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うまくいかない日

 そういう日はあるものだ
 誠実に自分の仕事をやっていても
 恨まれ、攻められる日
 「おかしいよ」とそういう人の論理が
 私にはまったくわからない
 だまっているしかない

 そういう日はあるものだ
 愛情をもって精一杯育てていても
 怒鳴られ恨まれ枕を投げられる日
 おもわず私も枕を投げ返す
 勉強のいらつきを親にむける子どもの気持ちが
 わかっているけれど許せない

 そういう日はあるものだ
 ウインナーの入った
 めんつゆで
 うどんを食べなければならない日
 私の帰りが遅いからとせっかちに料理をして
 自己満足の父のつくった妙な料理に批判は禁物

 そういう日はあるものだ
 かえりがけに
 相談者の話をおちついて聞かねばならない日
 気になる時計の針を気にしないふりをして
 ひととおり話をきく
 銀行にいくのはあきらめよう

 
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by nokogirisou | 2008-11-28 23:03 | 日々のいろいろ

豪農の館での結婚式

北方文化博物館で友人の結婚式と披露宴があった。ここで結婚披露宴ができるとは知らなかった。
 田んぼとはさぎの蒲原平野をつきぬけていく。市街地からは結構遠いところだ。
 あいにくの雨で、灰色の空。肌寒い日だった。
 この結婚式のおかげで、なつかしい友人たちに再会できるのが楽しみだった。
 式は人前結婚式で、北方文化博物館内の建物のお座敷でとりおこなわれた。
 参列者の見守る中、誓いの言葉を述べ、かための杯を交わす。友人は声を出す
と涙がとまらないようだった。白いうちかけ、角隠しの花嫁は幸せそうだった。
 その後は、レストランウィステリアで披露宴となった。新婦は現代風の色打ち掛け
で登場。
私たちは、イタリア料理をいただく。前菜、タコのサラダ、ショートパスタ入りのミネスト
ローネ、マダイのソテー、越後もちぶたのロースト、2人が焼いたケーキとパンナコッタ
とコーヒー。 ゆっくりいただくので、おなかがいっぱいになる。私自身は、メイン料理
よりも前菜とサラダとミネストローネが気に入った。
 なつかしい友人5人が同じテーブルとなり、新郎新婦との席も近く、話がはずむ。
本当によくしゃべった。自由なスピーチが多く、歌だの余興だのはなかったので、リラッ
クスして、たくさんしゃべり、たくさん食べた。
 ケーキ入刀のためのケーキは、2人で手作りをしたそうだ。それに参加者がフルーツ
で少しずつデコレーションしていく趣向だった。それを2人で一気に切る。キャンドルサー
ビスもなく、自分のしぼりの振り袖に着替えた新婦と新郎は、お酒を持ってテーブルを
回ってご挨拶していく。
  初めて見る企画が新鮮だった。
  ただ、こちらのレストランはブライダルにはまだ慣れていないようだった。以前ブライ
ダル専門のレストランを経営している方のお話をきいたことがあるが、徹底したプロのサ
ービスをやっていて、感心した。新郎新婦が感動し、安心できる演出。参加したお客さん
が本当に満足し、心から、お祝いしたくなるようなこころにくい演出。そのために、めだた
ないけれどスタッフが誠心誠意、気配りして、的確なサービスを行うのだそうだ。
 やはり、ふつうのパーティと結婚披露宴は異なるようだ。プロの企画と演出が必要なの
かもしれない。 
 
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by nokogirisou | 2008-11-24 01:00 | 日々のいろいろ

こんな親にはなりたくない

 「お前がそんな風になったのは私の育て方が悪かったのだ」
 なんて台詞を子どもの前でいう
 出かけるときには、行き先や帰宅時間をいちいちきく
 進路をおしつける
 親に向かってその目つきはなんだと怒る
 これまで育ててきたのだから、親に感謝し、家を守るのが当然
 だと 面と向かっていう
 お前を嫁にやるつもりはないという
 盆、暮れ、正月は家にいろという
 おかしな友だちとつきあうなという(おかしな友だちって何だ?)
 ずっとくりかえされる管理と支配  
 「家」ってなんだ?
 時代錯誤もはなはだしい
 この時代に家を継ぐとか、名字を守るとかいったいどういう意味があるのだろう?

  
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by nokogirisou | 2008-11-23 20:30 | 日々のいろいろ

『シロクマたちのダンス』ウルフ・スタルク著菱木晃子訳

 
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 菱木晃子さんが、ウルフ・スタルクの代表作と紹介されていた
ので、図書館で借りて読んでみる。ウルフ・スタルクらしい痛快で
考えさせる、いかした物語である。
 舞台はスウェーデンのストックホルム。主人公のラッセは勉強が
苦手で、いたずらばかりして、担任のアスプにうとまれている。よく
いそうな子だ。
 シロクマは、ラッセが子どものころ動物園で最後に見る動物だった。
ラッセは大きな、首をうなだれたシロクマが大好きだった。そして、シロ
クマが動物園にいることをかわいそうに思っていたのだ。そしてタイトル
のシロクマというのは、ラッセによく似た不器用で、誤解を受けやすい
温かい父さんの比喩でもある。
 ラッセにとってとうさん、かあさんのいる家庭は居心地のよいものだ
ったが、かあさんに歯医者の恋人がいることが明らかになってあっと
いう間に幸福な家庭が壊れてしまう。家族とはあっけないものである。
 ラッセは父さんのそばにいたいのだが、母さんといっしょに歯医者の
家に引っ越すことになった。そして母さんの彼氏の歯医者のトシュテンソン
好みの少年にしこまれてしまう。優等生へと変身させられる。
そこでラッセは、考えてしまう。これってぼくなのだろうかと。
 ここは自分の居場所なのだろうかと。

  ラッセには自分で自分の行き先を考えるエネルギーがあった。
  ラッセはシロクマとうさんの家に帰っていくのである。
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by nokogirisou | 2008-11-22 21:10 | 本と図書館

『星々の悲しみ』宮本輝

 「星々の悲しみ」は喫茶店「じゃこう」にかかっていた100号の油絵
のタイトルだ。しかし絵には星のかけらも出てこない。大木のもとで
少年が眠り込んでいる絵だ。さわやかな風のもとで、自転車を脇に
置いて。タイトルの脇に作者が20歳で没したことが書かれていた。
 この油絵がとても象徴的である。「ぼく」はたまたま出会った2人の
医大をめざす予備校生の草間と有吉の協力で、この絵を自分の部屋
に持ってきてしまう。
 し「ぼく」は受験勉強を放擲した浪人生だった。意地になって小説ばか
り読んでいる。読み続けて世界と人生と絶望を蓄積しているかのように。
 草間と有吉の2人との友情は続くが、「ぼく」はますます読書の生活に
浸っていく。それでも小説が語ろうとして語れないものを感じている。
あるときどうしようもなく、星が見たくなって、夜中に近所の和菓子屋の
息子のところに押しかけていって天体望遠鏡で星を見る。「さびしいもん
や」とつぶやくしかない。
 有吉と草間の存在は大きい。男前で優秀だった有吉は病に倒れ死ん
でいく。残された「ぼく」は「星々の悲しみ」の絵を返しに行く決心をする。 
「人間は一瞬のうちに変わっていくのだ」
「自分が、いままさに死にゆかんとしていることを知らないままに死んで
いく人間なんていあにと、ぼくは思う。」
 コーヒーを飲みながらちょっと気まぐれにページをめくっていたら
一気に読んでしまった。読みおわったときに涙が止まらなかった。
私が小説を読んで涙するなんてことはめったにないことだ。この短編
は決してお涙ちょうだい小説ではない。しかし、涙がとまらないのだ。
この小説は学生時代も確か読んだはずだが、いまほどの想いに駆ら
れたかどうか覚えていない。
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by nokogirisou | 2008-11-20 06:03 | 本と図書館

石居麻耶「見果てぬ夢」

 渋谷のBUNKAMURAで行われていた個展に行ってきた。
Mayaさんだけの作品がギャラリーいっぱいに並び壮観だった。
Mayaさんは詩人である。そしてそのアートもまた詩的である。
「浮遊するいくつもの想いは
在るべき場所へと旅にでる
託された言葉を思い出したかのように」
いくつものMayaさんの想いが、在るべき場所へと飛んでいき、時間
をかけて、それぞれの作品となり、見果てぬ夢となる。
 どの作品も光が美しかった。
 花に注ぐ光、木々に注ぐ光、波の光、雲が吸収する光、プロフィール
にかかる光、街の光、雪に反射する光、落ち葉にふりそそぐ光。
 Mayaさんはどんどんビッグになっていく。
 
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by nokogirisou | 2008-11-19 23:02 | アート

『優雅なハリネズミ』ミュリエル・バルベリ 

 
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 フランスの現代小説である。読み応えあるすてきな小説だった。
おいしい料理と、音楽と絵画が出てくる。そして魅力的な登場
人物も!谷川ジローの劇画や、小津安二郎の映画がでてきて
日本文化がフランスにこんな風に入り込んでいるのかとおどろく。

 優雅なハリネズミとは比喩である。グルネル通り七番地の
豪奢なアパルトマンの管理人をしているルネと、人生を悲観し、
13歳の誕生日にはアパルトマンに火をつけようと考えている
12歳のパロマである。この小説はこの2人がそれぞれの文体
で語り分けてすすんでいく。
 すべてはアパルトマンにカクロウ・オヅが引っ越してきてから
変わってしまう。カクロウは不思議な魅力を持ったお金持ちの
日本人で、10年前に妻を癌で亡くし、今はひとり隠居の身であ
る。彼は、本質を見抜き、人を大切にし、ユーモアたっぷりの
すてきな日本人として描かれている。 
 これはルネとカクロウとパロマの友情の物語ともいえるかも知れない。
 
 
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by nokogirisou | 2008-11-18 06:22 | 本と図書館

『夕暮れ』

 沢知恵のCDで知った歌で、歌詞が気になって調べたら、
ブルーハーツの甲本ヒロトの歌だった。カヴァーは新しい
発見を促す。ブルーハーツが歌っていたこの歌を知らない
私を、立ち止まらせる。それにしても歌が人の心をとらえる
力のすごさを思い知る。
 それは、山崎まさよしのカヴァーの中の「アンダルシアに
誘われて」の世界を知ったときも感じたものだ。かっこつけ
ているのだが、そこにリアルな愛を感じたりする。

『夕暮れ』 詞・曲:甲本ヒロト      

 はっきりさせなくてもいい あやふやなまんまでいい

 僕達はなんとなく幸せになるんだ     


 何年たってもいい 遠く離れてもいい       

 独りぼっちじゃないぜウインクするぜ       
                         

 夕暮れが僕のドアをノックする頃に        

 あなたを「ギュッ」と抱きたくなってる      
                         
 幻なんかじゃない 人生は夢じゃない       
 
僕達ははっきりと生きてるんだ          
                         
   
                         
 夕焼け空は赤い 炎のように赤い         
 この星の半分を真っ赤に染めた          
                         
 それよりももっと赤い血が            
 体中を流れてるんだぜ              
                         
 夕暮れが僕のドアをノックする頃に        
 あなたを「ギュッ」と抱きたくなってる      
                         
 幻なんかじゃない 人生は夢じゃない       
 僕達ははっきりと生きてるんだ          
                         
 夕焼け空は赤い 炎のように赤い         
 この星の半分を真っ赤に染めた          
                         
 それよりももっと赤い血が            
 体中を流れてるんだぜ              
 体中を流れてるんだぜ              
 体中を流れてるんだぜ                                    
                  
この星の半分を真っ赤に染めた          
                         
 
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by nokogirisou | 2008-11-16 21:42 | 音楽

「音楽」を贈られること

 欲張りなので、いろいろな音楽を聴きたいと思う。
もちろん、季節に合わせて、あるいは、気分や読んでいる
本の影響で聴きたい曲は変わってくるが。
 自分だけだと出会わない曲、出会えない歌を、人から贈
ってもらったり、教えてもらったりして知ることがある。それ
は本当に幸運なことである。私にいつも刺激とチャンスと
よき時間を与えてくれるみなさんに感謝している。
 昨日もまた、自分の知らなかった歌の世界を教えてもらい、
インスピレーションをもらい、CDをいただいた。
今聴いているのは沢知恵の弾き語りだ。偶然か、今朝の朝日
新聞の新潟板の「縁」というコーナーに沢知恵がとりあげられ
ていた。
 今聴いているのは、カバーを集めたライブのCDだが、歌詞
がじんじんと響いて中に入ってくる。この曲ってこんな歌だった
のかと。
 「じぶんの感受性くらい」を歌になっているのはびっくりだった。
沢は、茨木のり子の詩が好きだという。日本人の父と韓国人の
母との間に生まれたが、彼女の母方の祖父は金素雲という詩人
である。茨木のり子は金素雲の編んだ『朝鮮民謡選』を15歳くら
いのときに読んでいたという。そういうつながりがあったのか。
沢は茨木の「りゅうりぇんれんの物語」に曲をつけてCDを出して
いるという。ぜひ聴いてみたいものだと思う。

 贈ってくれた方は、さりげなく、押しつけでなく、深い意味はなか
ったのかもしれない。しかし、あまりに聴きたかったものが集め
られているとどきどきする。受け取る側は、いつも本当にありが
たく、運命的なものを感じながら、音楽に向かっている。
 音楽を贈られることは、何よりも私には嬉しく、感動的なことで
ある。
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by nokogirisou | 2008-11-16 15:53 | 音楽

「勉強本」ブーム

 新聞の広告にも、書店の平台にも勉強本が多い。
いわゆる社会人の勉強法の本である。世の中はみな
勉強し続けなければ生きていけないようである。しかも
ただがむしゃらに、勉強せよという精神論ではなく、いか
に効率よく、楽しく、脳にいいことを行って学ぶかという本
が多くなっているような気がする。
 たまたま『勝間和代の日本を変えよう』(すごいタイトルだ!)
を立ち読みしていたら、「職場の憂鬱」の章に「「『勉強法ブーム』
が示す物」とあり、勉強本ブームの分析がなされていた。
 これはライフハックという考え方の流れなのだそうだ。何の
ために勉強するかというと、最終的に仕事以外の人生時間を
作るための勉強だという。バカみたいな長時間労働から逃れ
生産性を上げるために勉強したいと考える人が増えているの
だそうだ。なるほど。
 それにしても、ロジカルシンキングやフレームワークなど
の考え方があちこちに本に手を変え、品を変えでてきている
ような気がする。学びや勉強はハウツーだけ知っていても
実行しなければ、何もかわらない危うさがある。まあ、知らない
より知っていた方がいいのかもしれないが。
 
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by nokogirisou | 2008-11-15 06:58 | 本と図書館