<   2006年 05月 ( 34 )   > この月の画像一覧

きまじめ

 昔はだらしないやつって、迷惑だと思っていた。
 芳郎くんは、ちょっと時間にルーズだし、持ち物なんかも
だらしないのだけれど、でもなんだかいっしょにいるとほっと
する。こまったなと思うこともないわけじゃないんだけれど、
協力しながら仕事していると、悪くないなという気になってくる。
実は芳郎くんなりの秩序はあるらしいし、こっちが失敗しても責
めたりしない。にーっと笑うだけ。
 でも、雅子さんは苦手だな。とってもまじめできちんとして
頼りになるのだけれど、いっしょに仕事をすると疲れる。いつも
監視されているような感じ。みんながみんな自分と同じペース
同じ勤勉さで仕事をすることを期待するから。
 世の中自分だけが正しくて周りを許さないような雰囲気がとても
たまらない。
 真面目というのは実はとても迷惑だな。でもこれって自己弁護か
な。それとも真面目さについていけない劣等感か。
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by nokogirisou | 2006-05-31 21:59 | ショートショート

『愛するということ』小池真理子

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 あまりにもストレートなタイトルで、おおっという感じだが、櫻井浩の装丁
に惹かれて買ってしまった。
 これは、小説という形をとりながら、小池の恋愛観を語った哲学書かも
しれない。
 ストーリーはシンプルなのだが、女性の心理がとてもこまやかにうまく
描かれている。特に、愛する人を得て後、失ったその後の心理がとても
うまいと思った。嫉妬心とそれをどうにもできないもどかしさ。
 最初に登場する映画が伏線である。映画は全編通したキーワードという
か、背景になっている。
 印象に残っているのは、「ユリイカ」という主人公が働いている、青山の
骨董通りのオアシスだ。ソフトドリンクと軽食と趣味の本を扱っている。そん
な商売が成り立つことが不思議だったし、とても行ってみたい気がした。
 もうひとつは、愛する人を失ったあとに一度会っただけで、ベッドをともにし
友情を感じる拝島悟郎という役者の台詞。
「一回、書いてしまったものはさ、消しゴムで消そうったって、だめなんだよ。
消えないんだよ。そういうことがわかっていないやつは、どうかって思うよ。」

 しかしもっとも印象深く、この本のテーマをひとことで、書いてしまっている
言葉は、最終章の次の一節だ。
 「愛は、うつろいやすく冷めやすいものと相場が決まっているが、自分
の情熱をごまかさずに生きたことを私は誇りに思う。愛なんかくそくらえだ、
という柿村の言葉は、愛なくして生きられない、という人間の反語なのだ。」
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by nokogirisou | 2006-05-30 23:09 | 本と図書館

死ぬまでにしたい10のこと

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 『死ぬまでにしたい10のこと』という本がある。amazonで本を検索して、偶然見つけた。
まだ読んでいない。読む前に自分で、10のことを考えてみようと思った。 
思いついたままつづってみる。意外と多くのことはできないものだ…

 

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by nokogirisou | 2006-05-29 21:59 | プロフィール

脇明子さんと学ぶ「ファンタジーの世界」その2

 「ほうっておいても本が読める子になりますよ」
という台詞は、今では通用しないそうです。ほうっておけば子どもたちは
まったく本を読まない、読めないままだそうです。昔なら、適当にできた
漫画やゲームからの卒業が、今はなかなかできない。加齢とともにます
ます高度なゲームの誘惑があって、本に移行できないのだそうです。
 「本を読むって、こんなにおもしろいことなのか」
と子どもが感じるような本を与えないと、子どもたちは2度と本を手にとら
ないでしょう。文章を読んで想像することの楽しさ、自分のイメージで読む
ことの貴重さを味わわないと。この体験は目に見えないし、むずかしいと
思います。
 子どもたちに手渡すのは、本の力を感じさせる本、読んだことで、感じ方
や物の見方が変わるような、そんな本であるべきだと脇さんは言われていま
した。子どもが喜ぶ本をほいほい与えるだけでは、何も育たない。
 そして「根っこで現実世界と結びついていてこそ、すばらしいファンタジー」
だと言われていました。そして、ファンタジーの世界にそのままいるのでは
なく、現実の世界に戻ることが大事なのだとも。
本を読んで「世界や人に対する、ゆるぎない愛着」を覚えるためには、ゆっくり
その作品を味わわなくてはならないということにはまったく共感します。
 たくさんの本を、急いで読むことが価値があるという今の風潮の中では、物事
の本質や人を見抜く力は養えないだろうなと思います。注意しなければ。
 たくさんのファンタジーの紹介もありました。ほんとうに良質のファンタジーを
見抜ける目をもちたいと思います。
  
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by nokogirisou | 2006-05-28 21:32 | 本と図書館

脇明子さんと学ぶ「ファンタジーの世界」その1

 岡山在住の脇明子さん、たしか昨日は東京でファンタジーの講演をやっ
ておられたはずですが、、昨日の夜には新潟入りされたようです。今日は
午前9時半はら4時の新幹線に乗るまで、ずっと新潟で、熱くファンタジーに
ついてお話してくださいました。
 衝撃的だったのは、メディアが子どもたちの心身に悪影響を及ぼしている
ということでした。子どもたちの凶悪事件や、異常や悲惨さの背景に、メディア
があることは、十分想像できることでしたが、それらをまったく排除できず、大人
たちは、商業主義に流されて、だらだらと流れのままに受け入れてきた感じがし
ます。脇さんははっきりと、メディアとの長時間接触が子どもたちに悪影響をおよ
ぼしていると言われました。
 そこらで会う子どもたちが手にDSや携帯ゲームを持っていること、電車の中
や歩きながら、ゲームをやっていることは、ずっと気になっていました。街の中で
突然に切れる子どもや、物にあたり散らす様子も見かけます。
 脇さんは、小児科医たちの言葉を引用しながら、最近の高度なゲームやインタ
ーネットゲームは覚醒剤やヘロイン、麻薬などと同じ効果を持つと説明します。
私たち大人だって、軽度のメディア依存症です。私自身、そうだと自覚しています。
けれども、子どもたちは自分でコントロールできない。脳の発達途中にメディアに
浸ってしまうと、とことん依存し抜け出せなくなってしまうところが危険なのだそうです。

 こういう時代におけるファンタジーとどう関わっていくか、どう読んでいくか。

 「子ども」という視点から離れることなく、ファンタジーについて考える機会をいただき
ました。
 
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by nokogirisou | 2006-05-28 21:06 | 本と図書館

おとしもの

 幸いなことに運動会日よりだった。万国旗が風にはためいていた。
バスケットを持ったおばあさんやキャンプ用の椅子を持ったお父さん
たちが、場所とりに励んでいる。もうすでにビデオの三脚は並び、シ
ートがカラフルにしかれていた。まるで「ちびまるこちゃん」に出てきそ
うな典型的な運動会の雰囲気だった。桜の木の下では、応援の練習
をする赤白帽子をかぶった5年生の姿が見える。6年生は用具の準備
に忙しいらしい。ひよこのような1年生が椅子を持ってグランドに入場
してきた。小学校の運動会なんていったい何年ぶりだろう?
 やがて、開会式が始まった。スローガンの発表やら、「青春のアミーゴ」
に合わせての応援ダンスやた、現代風な趣向に圧倒される。
「これで開会式をおわりにしますが、何か連絡ある先生おられますか?」
白いジャージのスタイリッシュな女の先生がさっそうと壇上にあがった。
「トラック内にこんなものが落ちていました。」
手にはチョークのようなものが握られている。
「落とされた方は、本部までお申し出ください。また競技の妨げになります
のでトラック内にはチーカマを落とさないでください」
本部からどっと笑い声が聞こえた。たった一本のチーカマが、砂埃の舞う
トラックにひっそりと存在している様子を想像して私は笑いがとまらなかった。
 
 
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by nokogirisou | 2006-05-27 20:52 | ショートショート

『スクラップ帖のつくりかた』 杉浦さやか

 新聞のスクラップ帖や旅日記が大好きです。ほぼ日手帳も切り貼り
だらけ。でも、いまひとつ、美しさがない。忙しさにかまけて、貼りっぱなし。
なんとかしなくちゃいけないいのだけれど…。そう思っていたら、またまた
職場のお姉様に「これ。おもしろいよ」と貸していただきました。
 
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イラストがすてきなスクラップ帖の作り方を紹介した本です。
眺めていて楽しい。ハウツーというよりは、著者のスクラップ作品集
という感じでしょうか。おなじ旅の記録やスケージュール帖もこんな
風に楽しくアレンジできるのかと…。眺めていてイメージやアイディア
が湧いてきました。
 それから、スクラップのための文具用品や文房具やの紹介もあり
なかなか参考になりました。
 よーし。沖縄スクラップ創るぞ!
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by nokogirisou | 2006-05-26 22:29 | 本と図書館

女のお仕事

 年下の友人から、ひさしぶりの電話があった。毎年正月とお盆に会って
食事をするのが、恒例だったが、今年の正月は彼女に会っていなかった。
めずらしく帰省をしなかったのだ。
 電話の声は、別人のようで、「もう疲れちゃった」という。泣いているようだった。
彼女と会うと、いつも「女が仕事をすることは」という話題になった。彼女はちょっ
と背伸びをしながら、コンピュータ関係の仕事をしていた。資格もどんどんとり、
順調に進んでいるように見えた。しかし、無理は続いていた。深夜の帰宅。
顧客からのクレーム。上司からのプレッシャー。彼女はストレスをずっと抱えて
いた。休日を楽しむ余裕を失っていた。l季節の変化に目がいかなくなっていた。
彼女の服装はモノトーンになってしまった。「この仕事むいていないんですよ」が
口癖のようになっていた。でもときどきのプロジェクトの成功や、上司の一言に達
成感を得て、ここまで続けてきた。しかしももう限界のようだった。それは声を聞い
てわかった。
 「もう、十分やったよ。もう今の仕事に見切りをつけなよ」
でも彼女は辞めることに納得できない。負けるみたいで嫌なのだという。そして今
さら別の職種の仕事を見つける勇気がないという。今更、組織から放り出されても
行く場がないと嘆く。
「それなら、覚悟を決めて、割り切って、今の会社の残って仕事をすれば」
でも、能力のない社員だと思われて、単調な仕事ばかりしているのは嫌だ。やっぱり
仕事で一人前として認められたいという。でも、それはむずかしい、ビットやバイトの
世界は嫌だ。堂々巡りだった。
 「とりあえず、やめずにがんばるしかないね。とりあえず、今日はお酒飲んで寝て
しまえばいいよ」
 うんうんと声がする。たくさん寝ればまた元気がわく。いい考えがわく。
「お酒は缶ビール一本くらいにしておくんだよ」
私は彼女が大酒のみであることを思い出してそう付け加えた。彼女が満足いくまで
飲んだら明日は出社できなくなってしまうだろう。
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by nokogirisou | 2006-05-25 23:04 | ショートショート

水まんじゅうの季節

 母さんが、めずらしく和菓子屋さんで、水まんじゅうを買ってきた。
ご飯の後のデザートが楽しみだった。父さんは晩酌をしていて機嫌
がよかったので、久しぶりに穏やかな夕食を囲めそうでほっとしていた。
 それなのに、弟のタカシは、ミニバスの練習で疲れすぎたのか、だらだ
らとご飯を食べていた。その姿勢の悪さ、肘をついての食べ方が父さん
のカンにさわった。お酒がムシの居所をわるくさせる場所にまわったらしい。
いきなり
「タカシ!何しているんだ。ひじ!背筋!なってない」
と大声でどなった。それからとまらなくなって、父さんはあれこれと最近の
タカシの生活のだらしなさを責め立てた。そして非難はミニバスのプレーに
まで及んだ。それまで父さんの剣幕に圧倒されていたタカシもさすがにミニ
バスの話になるとむっとして
「見たこともない癖に何言うんだよ。何もわかっていないくせに」
と反抗的に言い返した。父さんはますます興奮し、なにやら私の悪口まで
まざってきた。姉である私がしっかり見本をみせないから、タカシがだらしな
くなったというのだ。まったく関係ないのに。
 私はとっくにご飯が終わって水まんじゅうを待っていたのだが、とても言い
出せなかった。このまま水まんじゅうは、冷蔵庫の中でぷるぷると一晩すごす
ことになるのだろう。
 ところが、そのとき母さんが黙って立ってみんなの分の水まんじゅうを
テーブルの上にならべた。
「こんなもの、今出すんじゃない。おれはタカシに説教しているんだ」
と父さんは水まんじゅう載った菓子皿をテーブルからはたき落としたが、母さん
はそれをうまくキャッチして、もくもくと食べた。クズからはみ出たこしあんが母さん
に吸い込まれていった。
 私は涙を流しながら、ふるふると水まんじゅうをほおばった。タカシは手をつけよう
としなかった。
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by nokogirisou | 2006-05-24 21:20 | ショートショート

トロンボーンの神様

 「もう先生のところにはきません!先生とは合わないんです」
 祥代は、そう言って楽譜を床に投げつけると、バタンとドアを
閉めて出て行った。
 そういう生徒をもう、何人も見てきた。その後、申し訳なさそうに
戻って来る者も、何も無かったように戻って来る者も、2度と戻って
こない者もいた。
 どの面下げてくるのか…と思うことはあったが、私はどんな侮辱
の言葉を吐いた生徒も、どんなにワガママを言った生徒も基本的
に戻ってくる生徒は許し受け入れることにしていた。とてもむなしい
ときもあったが、それが私の方針だった。
 もう何年も前のこと、私は、トロンボーンを吹いていた。私はその
楽器を愛していた。師匠のことも尊敬していた。それなのに、ある日
ちょっとした行き違いから、何を思ったか、師匠の演奏の仕方や指導
の方法や教室の運営について批判めいたことを言ってしまった。そして
勢いで、「もう、トロンボーンなんてやめます」と言ってしまった。なんで
あんな生意気なことを言ったのか自分でもよくわからない。私の行為は
御法度だった。それを知りながら、言ってはいけない暴言を吐いた。師匠
は真っ青になって怒った。部屋から引きづり出された。 それっきり、師匠
と会うことはなかった。師匠は決して許してくれることはなかった。師匠が
どんなに傷ついたか知ったのはだいぶ後のことである。私はしばらくトロン
ボーンを吹けなかった。
 それでも音楽をやりたくて、私は昔習っていたピアノの練習を再開した。
胸の傷がときどき痛んだ。その傷みを感じながらピアノを弾いた。それから
何年かたったある日、私は新聞でトロンボーンの師匠が不慮の事故で亡く
なったことを知った。
 師匠はあの世に行っても自分のことを許さないのだろうか。それとも
許さずにあの世に行ってしまったことを悔やんでいるのだろうか。
 祥代がまた私の教室に戻ってくることを私は祈った。
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by nokogirisou | 2006-05-23 22:38 | ショートショート