っている人は強い。
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by nokogirisou | 2007-02-26 01:00 | 手帳

母と子

 県立自然科学館で野鳥を見る会があったので、ちょっといってきた。
屋上から、鳥屋野潟を眺めると、水鳥たちがみえる。普段、横を通って
いても、彼らが棲息していることなど気がつかなかった。
 そのあと、館内のレストランで校正の仕事をしていたところ、となりの
テーブルに白いコートを着た若い母親と男の子が2人坐った。母親は
きーきーした声で男の子をののしっていた。
「○○くんとここに来るのは、本当につかれる。どうしてちゃんと坐って
いられないの。勝手にあっちこっちにいったら、ママ疲れるでしょ」
「ほら、もうママの話をきいていない。もう連れてこないよ。」
「ちゃんと坐っていなさい。立たない。あんたはすぐ立って動きまわって
ばっかなんだから」
叱られるのは、お兄ちゃんの方だけで、おとなしい下の男の子は何も
言われない。母親の剣幕に、仕事をそっちのけにして、この親子を見入
ってしまった。母親に対して、男の子は何も反論しない。母親のきーきー
した声だけが響いて、心が痛んだ。私だったら、母親にあんなに責められ
たら泣き出してしまうだろう。
 子どもなんて、騒ぐのが仕事のようなものだ。好奇心にまかせて動き
回るものではないだろうか。こんなにこてんぱんに叱られて責められて
気の毒だった。しかし、人の親子のことに口出しはできない。母親は疲れ
ているのかもしれない。
 とても見ていられなくて、私は冷めた珈琲を残して、原稿をかかえて
席から立ち上がった。
 あの男の子がどうなったか気になっている。
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by nokogirisou | 2007-01-28 01:34 | 手帳