カテゴリ:イタリア旅行( 13 )

テルミニ駅

  ローマで泊まったホテルが、テルミニ駅のすぐそばだった。
テルミニとは温泉という意味らしいが、ホテルの地下にも浴場跡の
遺跡があった。このあたりは温泉やら浴場がたくさんあったところ
らしい。
 テルミニ駅はローマ最大の駅だ。国内外線の電車が停まる。地下鉄
もある。けれども東京駅や新宿駅に比べたらずっとすっきりしていて、わかり
やすい。それほど大きいという感じがしない。人であふれかえっているわけ
でもない。
 地下鉄の切符の買い方はシンプルだ。どこでも2ユーロでよい。入場
のときさえ切符を挿入すれば、出るときのチェックはない。便利なので何度か
利用した。なかなか座席に座ることはできないが、各国の観光客をマンウォッ
チングしているだけで飽きない。
 その他私が利用したのは、もっぱら地下のスーパーだ。
スーパーでサラダや果物、お総菜、デザートなどを購入した。
お総菜や清涼飲料水は、日本の方が断然種類が多い。イタリアの総菜は
パスタ料理や肉料理が中心だ。多くの家庭はスーパーで総菜を買うことは
せず、専門のデリや、バルのテイクアウトを利用するのだろう。しかしサラダ
は種類が多くて助かった。オリーブオイルと塩とビネガーがそれぞれ少量袋
に入ってついていて、好みでまぜて食べられた。清涼飲料水はファンタとコー
ラとスプライトが主流で、私が子どもの頃の飲み物のようだ。日本のように
さまざまなペットボトルの飲み物がひしめいていない。果物はいろいろあった
が日本より割高である。つい、さまざまな種類が入っているカットフルーツを
購入してしまう。葡萄、林檎、パイン、いちごが入っていて、なかなか美味。
 デザートコーナーのパンナコッタが安価でやすくてありがたかった。日本の
デザートプリンのような感覚で売っている。
 パスタの種類はさすがに多い。色も値段も形もさまざまだった。オリーブ
オイルやオリーブのピクルスなども多種ある。国によってスーパーの様子が
異なることにとても興味を持った。
 それから、テルミニ駅の地下の書店にも立ち寄った。日本の蔦屋書店のような
雰囲気。たくさんのペーパーバックが平積みになっている。文具も売っている。
来年のカレンダーや手帳がすでにたくさん並んでいた。
 駅だけでも十分楽しめる。
 
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by nokogirisou | 2008-10-10 23:28 | イタリア旅行

ローマの思い出2

 
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 ローマで圧巻だったのは、コロッセオだろう。一日目にツアーのみなさんと
外観を見学し、2日目には地下鉄に乗ってふたたびやってきて、今度は中に
入った。
 私がふと思ったのはエンデの『モモ』だった。たしか『モモ』はイタリアをイメ
ージした街が舞台だった。だからモモが住んでいるのは円形劇場の廃墟だった。
劇場に住むとはどういうことか、当時は想像できなかったのだが、今回コロッセオ
の中を歩いてみて納得できた。モモが住めそうな場所はいたるところにあった。
  とにかく大きい。5万人もの人が収容できる劇場である。何を見たかというと
戦いである。ここは闘技場だったので、猛獣と剣闘士が戦う様子を人々は興奮
しながら見たのである。劇場の内部を歩いていると、本当に当時の様子を想像
できそうな気がしてくる。いつまでいても飽きない見どころであった。
 
  それから、パラティーノの丘の脇、チルコ・マッシモの横を歩いたことも印象
に深い。目指したのは「真実の口」のあるサンタ・マリア・イン・コスメディン寺院
であったが、思わず目を奪われた。なかなか到着しなくて、近くを歩いていた
アベックに道を尋ねたところ「あれがチルコ・マッシモだよ」と教えてもらって
気付いたのだが。
 真実の口は想像通りの行列だったが、思ったより流れが速い。真実の口に
手をつっこむよりも、サンタ・マリア・イン・コスメディン寺院を見学できたことが
感激だった。なかなか趣のあるj寺院であった。
 それからテヴェレ川沿いを歩いたのだがなかなか美しい河辺だった。フィレンツェ
のアルノ川もすてきな川だったが、こちらもまた自然たっぷり和む。

 ローマは道に迷いながら、あやしい英語で人にあれこれ道を尋ねながら
歩いたことだけが忘れられない。みんな旅人にとても親切で本当にありがたかった。
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by nokogirisou | 2008-10-07 23:56 | イタリア旅行

ローマの思い出1

 
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 ローマはヴェネチアともフィレンツェともまったく違った雰囲気だった。
まずは松の木に圧倒された。レスピーギに『ローマの松』という交響詩
があるが、本当にこんなに立派な背の高い松があちこちにあるとは
思ってもみなかった。たしかレスピーギ自身はボローニャの出身だ。
松があることで、遺跡が生き生きと見え、ここが歴史の舞台だということ
を再認識する。
 ローマはいたるところが遺跡なのだ。しかも広くてスケールが大きい。
路地裏の中華料理屋で昼食を食べた後、あの有名なトレビの泉に行った。
人の多いこと多いこと。しかし驚いたのはトレビの泉の大きさだった。
すばらしい彫刻とたっぷりの水。しかもその水はとてもきれいで、観光客が
投げ入れたコインがすっかりぜんぶよく見える。またここに来られますよう
にと右肩からコインを投げ入れた。
 実はこのとき、気が気でないことがあった。出かける前に、「危ないので
できるだけ現金は持っていかない方がよい。ほとんどカードで用が足りる」
と皆に言われてきたのだが、とんでもない。イタリアに着いてから私は一度
もカードを使っていなかった。カードを使うような買い物をしていないせいも
あるが、飲んだり食べたり、ちょっとした買い物や入館料には現金しか使え
ないのである。したがってユーロだけがどんどん消えていく。フィレンツェ
で一度、円をユーロに換えたのだがそれでもお金が足りない。私はきょろきょろ
しながらキャッシュディスペンサーを探した。この日は、イタリアでは休日の最終
日らしくて、機械によっては現金が引き下ろされて、まったくなくなっている。やっ
とローマ三越の店員さんに教えてもらって、休日でも使えそうなCDに向かった。
英語の指示に従って操作するのだが、なんとも不安な一瞬である。暗証番号を
入力して、ようやくユーロ札が出てきたときには、本当にほっとした。これでなんと
か最後まで旅ができそうだ…。
 旅先でお金がないというのは本当に不安である。今回、旅行代金で大枚をはたい
たので、お小遣いはちょっぴり。貧乏旅行だった。イタリアに来たというのにアルコ
ールは一滴も飲んでいない。ブックカバーと栞以外のお土産は買っていない。
イタリアは物価が高く、うかうかお酒を飲んだり、買い物できないというのが実感だ。
 とりあえず、ユーロが手には入って、ようやく気持ちがらっくりしてローマを楽しむ
ことができそうでほっとした。ローマ三越で免税商品を購入している日本人が多くて
びっくりだ。
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by nokogirisou | 2008-10-06 21:43 | イタリア旅行

ピサの思い出

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 フィレンツェの2日目の朝、バスでピサまで出かけた。バスで
2時間くらいだが、途中、交通事故がありちょっと高速道路で止まる
というハプニングもあった。
 ピサといえば、斜塔、ガリレオ・ガリレイである。ティレニア海に面した
町ということだが、ドゥオーモや斜塔の斜塔のあたりは、少しも海が近い
という雰囲気を感じない。私たちは環境に優しいバスに乗り換え、「奇跡
の広場」に到着した。お土産屋が店をつらね、違法のコピー商品を売る
外国人も集まっている。
 天気のよい日に来てよかった。青空とドゥオーモ、斜塔の白と芝生の
緑が実にあざやかだった。
 洗礼堂から見学する。円いドーム型のロマネスク建築で、入り口に
美しいレリーフがある。洗礼堂の天上は昔穴があいていて、八角形の
洗礼漕に雨水をためていたという。ここでは守衛さんが声を出すと、
その声がうずをまく。エコーの実演が印象的だった。ニコラ・ピサーノの
説教壇にはキリスト降誕、3王礼拝、キリストの奉献、キリストの磔、
最後の審判など聖書の物語を表現したレリーフで飾られている。
 ドゥーオーモはピサ様式のロマネスク建築ということだった。中に入る
とニコラの息子ジョバンニ・ピサーロの説教壇があった。父親の作品
より、細かく、リアリスティックに彫られている。8枚のパネルには聖書
の中のテーマが浮き彫りになっている。
 真ん中には、ガリレオ・ガリレイが振り子の法則を発見したというランプ
がぶらさがっていた。ガイドさんによると、実は振り子の法則発見後に
このランプが取り付けられたということだ。
 いよいよ斜塔へむかう。残念ながら時間の関係で中には入ることが
できなかったが、周囲からじっくり眺めることができた。建築開始は1173
年で、第3層ができた1185年にはすでに斜めに傾き始めたそうだ。しばら
く工事が中断したこともあったが、完成は14世紀後半である。その後傾き
は緩やかになったが、1935年と1972年に基盤部分の工事をしすると再び
傾きが激しくなり、しばらく見学はできなかったそうだ。2001年にようやく倒
壊対策工事が終わって、一般公開再開となった。
 斜塔は青空に映えて美しく見飽きなかった。こうしてフィレンツェに戻ってきた。 
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by nokogirisou | 2008-10-04 16:19 | イタリア旅行

フィレンツェの思い出1

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 フィレンツェは京都に似ている。古い石畳の歴史の街だからか。
川があって山に囲まれているからか。
 フィレンツェと言えば、オリーブ畑、アルノ川、メディチ家…
建物の屋根はみな赤茶色で、ルネッサンス時代のままのような
雰囲気だ。フィレンツェ大学がとてもいい雰囲気で建っていた。
今はちょうど夏休み中で学生の姿は少なかったが、こんな大学で
学んでみたいものだと思う。学費は無料とか。学びたい人が学ぶ。
社会人になってからふたたび学びに戻ってくる学生も多いという。
 一日目は天気があやしかった。曇っていて、夕方からは雨にやら
れた。今回の旅で最初で最後の雨だったが、雨が降り出したとたんに
どこからともなく、傘売りが登場するのが不思議だった。傘売りは
色とりどりの折りたたみ傘を売っているのだが、値段がちょくちょく
代わるのだ。どしゃ降りのときは、8ユーロ。小雨になってくると2ユーロ。
需要と供給で値段が変化する。それにしてもいったいどこから彼らは
やってくるのだろう。
 私たちのホテルが駅のすぐそばだったので、大変便利だった。
駅の周りはちょうど工事中だった。まずはチェントロまで歩いて、洗礼堂、
ドゥオーモとジョットの鐘楼を見学した。フィレンツェ在住の日本人ガイド
さんが説明してくれる。彼女はすっかりイタリア人風の顔つきになっている。
洗礼堂の扉がレリーフでキリストの生涯の物語になっていて、ミケランジェロ
が「天国の門」と称賛したのも納得だった。
 ドゥオーモに入って、そのステンドグラスの美しさには釘付けだった。一言
でステンドグラスと言ってもいろいろだ。光を通したときの色がすばらしい。
花の聖母寺と言われるわけがようやくわかる。
 それからシショリーア広場へ移動し彫刻を眺める。ミケランジェロのダビデ
はコピーだそうで、本物はアカデミア博物館にあるという。しかしダビデの
横顔は美しく、見とれる。それからヴェッキオ宮を眺めながらウフィッツィ美術館
をめざす。ここにはおもしろい大道芸人がいた。あまりにじっとしているので初め
は本物のマリア像かと思った。しかしじっと見ているとなんと瞬きするではないか!
みんなおもしろがって手前の箱にお金をいれる。すると、マリア像は急に動き出し、
握手したり一緒に写真をとってくれたりするのだ。
 美術館に入るときには厳重なセキュリティチェックがなされる。ペットボトルは
持ち込み禁止。大きな荷物は預けなければならない。ここで長い行列ができる。
さて、ウフィッツィというのはオフィスの意味で、もともとは行政機関として作られ
た建物だそうだ。フランチェスコ1世が上階の柱廊をギャラリーとして、メディチ家
所蔵の美術品を展示したのが始まりである。
 なんといっても圧巻はボッティチェッリの「春」「ヴィーナスの誕生」だろう。予想
していたものより大きく、色は薄めだった。それからミケランジェロの「聖家族」や
テツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」など美術の教科書でおなじみの作品
を楽しんだ。私がおもしろかったのはブ男、不美人を描いた「ウルビーノ公夫妻
の肖像」だった。宗教画から抜け出したリアルな感じがとてもおもしろかった。
 のどがかわいてバールに走った。飲み物持ち込みが禁止なので、ここで飲む
しかない。500ミリのアクアミネラーレガッサータを飲み干す。外のカフェテラス
からの眺めはなかなかよかったが、雨が降ってきた。
  
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by nokogirisou | 2008-09-24 22:48 | イタリア旅行

イタリアのカラス

 
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 イタリア旅行の最中に気になったのは、どこにもカラスがいないことだった。
ヴェネツィアにはたくさんのハトとカモメがいた。
 ピサで目立ったのはスズメだった。フィレンツェには広場という広場にたくさん
のハトがいて、エサを求めていた。ローマでもハトが観光客の食べおとしたジェラート
のコーンを拾って食べていた。私にはイタリアのハトがカラスに見えた。
 しかしどこにも黒いカラスはいない。するとある人が
「イタリアのカラスは白いんだよ」と教えてくれた。カモメとカラスは同じ科に
属すらしい。白いカラスとはつまりカモメの仲間ということか。
 とにかくイタリアでは、ゴミ箱を荒らすカラスがいないのだ。ローマではあちこち
に大きなゴミステーションがあり、いつもいっぱいで悪臭をはなっているのだが
そこから生ゴミを引っ張り出す黒いカラスがいない。
 そういえばフィレンツェでは、カラスは見なかったが、あちこちで馬を見た。馬車が走
っていたのだ。道ばたに馬糞がおちていることがあり、こっけいだった。渇くと繊維だら
けの糞が、縄のようにちらばっている。ちょっと振り返ったら馬の鼻先にぶつかるという
こともあった。馬糞の匂いがあまり気にならないのは乾燥しているからだろうか。 
 
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by nokogirisou | 2008-09-23 21:29 | イタリア旅行

ヴェネツィアの思い出

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 須賀敦子の『ヴェネツィアの宿』を読んでいたら、無性にヴェネツィアが
恋しくなった。イタリアに到着して、最初に訪れたのがヴェネツィアだった。
船で運河を渡るのだが、船着き場には、旅人のはき出したガムが、木の杭
にいっぱい貼り付けられていて、不思議だった。いろとりどりのガムが模様
の様に並んでいる。
 サン・マルコ広場まで歩く間に添乗員のOさんは何人ものイタリア人に
話しかけられていた。なつかしそうにイタリア式に抱き合う人もいる。おお!
それにしてもなんと旅人の多いことか。サン・マルコ広場は人であふれてい
た。こういう広場というのは日本にないように思う。スクエアの周りには商店が
ならび、番号がつけられている。ライオンがヴェネチアのシンボルだそうで、
いたるところに登場する。
 ここで日本語ぺらぺらのガイドさん、マリオさんが登場する。サン・マルコ寺院
トドゥカーレ宮殿、嘆きの橋、ムラーノ島のヴェネチアングラスの工房などを
案内してくれる。ドゥカーレ宮殿は、政治の中心であり、総督の住居だったので
見どころたくさんだった。14世紀のゴシック様式。テツィアーノの壁画がありその
赤色が印象的だった。『ベニスの商人』の人肉裁判を思い出すような当時の
裁判所、大きな星座時計、牢獄跡など興味深く見学する。「嘆きの橋」と名付けた
のはイギリスのバイロンだそうだが、ヴェネツィアの街を見納めて牢獄に入って
いく罪人の気持ちを想像しながら渡る。
 それから、ゴンドラに乗ってゆらゆら。ゴンドリエーレがとても陽気で、おしゃべり
好きで、楽しげだった。運河にはときどきアイスクリームのコーンなどが浮いて
いるのだが、カモメがやってきてそれをくわえておいしそうに食べている。運河は
建物と建物の間に走っていて、ちょっと曲がると、建物の色や形が異なり、町並み
が変化するように、運河の雰囲気が変化する。
 自由時間には、鐘楼に昇って街を一望した。古い東京タワーのような感じ。荷物を
預け、30分ほど並んでようやく上に上がれた。エレベーターがあるのが不思議なくらい
の古くて背の高い鐘楼である。上から見るとますますイタリアらしいの街だなあと思う。
 それから、サンマルコ広場の商店街を歩き、1720年創業のカフェ・フローリアンを
見学。ヨーロッパの芸術家たちが集った最も古い喫茶店だという。ちょうどピアノの
生演奏をしていた。お値段が高くて、私たちは席に座るのを諦めてしまったのだが…。
 それから、公衆トイレへ。初めて入ってみた。入り口には女性がいて、しっかり50セント
の入場料(チップ?)をとる。そして代わりにお手ふきのようなものを手渡してくれる。
管理人のような若い男性がしきりに掃除をしていた。とにかくガムを見つけるとささっと
走っていって、ガム取りですくいとる。たくさんの観光客がつれを待っている。トイレで
ないような光景だった。
 それからジェラートの挑戦。みんなが食べているのでついついほしくなるのだが、けっこう
なお値段の割に味は今ひとつ。とにかく甘いのだ。互いに違う味を食べ合ったが、リモーネ
のシャーベットが一番美味だったか。あまくて結局、アクアを購入することに。とにかく水が
ほしい。水が必需品なのだ。
 その後は、細い路地を歩き回る。あちこちに仮面がたくさんある。どうもカーニバルのとき
にかぶるお面のようだ。お土産用の小さな仮面もたくさん並んでいたが、あんなに顔ばかり
並んでいると圧巻である。手作りステーショナリーや陶器工芸のお店など興味深いが、
さすがにみなお値段は高い。
 なんとかリヤルト橋までたどりついたが、そこにはジプシーや物乞いがいた。運河の風
にあたりながら、物乞いについて考える。たいていの人は彼らを無視するが、物乞いたち
は懲りずに、何度も何度もお金を求めてくる。今の日本ではあまり見られない光景だ。
お互いに慣れっこになっている文化のようだ。
 歩いているうちに私の靴底が剥がれるというハプニング。ぺらぺらして歩きにくい。スーパー
をみつけてボンドがないか探すがみつからない。代わりにおいしそうなブドウやお菓子を買
ってしまう。ここは水が安い!さっき購入したペットボトルの水の4分の1の値段である。
ボンドのことを忘れて、あわてて水を買い込んでしまう。
 相変わらず、ぺこぺこする靴に困り果てながら歩いていると、なんとホームセンターらしき
店を発見。しかし店の人に英語でボンドをくださいと言っても通じない。手振り身振りでようやく
わかってもらって、工具売り場に案内してもらった。あった!靴用のボンドがちゃんとある。
おかげでようやく、普通に歩けるようになった。
 ヴェネツィアは、もっともっと歩き回りたい街だったが、時間切れ。船の時間である。
また来たいという思いを抱いて船に乗り込んだ。運河から美しい建物の数々に別れを告げる。  
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by nokogirisou | 2008-09-15 06:37 | イタリア旅行

旅の忘れ物

 今回のイタリアの旅で味わえなかったものがいくつかある。
ひとつは音楽。せっかくイタリアにいくのだがら、オペラやを
聞きたかった。オプションでカンツォーネを聴くチャンスがあった
のだが、同行者の発熱でかなわなかったのだ。
 ただ、ヴェネチアのカフェフローリアンでは、生のバンドやピアノ
演奏をやっていて、通りが掛かりに聞くことができたし、ヴァチカン市国
博物館に入場するために長い行列でまっていたとき、すてきな
バンドネオンの演奏を聞くことができた。彼は長い待ち時間で退屈
している人たちに音楽を聴かせているのだった。ぼうしをおいていて、
数人の人が50セント硬貨を投げ入れていた。
 日本に戻ってきて須賀敦子の『ヴェネツィアの宿』を読んだとき、
フェリーチェ劇場に行かなかったことを後悔した。  
 もうひとつ、行きたかったのにいけなかったところがある。それは
図書館だ。フィレンツェでは図書館の前まで行ったが、ちょうどフェルゴスタ
のお休みで入館できなかった。博物館的な図書館でなく、市民が親しむ
図書館をぜひ見てきたかったのだが…、残念。その代わり書店には何件
が入ってみた。雰囲気としては日本の書店に似ている気がした。
 小さな町の本屋さん風のお店と、郊外型の大きな書店と。
地下鉄の中で、本を読んでいるイタリア人はみかけなかったような木がする。
本を手に持っていたのはほとんどが旅人で、手にしていたのはガイドブックだ。
イタリア人の読書事情についてもっと知りたかったように思う。
 


 
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by nokogirisou | 2008-09-10 00:37 | イタリア旅行

イタリア紀行5 たべものその3

 
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 私たちの旅は、都市から都市をバスで移動する。高速道路をベンツの
バスで走り抜ける。途中ドライブインに寄るのだが、食料品店が経営する
ドライブインに入ることがけっこうあった。普通のドライブインは有料トイレ
であることが多いのだが、食料品店の経営するドライブインはトイレは無料。
その代わり、店内はお土産品店になっていて、さまざまなイタリアの食材を
売っており、ぐるっと一周しないと出口にたどりつけない構造になっている。
食品の試食品もたくさんでていて、まるで日本のスーパーのようだった。
 みなさん、パスタやポルチーニやオリーブオイルをたくさん買っていたが
ローマのスーパーマーケットの方が安くて種類が多かったりする。ローマで
の収穫はスーパーに行ったことだろう。テルメニ駅の地下にはスーパーが
あって楽しめた。お惣菜の種類は日本の方が多い。サラダとパスタ料理が
並ぶ。野菜は概して高いような印象を受ける。清涼飲料数も日本の方が種類
が多い。こちらではファンタとスプライトとコーラがメジャーである。どこにいっ
てもこれらがあり、多くのイタリア人がファンタを飲んでいる。それ以外の種類
がない。スポーツドリンクもフルーツ味のゲータレードしかない。旅行中に感じ
たのは自動販売機やコンビニがまるでないことだった。景観を大切にするため
だろうか。唯一みつけたのがヴェネチアの大鐘楼の中。ファンタと水の自動販
売機がおいてあった。
 ローマ初日のランチはなんと中華料理だった。ローマにはいたるところに
中華料理の店がある。しかし出てきたものは不思議な中華料理だった。しかし
日本の味に少し近い感じがして、ツアーのみなさんおもしろがって食べていた。
「アジアの味がするね」などといいながら。卵とわかめのスープ、牛肉とピーマン
の炒め物、マーボー豆腐、野菜のいためもの、白いごはん、メロン。
 夕食は、アラビアータのペンネのはずだったのだが、出てきたのはアラビアータ
のスパゲティだった。待っている間に長いプレッツェルのようなものを食べたが
これも美味。これは新潟のイタリアンレストラン「ピアチェボーレ」でも出てくる
ものだ。第2の皿は鶏肉のソテー。肉がやわらかく、ソースとよく合い食べやす
かった。デザートはベリーのジェラート。イチゴ味のアイスにベリーのソースが
かかっている。ベリーの種がじゃりじゃりしているのが気になったが酸っぱくて
アイスの甘さを緩和してくれる。

 ローマでは、2日間自由行動の日があったのだが、その1日目に同行者が
熱を出し、ホテルで休むことになった。そこでスーパーに出かけて、サラダや
パスタのお惣菜やパンナコッタや果物などを買い込んでホテルの部屋で食事
した。同行者が眠っている間、私は暇だったのでホテル最上階に上がってみた。
ここはなんと、プールがある。青空のもと、数人の外国人がゆっくり泳いでいた。
プールサイドには水着のまま甲羅干しをしている人や長椅子に腰かけてビール
を飲む人、本を読む人などがいた。
 私もふらふらと外のテーブルにすわってしまい、本を読むことにした。すると
かっこいい若いボーイがメニューを持ってやってくる。隣の席の女性が一人で
サンドイッチをかじっていたので、チーズとトマトのサンドイッチと水を頼む。
 まもなくサンドイッチとポテトチップスの載った皿が持ってこられる。値段が値段
だけに、美味である。ポテトチップスがしょっぱかったが。ここでビールでもあった
ら村上春樹の世界なのだが、貧乏性で頼めなかった。だってサンドイッチが18
ユーロだったのだから!
 それから2時間くらい、プールサイドで本を読んだり、泳ぐ人を眺めたりしていた。
マンウォッチングをするにはいい環境だった。気分はリゾートだった。
 
 ローマのホテルはこれまでのホテルとは違い、とても現代的な高級ホテルだった。
朝食もこれまでとは違い、パンとハムとチーズ以外に生の果物やヨーグルトや
ポテトやトマトの料理も並び、バイキングらしいものだった。
 翌朝は元気になった同行者と一緒にバイキングを楽しんだ。果物のコンポート
が美味で、同行者は大きな洋ナシのコンポートを一人でいくつもほおばっていた。
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by nokogirisou | 2008-08-31 06:47 | イタリア旅行

イタリア紀行4 たべものその2

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 フィレンツェについてすぐに、ホテルの近くのリストランテに向かった。
ポルチーニのペンネと、フィレンツェ名物Tボーンステーキだった。
ペンネはゆで具合がよく、ポルチーニがうまいがうあいにからまっていた。
驚いたのはステーキ。骨付きの草履のようなおおきな牛肉のかたまり。
シンプルに塩とこしょうで味つけられている。私はけっこういけたが、ツアー
仲間の女性たちはあまり手をつけていなかった。デザートのパンナコッタ
はなめらかで、今まで食べてきたパンナコッタの中で一番おいしかったと
思う。
 夜はリゾットと魚の料理。リゾットは米からたくので固めなのだが、それが
良い感じだった。日本の米とは違う感じだ。魚の付け合わせのジャガイモも
黄色っぽくて日本のものと違うと感じた。デザートのティラミスが小さめの
どんぶりのようなガラスの器に入って出てきたので、さすがにたべきれなかった。
 フィレンツェの朝食はパンの種類が増えていておどろいた。見かけより
固めだった。甘いお菓子系のパンもたくさん出された。ヨーグルトが独特の
酸味となめらかさで美味だった。
 フィレンツェ2日目のランチは添乗員のOさんが紹介してくれた日本人がホール
で働いている店で食べた。野菜が食べたくてサラダを注文する。ドレッシングはな
くて、オリーブオイルとビネガーと塩とコショウでお好みで味付けする。シンプルな
ポモドーロ(トマト)とバジルのスパゲティがおいしかった。ニンニク臭すぎたり、、油
っぽかったりせず、おなかにもたれない。パスタ料理に関しては、どこもはずれなく
おいしかった。名物のぱんがゆ「リボリータ」は野菜がたっぷりでちょっと和風な
感じで気に入った。
 フィレンツェ最後の夜ご飯はピッツァにした。シンプルにマルゲリータ。チーズが
濃厚でバジルがさわやかで、生地はぱりっとしていて私ごのみだった。隣の方の
食べていた魚貝のスパゲティがアルミ蒸しになっていてとても豪華に見えた。
ここは魚料理が得意の店らしく魚のフリッターが人気だった。
 ジェラートのついて一言。アイスクリームは正直言って、日本の方がおいしい。
地元の「ポポロ」ジェラートにかなわないと思った。イタリアのジェラートは甘すぎる。
ただ、フィレンツェの路地裏のお店のジェラートは唯一、シャープでこくがあって、
さっぱりしておいしいと思った。
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by nokogirisou | 2008-08-29 21:50 | イタリア旅行