カテゴリ:映画( 37 )

『舟を編む』をレイトショーで観る

 石井裕也監督の『舟を編む』を観た。
原作に忠実に作ることで成功している映画だと思った。
舞台は1995年から2010年。15年の人と、ものの変
化が、とても丁寧に描きこまれている。たとえばパソコン、
たとえば携帯電話。飲食店の雰囲気。家財道具。人の服装
髪型、表情まで。1995年の世界はとても懐かしかった。
 玄武書房の辞書編纂部の雰囲気が私のイメージする
出版社の辞書編集部そのものだった。カードに用例を
書き込む加藤剛が扮する監修者松本の姿は、私のかつての
恩師とも重なる。言葉へのこだわりなくて辞書は編めない。
 言葉のプロとは何か。少なくとも、辞書編集部に異動し
てきた馬締光也は、言葉を愛し、言葉を説明しようとする
プロだった。たとえコミュニケーションが苦手であっても。
その彼も個性的な編集者や、下宿屋のタケや香具矢とかか
わりながら、コニュニケーション能力をあげていく。
 辞書づくりの苦労は、何度となく聞かされてきた。私
の学生時代がちょうど中型国語辞典出版の最盛期で、無理
をして買って眺めていた。紙の辞書への愛着が忘れられない
世代である。あの紙のぬめり感というのもよくわかる。

 辞書編纂の苦労がリアルに表現される一方、この映画の
魅力は、馬締と香具矢の夫婦愛の描かれ方だ。互いをずっと
大事にし、それぞれが自分の仕事を大事にする姿は、理想でも
ある。
 互いが互いの仕事ぶりに敬意を抱いているところがいい。
うそっぽくない夫婦の感じを松田龍平と宮崎あおいが
うまく演じていた。
 また加藤剛演じる松本先生と八千草薫が演じる妻との夫婦愛
もとても丁寧にリアルに表現されていた。役者はすごい。
 見に行ってよかったと思える映画だった。
 
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by nokogirisou | 2013-04-29 01:05 | 映画

映画『さよならドビュッシー』を観た

 中山七里原作・利重剛監督の映画。
「秘めた思いは、『月の光』とともに溢れだす…。」
新潟では単館上映の上、夜しか上映されていない。しかも
15日で終わりだという。思い切って日曜日のレイトショー
に一人で行ってきた。
 
 作品と原作の関係はあれこれ言わない方がよいのだろう。
この作品に限っていえば、監督の解釈と映画の構成が
とても優れていたと思う。ミステリを別の次元に引き上げ
ていたと私は感じた。
 あくまで私の個人的な感想だが、私が、原作を読んでい
て、違和感を覚えたり、リアリティを感じられなかった部分
のほとんどが、映画ではクリアされていたのだ。

 岬先生を演じるピアニスト、清塚信也は、好演だった。
まさにはまり役だろう。彼の中に役者への野心があったに違い
ない。違和感なく岬洋介を演じていた。私がコンサートで観た
清塚信也とは、違う人物だった。
  
 ピアノ演奏のシーンは本当に上手に撮れていた。吹き替え
なしのリストのマゼッパもなかなか聞き応えがあったが、清塚
が弾いた「月の光」の吹き替えの映像もうまくまとまって美し
い映像だった。
 遙に対して語る、ピアノを演奏する目的や、練習の方法、
ピアニスト論などは、原作にはない、清塚自身の持論や
言葉がかなり出ていたと思う。
「ドビュッシーを弾くなら、美術館に行ってたくさん絵を
みなくちゃ」
「ピアニストはステージに上がったら自信を持つ責任がある」
など。

 私が抵抗を感じたのは遙の「人を感動させる演奏」という
台詞。女子高校生に発せさせる言葉としてはこれしかなかった
のだろうが、清塚はこの言葉をむずかゆく感じていたのでは
ないか。

 また映画では遙がドビュッシーの「月の光」を弾くことに
とても大きな意味を持たせ、丁寧に描いていた。なぜこの曲
なのか、納得できた。
 愛知県のピアノコンクールで本戦の課題曲がドビュッシーの
「アラベスク」なのに、どうして自由曲までもドビュッシーの
曲、しかも「月の光」を選んだのか。

 映画はやっぱり劇場で観るに限るなあと思った。
 ドビュッシーのピアノ、これからまた楽しんで聴けそうだ。
 
 
 

 
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by nokogirisou | 2013-02-11 10:50 | 映画

EVANGELION:3.0

エヴァンゲリヲン新劇場版Qを一人で観に行った。
とにかく大混雑で、劇場がこんなに人であふれているのを久しぶりに見た。
午前中にはチケットが買えず、席を予約して、午後に改めて出かけていった。
一日がかりで映画を観るのは初めてだ。
終わったあとの空気を何にたとえたらいいだろう。
後ろの男の子たちが
「なんも言えない」「ああ、なんも言えない」
と言い合っているのが印象的だった。
劇場版「巨神兵東京に現わる」もなかなか衝撃的。
エンディングの宇多田ヒカルの歌はしみじみ聴いてしまった。
終わってからもくもくと夕方の万代シティを歩いた。
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by nokogirisou | 2012-11-23 17:43 | 映画

ALWAYS 三丁目の夕日'64

 3Dで観てきた。3Dにする必要があったかどうかは
疑問だが、観る者の視線を高く伸ばしてくれて楽しめた。

 キーワードは、「親の心子知らず」と「祭りの後」か。
特別出演の三浦友和扮する宅間医師が、この時代のことを
総括している。上向き成長の時代、だれもが豊かさ、上昇
を求めるが本当の幸せは何だろうと登場人物たちに問う
シーンが象徴的である。
 時代は昭和39年。東京オリンピックの年である。
「シェー」や「ひょっこりひょうたん島」がはやった頃で
ある。鈴木オートの主人は、辺り一帯空襲で焼け野原だった
土地が夕日町となり、活気を帯びていることに喜びを感じて
いる。戦後の何もない時代をくぐりぬけてきた大人世代が
豊かさを手に入れながら、次の時代を生きる若者を見守って
いく。
 物語の柱は、堀北真希演じる六子の恋愛と、小説家を目指
そうとする古行淳之介の旅立ちである。オリンピックと茶川
龍之介の妻のヒロミの出産が絡み合いながら、昭和39年の
生活が描かれる。出てくる、自動車、電車、出版社、喫茶店
どれもレトロでリアルで、いとおしくなる。私たちは、より
新しく、機能的で、よりおしゃれなデザインを求めてきたが
今となって昭和をなつかしがるのはなぜなのだろう。

 私はけっこうこういう世界が好きなので、この映画が好き
だが同行者は、不満だったようだ。予定調和のストーリーで
出演者の演技がくさいと言っていた。そうだろうかと私は
思う。予定調和だからこそよい映画もあるのである。これは
まさにすでに私たちが知っている経過、と過去の人情を再現
している映画なのである。想定外のできごとなど起こるはず
がないのだ。
 
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by nokogirisou | 2012-02-05 20:11 | 映画

『L change the World』

 また金曜ロードショーを見てしまった。週末は映画が見たくてたま
らなくなる。
『L change the World』は『DETH NOTE』のスピンオフ映画だ
が『DETH NOTE』とは監督が異なるので雰囲気も緊迫感もだいぶ
異なる。劇場で一回、テレビで2回見た。結末を知っていてもバイオ
テロや「人類削減計画」に妙なリアリティを感じ、緊迫感と興奮を味
わってしまう。Lの魅力も存分に描かれている。現在の松山ケンイチ
とは別人かと思う。私はLと子どもとの関係の変化がすきだ。

 一方、ずっと謎なのはワタリの創設したというワイミーズハウスで
ある。いったいどういう団体で、そこ出身の者たちの使命や横のつな
がりはどうなっているのか。終わりの方に少年が「ニア」と名付けら
れて預けられる施設がワイミーズハウスなのか。詳細を知りたくなる。

 残念なのは、テレビだとカットシーンが多いところだ。映画は細部
が重要なので、安易なカットは作品の魅力をはぎとってしまう。
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by nokogirisou | 2012-01-28 18:51 | 映画

「続Always 3丁目の夕日」

 金曜ロードショーで『続Always3丁目の夕日』を見てしまった。
昭和34年を知らないのに懐かしい。家族に幸福を求めるのは幻想
だとか、昭和30年代を古きよき時代と美化しているという声も聞
こえるが、私はやはりこの世界が好きである。どっぷり浸って涙し
てしまった。やっぱり人情にあふれている世の中がすきだし、人が
人を心配しあっている世の中が好きだ。そして昔の車も建物も美し
い。

 鈴木オートの妻ともえが偶然橋の上で昔の恋人と再会するシーン
があった。戦争で離ればなれになった二人だ。しばらく過去に思い
をはせるが、ともえは、深々と礼をして自分の現実に戻っていく。
ところが家に帰ると、ロマンもなく夫が昼寝をしていておならをし、
苦笑するともえ。しかしその後、夫がかつて撮影してくれた長男誕
生前後の8ミリ映像を見て、現実の家庭生活の幸福と夫への愛を噛
みしめていた。これは映画全体の中ではささやかなエピソードにす
ぎないが、とても印象に残る場面だった。たくさんの可能性から私
たちは運命に流されながら、現実を選び取って生きている。「もし
もあのとき…」という思いを抱きながらも自分の選んだ人生を歩み
続けている。人生というのはこういうものなのだ。別れがあって
再会があって、これも人生。
 新作も見に行きたくなった。
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by nokogirisou | 2012-01-20 23:58 | 映画

映画「源氏物語~千年の謎~」

 
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「源氏物語」は気になるので、映画化された作品を劇場に
見に行く。監督が新潟出身だということも興味の一つだっ
た。村上高校時代に「源氏物語」に出会ったという。
 フィクションの世界、源氏物語と紫式部と道長の関係に
照射した現実の世界を絡めて描いている。したがって物語
は、紫の上と出会う前で終わっている。源氏の青春時代の
苦悩がテーマである。
 一番の関心は、平安時代をどのくらい正確に再現してい
るかというところだった。さすがにお金を費やしているだ
けあって、舞台も衣装も音もリアルだった。衣擦れの音、
先払いの声、青海波の雅楽の響き。
 光源氏が、女性遍歴する様子を中谷美紀扮する紫式部が
「幼少時に母に先立たれたために母親の愛情が不足し、そ
のために愛に翻弄される…」みたいに総括して説明すると
ころは、おおっと思った。 
 しかし、この時代、恋愛が性愛だけであることは、悲劇で
ある。男女がともに過ごす時間が、性愛の時間だけなのであ
る。デートも、家事も、育児の分担もない。男女がともに仕
事をわかちあったりともに遊んだりすることもない。当時は
だから男女関係が息苦しい。
ゆったりと時間が流れるので、最近のスピーディな画像に
なれている人にとってみると間延びして感じられるかもしれ
ないが、平安時代の雰囲気を伝える点ではなかなかいい映画
だった。
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by nokogirisou | 2011-12-18 21:12 | 映画

「悪人」

 日曜ロードショーで「悪人」を見た。11時32分、見終わった
時に涙がとまらなかったのはなぜなのだろう。
 どんな物語もあり得なさそうで、実は大いにありうるものだ。

 たくさんの寂しい、心弱いひとたちが出てきた。孤独と貧しさ
は人間を、切り離し、言葉を失わせる。だれもが望んでそんな境
遇を望んで生きているわけでないのだが。もちろん心ある人たち
も出てくる。(矢島さん、バスの運転手、そして増尾の友人)
 事件の中で強くなれる人もいた。光代と祐一の祖母などだ。
 覚悟を決めたところから人は強くなれる。

 妻夫木聡演じる、祐一ははじめ、満たされないすさんだ目をし
ているが、光代と出会ってから、次第に目に輝きと表情が戻って
くる。出逢いは人を変えるのだ。なぜ二人が出会ったのか、なぜ
二人がひかれあったのか。それは理屈ではない。運命だろう。
 けれども、二人が離れがたくなればなるほど、祐一は「悪人」
のレッテルが貼られていく。

 「俺は光代が思っているほどいい人間じゃない」
 生きるということは、苦しいことだ…。
  
 
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by nokogirisou | 2011-11-07 00:19 | 映画

「うさぎドロップ」 観る

 松山ケンイチファンとしては、やはり劇場へと急ぐ。
ところが、夜のシネコン。人が少ない。お客は私を含めて
5名。5人のために上映してくれるのか。なんだかちょっと
さびしい。売店もひとつしかやっていない。
 けれども映画はおもしろかった。
 働く親への応援歌的なところもあり、「世界は愛であふれている」
というキャッチフレーズもちょっと甘いかなとも思ったが、
しかし、なかなかリアルに子育ての現状を描いている。子育て
しにく厳しい社会も描いている。そして観る者を引き込むスト
ーリーと役者たちの演技力がある。松山ケンイチと芦田愛菜の
演技は魅力的だった。
 子育ての現場には問題山積み、満載でとてもこの映画ひとつ
に収めきれない。しかもコミック原作の映画化だ。その中で
子どもを愛する、子どもとつながるという核心部をこうやって
表現するとはすごい。

 りんという、自分の祖父の隠し子をひきとり、しだいに本気
で関わり、周囲も巻き込みながら育てていく大吉。大吉の愛に
あふれるまなざしとしぐさにぐっときてしまう。
「親になるということは強くなることだと思っていたが
実際子どもを育ててみると、臆病になる」というようなことを
大吉が行っていたが、これは本当だと思う。たしかに図太くは
なる。けれどもひどく臆病にもなる。

 子どもが小さい時代はあっという間に終わる。
 どたばたじたばたの時間は過ぎてみれば短い。
 子どもの行動や言葉はすごい。そんなことを考えて
いたのかと驚いたり、怒ってしまったことを反省したり。
 
 やっぱり映画はいいですね。
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by nokogirisou | 2011-09-11 09:21 | 映画

コクリコ坂から

 7月16日初回の「コクリコ坂から」を見にいった。
あまり予備知識なく、ふらっと映画館に入ってみたのだが、
宝物をそっと手渡されたような、ほんわり幸せな気分になる
映画だった。
 私はジブリの細部を丁寧に描くやり方が好きなのだと思う。
そしてジブリの映画に出てくる建築物が好きなのだと思う。
今回の明治時代からの洋館だというコクリコ荘も、港南学園
の部室棟であるカルチェラタンも魅力的な建物だった。そして
この映画に描かれている日常生活とあの頃の「昭和」の空気
がとてもいとおしかった。
 1963年には私は生まれていないが、この高度成長期の
活気と青春の雰囲気は懐かしい気がしてしまう。そして坂本九
の「上をむいて歩こう」の挿入がとてもぴったりだった。

 母の長期の留守の間下宿人たちのご飯を作り、家を切り盛
りする松崎海は、最初から魅力的な少女だった。理想的な女性
だと思う。だからこそ、彼女が泣いたり母に甘えたりするシーン
はどきどきする。
 一方、カルチェラタンの住人で派手な活動家で新聞部の風間
俊は、初めガキ大将というイメージだったが、しだいに好青年に
見えてきて、だんだんこちらも恋してしまいそうになる。

 そして、ここに描かれる高校時代、高校生活がすばらしい。
全校生徒でこんなに熱くなること、一緒に活動すること、語ること
歌うこと、今はあるだろうか。大人たちの都合と規制という限られた
条件の中で行事を企画することしか許されていない今の高校生が
ちょっとかわいそうになる。

 私の知らない船乗りの生活や朝鮮戦争の影響など、もっと知りたい
ことがたくさん湧いてきた。とにかく俊と海の希望を暗示する終わり方
でよかった。いい映画だったと思う。宮崎吾郎さん、だいぶ苦労された
のだろうと思う。苦しんでじたばたしないと、人の心に残る作品は生まれ
ない。地味でノスタルジックだけれど、この作品は本当によかった。
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by nokogirisou | 2011-07-17 14:11 | 映画