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『博士の愛した数式』(小川洋子著) の映画化

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  2年半前この本が出て、話題になって、そしてこのたび映画化された。
あまのじゃくなので、あんまり人がほめるものを読んだり見たりしないの
だが、この本はけっこう好きだった。思わず、大好きな人にプレゼントしたの
だった。あれから2年たつがその人は読んでくれただろうか…それはわから
ない。
この映画の監督は小泉堯史。この原作をとても好きだと行っていた友人が、
おそるおそる映画を見たら、とってもよかったのでほっとしたと言っていた。
映画と原作は細部は違うらしい。狂言まわしはルート自身である。しかし
とてもよくできていて、数学の世界もうまく表現していたという。友愛数の説明
シーンは涙がでてきたとか。
 見てみたい気持ちと、見たくない気持ちが半分ずつ。
 向井万紀夫が書いていたが、64歳の数学者と家政婦が何の心配もなく話
せるのは数学についてだけだった。そういう関係はちょっとさびしくちょっと惹
かれる。
また小川洋子は書いていないが、江夏の生涯通算セーブ数193は、素数な
のだそうだ。
 
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by nokogirisou | 2006-01-30 22:09 | 本と図書館

マリンピアとりゅーとぴあ

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 天気がよくて、ふらふらと飽きずにまた、新潟市水族館マリンピアに行って
みた。さすがに今回は、親子連れやアベックなどでにぎわっていた。前回とは
空気が違う。
 ショックだったのは、マンボウがとうとう全部死んでしまったこと。マンボウ
のいた水槽にはアオウミガメとタイマイが泳いでいた。マンボウファンの私
はとても残念。
 とてもすてきだったのは、 クマノミがイソギンチャクにタマゴをうみつけ、
世話をしていたこと。
 ペンギンの水槽に、エサの魚が落ちていたのだが、数匹はまだ生きていた。
 イルカショーの中身も前回とちょっと違っていた。クロはでていなくて、ユキ
とキャンディの2匹だけでやっていた。ジャンプの中身が充実していて、水
しぶきをかけまくっていた。 水族館は飽きない。

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by nokogirisou | 2006-01-29 23:08 | 生き物たち

試合を楽しむ!

  やはり続けてレッスンを受けることの重要性を感じる。
今日のテニスは、先週やっと取り戻したカンがまだ残っている
感じがした。格別調子がよいわけではないが、スムーズに動ける。
レッスンは休まないに限る!
 しかも今日は4人しかいなかったので、最初から汗だくだった。
たくさん動けて、試合もたっぷりできた。
 先週の反省と後悔を覚えていたので、試合らしい動きができた。
ポーチに出るタイミングを掴むこと。
相手の攻撃はしっかりかわすこと。
人のいないコースに打つこと。

当たり前のことを当たり前にするのがむずかしい。
今日の試合は久しぶりに6-2で勝つことが出来てうれしかった。 
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by nokogirisou | 2006-01-28 22:10 | テニス

モーツァルトの誕生日

 今日はモーツァルトの誕生日でした。モーツァルトは、1756年1月27日
にオーストリアのザルツブルクで生まれました。2006年の今年は生誕250
年ということで、あちこちでいろいろな催し物があるようです。
 ザルツブルクでは、モーツァルトの生活を再現する特別展覧会「ビバ!モ
ーツァルト」が行われているそうです。祝祭劇場ではリッカルド・ムーティ指揮
で、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、内田光子のピアノでピアノコンチェ
ルトが演奏されていました。その様子の一部をテレビで見ることができました。
 モーツァルトのピアノといえば、やはり内田光子かなと思っていたので、その
映像を見ることができて嬉しかったです。

 モーツァルトの誕生日にはやはりレクイエムを聴くことにしました。
誕生日なのにレクイエムとはおかしいかもしれませんが、やはりこの曲が
聴きたいのです。
 ニコラウス・アーノンクール指揮 ウィーン・コンツェント・ムジクス
 1981年の録音
 イントロイトゥスからぞくぞくします。今日はこれを聴きながら眠ります。
 
 
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by nokogirisou | 2006-01-27 23:00 | 音楽

悩みは尽きない

  職場では、楽しいことももちろんあるのだが、トラブルも多々ある。
さまざまな苦情がお客様から、持ち込まれる。それを聴くのが仕事
でもあるのだが、ストレスもたまる。言われなき批判や、理不尽な
文句を、真摯に受け止める。すみません…と心から謝る。上辺だけ
の返事はすぐに見抜かれてしまう。
 悩みはつきない。自分がなんとかすれば改善する…という問題で
ない苦情が多いのだから。何をどうしたらよいのかわからなくなる。
身動きできないような息苦しさを感じている。
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by nokogirisou | 2006-01-26 22:47 | 日々のいろいろ

『下流社会ー新たなな階層集団の出現』三浦展 光文社新書

 大変話題になっている本である。ざっと読んでの感想にとどめる。
考察は後日。
 「下流」という言葉に一瞬ぞっとするが、本書では下流は次のように
定義されている。
「『下流』」とは、単に所得が低いということではない。コミュニケーション
能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生へ
の意欲が低いのである。」
 意欲が低い結果、所得も低くなり、未婚の確率も高く、だらだら生活し
ているように見えてしまうという。
それでは、その能力と意欲の高低を決めるのは何なのか。結局は親世代
の経済能力が一番の要因か。そしてあとは個人の性格?それすら親の影
響を受けている。
 面白かったのは下流な人ほど「自分らしさ志向」が高いということだった。
上流は結局、保守的で自分の分を守る傾向が強い。価値観の多様化など
と言われながら、実は昔っぽい価値観がずっと残され守られているのだ。
 それから家族形態は多様化したが、幸福の形は多様化していないという
ところ。時代が変わってもやはり人の求めるものはあまり変わっていない。
標準的な形であって豊かであることを求めているのか?
 
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by nokogirisou | 2006-01-26 06:25 | 本と図書館

遠くからの夜の電話

 近くの仲間たちの様子を見たり聴いたりする分には、みんなそれぞれ
に幸福で、それぞれに今の生活を大切にしているように見える。
 しかし、遠くの友からくる電話で、「幸福」が語られることはまずない。
こんなにも大変なことが現実にあるのか…と思うような小説の中のよ
うな不幸や理不尽や悲劇が、ことことことと語られる。またか…という
気持をすっかり通り越して、やはり真剣に聴くしかないという覚悟に変
わる。それほど緊張感のある電話だった。しかしすべては、すぐ隣に
ある危機である。私の身にもいつ起きるかわからない…。
 電話だとむずかしい。下手な励ましや同情は無用なのだとわかって
いるのだが、黙っているとただの沈黙になってしまう。事細かに事情を
聴いたあとで、どうコメントしたらよいのか。安っぽい言葉は言いたくない。
うん…とうなずくしかないが、電話の相手には見えない。
 ほんのちょっとの進展をみせながらも、同じことの堂々巡りだったりす
る。それに気がつかないくらい、友は疲れており、余裕がないのだ。
 どうかどうか、みんなの今日が昨日よりもよい一日になりますように…
と祈らずにいられない。
 
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by nokogirisou | 2006-01-25 06:16 | 日々のいろいろ

『下妻物語』嶽本野ばら

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 この作品が映画になったことすら、知らなかったのだが、嶽本野ばら
をぜひ読んでみて…という子から熱烈に勧められて読んでみた。
「真のロリータはロココな精神を宿し、ロココな生活を品ければなりません」
この一行にしびれてしまた。
 読み始めたら一気である。そして、想像とは裏腹になかなか「シブい」
作品で、思いがけずこの物語の世界にはまってしまった。
 「ヤンキーちゃんとロリータちゃん」と副題がついているが、実は茨城
は下妻を舞台にした、この奇妙な二人の高校生の不思議な友情物語
なのである。

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by nokogirisou | 2006-01-25 05:58 | 本と図書館

手帳の言葉

 ほぼ日手帳の方眼の下にある日々の言葉におもいがけずヒントを
もらったり、救われたりする。偶然。
たまたま開いた1月19日のページ。
「生きていると理不尽なことはあると思う。
 だけど、『ありもしないことにおびえて生きるな』と、
 今できることにベストを尽くせば、
 それでいいんだと思います」「宇梶剛士流、父のはなし。」より
たしかに、ありもしないことにおびえていた。
「こう言われたらどうしよう。」「こう指摘されたら嫌だな」
「きっと反対されるだろうな」等々。
 思い切ってやってみる。 今できることをやる。
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by nokogirisou | 2006-01-24 06:00 | 手帳

激しいもの

 ときに私は、自分の中にわき起こってくる「激しいもの」に支配され
どうしたらよいのかわからなくなる。
 それは、私の意思と関係なく、勝手におなかの中でそだっている。
 それが、「ことば」をきっかけに爆発して激しい怒りとなって、どうにも
抑えられなくなるとのだ。そうかと思うと、どうしようもない「寂しさ」とむな
しさを覚えて、投げ出したくなる。またあるときは何かを愛したくてたまら
なくなる。
 爆発の場合、多くは自宅にいるときにおこる。家族が火種になることが
なんと多いことか。そして爆発の後は、ひどい後悔に襲われるのだ。
なぜ、そう激しくなってしまうのか。できるだけおだやかに生きたいと願う。
そう思って生きているのに。
 その「はげしいもの」の正体が何なのか。実は、わかっている。
それをだましだまし生きていくしかないのか…。
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by nokogirisou | 2006-01-23 22:11 | 日々のいろいろ