<   2005年 02月 ( 21 )   > この月の画像一覧

岡本太郎のみた沖縄

『岡本太郎の沖縄』2000年NHK出版 を見る。
 写真集だ。
 私の知っている沖縄とは全然ちがう沖縄がある。
 しかしたしかに実在したのだとこの写真をみながら思う。
 今の沖縄につながる何かがここにある。
 岡本が撮影したのは、1959年の11月から12月にかけての
10日間だという。日本再発見の旅に出て最後にぶつかったのが
沖縄。「それは私にとって、一つの恋のようなものだった」
この言葉にしびれる。
 私が気に入って、印象的なのは、牧志の公設市場とおばあたち
の顔の写真。おばあは沖縄の被写体だ。
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by nokogirisou | 2005-02-28 06:26 | 本と図書館

『13歳の沈黙』カニグズバーグ著 岩波書店

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「最も残酷なうそは沈黙のなかで語られることが多いという格言を
きいたことがある?」

    『スカイラー通り19番地』のマーガレットが大活躍するのが
  この『13歳の沈黙』である。作品全体としては、私はこっちの作品
  の方が好きだということに気付いた。
  この舞台のエピファニーという町は実在しないのだという。
  あまりにもありそうなので、思わず私はアメリカ地図を探した
  のだが、訳者の小島希里さんが後書きで架空の町だと書いていた。

   コナーとブランウェルは思春期まっただ中の13歳の少年。
  「沈黙」はここでは、比喩ではない。物語はブランウェルが、本当に言葉を
  話さなくなった瞬間から始まっている。ブランウェルは、義理の妹の赤ん坊
  ニッキが意識を失ってしまい、911番通報に電話したときから言葉を失った
  のだった。ニッキは植物状態からなかなか回復しない。

  なぜ彼は言葉を失ったのか?
  ニッキはどうして意識不明になったのか?
 
   この謎を解くために、私はこの本にのめり込み、ブランウェルを救う
  ために親友コナーと義理の姉のマーガレットは奔走を始める。
  この謎解きの過程がたまらない。

   マーガレットはここでも本当に個性的で魅力的な女性である。
  何が個性的って、彼女の言葉である。かわし方。
  コナーとのチームワークは抜群で、いい姉弟の関係だと羨ましくなる。
  日本でこういう関係ってあるだろうか?
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by nokogirisou | 2005-02-26 10:57 | 本と図書館

『卒業式まで死にません』南条あや 新潮社

 
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この本が出版されたときの喧噪を覚えている。けれども2000年当時は
まだ手にする気持ちになれなかった。そういう本はけっこうある。
 南条あやは、ハンドルネーム。彼女は、中学1年のときに手首を切り、
以後何度もリストカットを繰り返し、自殺未遂を繰り返し、その心境を日
記に書きインターネットで公開していた。
 彼女の父は「この日記を読んで、どなたか一人でもいいから生きる勇気
を感じていただけたら」という思いで、本にして出版したという。この父と娘
の関係はどうだったのだろうか。南条は「父のことも、今のところ許せる存在
に変わりましたし」と書いているが。
 おびただしい、薬品の名前となまなましい記述に圧倒される。彼女の苦し
みはなんとなくわかるようで、実は理解するがとても難しい。彼女は本当に
死にたかったのだろうか?

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by nokogirisou | 2005-02-25 06:28 | アート

ハードル

走ると決めた瞬間から
まわりの空気を引き裂くように駆け抜けてくる
ひたすらに
日常的なあなたと別人の顔で 
足音がだんだんに近づいてくる
今だ
足を上げた
すでに着地の音がしている
あなたの求める「3歩のリズム」で私のよこを瞬間に過ぎていく
そのときようやく
風が届く
勢い余った身体を
あなたはもうゴールに投げ込んでいる
私はあなたがどんな顔で走っていたのか忘れてしまった 
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by nokogirisou | 2005-02-23 04:22 | 日々のいろいろ

ピガ画廊にて Fantastic Art Exhibition 

 青山のピガ画廊におもむく。ここは小路に入ったところの静かな画廊だ。
石居麻耶さんのFantastic Art Exhibition の作品を見るために。
 これは、報美社のアートディレクターの企画による、若手新人4人の作品展である。
石居麻耶さん、佐藤秀政さん、スサイタカコさん、旗朋子さんの4人。
みなさん、お若くて、颯爽として輝いていた。
4人会場で初めて会い、初めて互いの作品を見合ったそうだ。
 麻耶さんの作品は入り口入ってすぐのところにあった。
 今回は幻想的な、冬にぴったりの作品が並んでいた。私には夢を追う旅人たちに
見えた。その姿は、どことなく寂しげに見える。
 麻耶さんの作品は、影が重要な役割を果たしているようにいつも思う。
 またちょうど麻耶さんが、出版されたできたてほやほやの『或る日々の光景』(2005年2月15日完成。新風舎)の見本が到着していて、こちらも手にとってじっくり見ることができた。
blogで拝見してきた懐かしい作品が、麻耶さんの手によって編集。あらたな世界に構成されていた。本当に印刷された作品というのも、またいいものである。原画と同じ大きさだという。
繊細な作品。大切な風景、さりげない瞬間を心の目できりとって丁寧に描いた作品たち。
 季節がこの本の中をかけめぐる。
 いい時間をすごすことができた。
 
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by nokogirisou | 2005-02-22 06:03 | アート

「ミュシャ」展にのりこむ

 私は人の背中を見に来たのだろうか…。
DADAさんに大変な混みようだと伺っていたのだが、本当だった。
上野の人々の多くが、東京都立美術館に向かっている。
 ミュシャ展に 入ってみる。

 入り口付近が込むので、いきなり真ん中から見始めた。ここなら
動きがある。

 今回私が感じたこと
 娘や息子や奥さんや自画像やモデルを描いた作品の目とポスターや
装飾作品に描かれる女優や女たちの目とが違う。
 前者の作品の目は生きている人間のなまなましい目である。
 後者のいわゆる、ミュシャ様式の作品の女性たちは、みな官能的な
うっとりするような目をしている。けれども、何か魂がぬけたような、実
在感のないような美しさである。
 
 1900年頃に描かれたパステル画がとても不思議なあやしい雰囲気
を持っていた。特に「聖夜」「幻影」「森の中の少女」
青い色のパステルがのたうちまわっているような感じが印象深かった。
まさに幻影的だった。

 『装飾資料集』の図のための習作がすばらしかった。
 ものを細部までよく見る目を伺い知ることができる。

 プラハ時代の作品には何か真摯なものを感じる。パリ時代とは
明らかに異なる姿勢、ミュシャの信念を感じることができる。
「ボヘミアの唄」の若い女もアゴをあげ、うっとりした表情をしている
のだが、ここでは「故郷」が強く自己主張している。広がる草原と
空あっての女の表情で、ここにはリアリティがある。
 
 美術館に付属する喫茶やレストランに入るのがなぜか好き。
 一人まどべの席で楽しもう…なんていうのは幻想で、ものすごい
長蛇の列。ここでもか…
 
 
 
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by nokogirisou | 2005-02-21 04:57 | アート

『あなたが子どもだったころ』河合隼雄 講談社+α文庫

 『なぜ大人になれないか』村瀬学 洋泉社新書の中に、鶴見俊輔とその母親との
不断の闘争のことが描いてあって、とても印象に残っていた。そうしたら今日読んだ
『あなたが子どもだったころ』の最初の対談が、河合と鶴見俊輔で、「子どもが死に
たいと思うとき」であった。
 鶴見氏の母親は、とても厳格で鶴見氏を理想にはめようと猛烈な勢いで怒った
らしい。鶴見氏が氏を思うほど、それは激しく、その親子の格闘は、鶴見氏が15歳
でアメリカに生き母子分離したことでなんとか収束する。
 鶴見氏は、その自分を苦しめた母親に異常なユーモアを感じている。
 これは鶴見氏が母親の愛情を確信していたからだと思う。

 母親…のことが怖くて、煙たくて、顔色をうかがうようになったのはいつからだろうか。
 私にとっていつもこの世で一番こわい。私を抑圧する人物である。激しいけんかを
する年でもないから、今やひたすら、言われたことををはいはい、と聴いているけれど、
ときどき、はいはいといいながら、自分のやりたいことをやっているので、母親の逆鱗
に触れる。とにかく「早く、早く」が彼女のすべての価値観。
 いつものんびりマイペースの娘は許せないのだろう。
  テレビを見ているときにスィッチ消すとか
  新聞読んでいるのに灯りを消すとか
 まったく、それだけは、やめてほしいんですけれどね。
 まあ元気だから、こうやって文句を言っているのだろうけれど。ごめんなさい母上。  
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by nokogirisou | 2005-02-19 05:12 | 本と図書館

いわさきちひろ全集

 以前、ここにいわさきちひろの『ラブレター』について書いたことがある。
そうしたら、思いがけないことに、私の敬愛する方からいわさきちひろ全集を
いただいてしまった。昭和59年にほるぷ出版から出された貴重な画集である。
 ちひろは、子どもの頃から親しんできた画家である。
 気が付くといつもそばに彼女の絵が、そして絵本があった。

 前にも書いたが、私はちひろの作品の中で、やはり『赤い蝋燭と人魚』が
印象深い。同郷の小川未明のこの童話に惹かれるためでもあるが、
ちひろが病をおして、日本海にスケッチ旅行に行き、そして、未完のまま遺作
となってしまったことが私にとってとても重いのだ。
 子どもの頃は、モノクロなのが物足りなく寂しい気持ちになったものだが
今ではこの作品はモノクロの方が似合うと思っている。
 この絵本を、私は人に贈ってしまって、今は手元に残っていないのだが、
このたびいただいた全集にそっくりそのまま収まっていた。
 私が好きだったのは、ろうそくに貝がらの絵が描いてあったページだ。
海の絵と貝殻の絵が好きだった。

 ちひろは、11月の小雪の舞う日に直江津の荒れ気味の海をスケッチした。
途中で気分が悪くなり、松の木に囲まれた古い旅館で休んだという。
 郷津虫生海岸のスケッチに目が釘付けになってしまった。
 遠い遠いふるさとの海。
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by nokogirisou | 2005-02-17 22:27 | アート

2月14日

あなたのバレンタインデーは?
 2月という、灰色の空で雪の舞う寒い季節にバレンタインデーがあるのは意味の
あることだと思う。この日までの少なくとも2週間は、街もショッピングセンターも明
るいにぎわいがある。
 そもそもセントバレンタインデーは、恋愛の対象だけでなく、広く愛する人たちに
贈り物をする日だという。
 
 さて、今年のバレンタインデーは、ありがたいことに手作りチョコの数々をいただ
いた。 チョコレート売り場に手作りセットがたくさんあったのは気になっていたの
だがこんなにも、実際に試している人が多いのか!とびっくりした。
 トリュフに生風チョコにチョコクッキーのブラウニー、ガドーショコラ。
 いろいろなチョコ菓子をこんなに一度に食べrられるのはやはりこの日。
 けっこう食べられるものである…。 
 しっとりしたのや、ぱさぱさしたのや硬いのや柔らかいのやいろいろなのは
手作りならでは。

 それから今年は、地震お見舞いのお返しにチョコレートが送られてきた。
 なんだかかえって申し訳ない気持ちになる…。

 私自身は、応援するバレー部員たちに、そして、愛すべき受験生のために
 キットカットを(月並みだが)バレンタイン仕様で贈った。

 
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by nokogirisou | 2005-02-16 05:15 | 日々のいろいろ

水木しげる展に行ってきた!

  日曜日、雪の中新津美術館に行ってきた。
大 水木しげる展を見るために。
  これが、なかなかすばらしく、時間を忘れて楽しめた。
 水木しげるを師と仰ぐ荒俣宏氏と京極夏彦氏の監修ということで、期待はしていたのだが
行ってみて本当によかった。すっかり世界にはまれる。ポスターは京極氏のデザイン。
 私自身は、これまで、それほど熱心な水木読者ではなかったし、妖怪についても
それほど、詳しくなかった。「ゲゲゲの鬼太郎」は子ども時代にアニメで見たけれども。
その私が、すっかり水木しげるという人物と妖怪に惹かれてしまった。
人生絵巻も自叙伝漫画も世界の妖怪コレクションも、文句なしにおもしろい。

 水木の人生は本当に波瀾万丈。彼が自由人でユーモアのセンスを持ち合わせていた
からこそ、そして、実はとても生きることに「まじめ」だったからこそ、ここまで生き延びて
きたのだろうと思う。
 「水木しげるは、ひたすら生活のために働いたのだ。そして暮らして行くためにはウケな
ければならなかった。」
 京極のこの言葉は今ではとてもリアリティを持って私にせまってくる。

いきなり出迎えてくれる水木しげる人形に逢えるだけでも行く価値ありか…。
それにしても新津美術館の企画は毎回、新鮮でたのしい。
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by nokogirisou | 2005-02-14 21:47 | アート