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最後のレッスン

  テニススクールのIコーチのレッスンは今日で最後となった。
コーチは大学卒業後、就職で新潟を去るのだそうだ。本当に残念
である。コーチのおかげで、できるようになったことがたくさんある。
ロブもスマッシュも、まったくだめだったが、チャンスがあったら
チャレンジするようになった。サーブのグリップと脚の向きもさんざん
注意かな。それから、何度も注意されたので、とにかく立ち位置を考
えるようになった。いつ前にでたらいいのか、いつ下がればいいのか。
チャンスがあったら前に出るということができるようになった。今まで
はいつもベースラインあたりにへばりついてクロスで打ち合いばかり
していたので。
 何より、テニスが楽しかった。同じレッスンに参加するみなさんが
とても生き生きテニスをしていて、本当にいい感じを味わえた。
この1年、毎週火曜日が楽しみだった。充実のレッスンをしてくれた
Iコーチには本当に感謝である。

 来週からは、Hコーチになる。また気分を新たにやっていこう。
Iコーチが太陽だとするとHコーチは月のイメージ。静かでおとなしい
が、おさえるべきところはしっかりおさえる。
 本当にテニスのコーチは10人10色だなと思う。
 
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by nokogirisou | 2009-02-24 23:21 | テニス

風邪引き

  私の風邪はいつも喉からくる。かならず喉の「いがいが」から始まる。
この冬は、喉にとりわけ気を遣った。外出したらうがいをし、喉が渇く
と感じたら、マスクをする。
  おかげでいままで、どんなに職場で風邪やインフルエンザが流行ろう
とも健康でいられた。
 ところが、ちょっと油断したのだろう。一昨日から妙な寒気と喉の痛みが
襲ってきた。これはまずい。
とにかく寒い。目と鼻が乾く。背中が痛い。風邪の典型的な症状だ。
 あたたかくして、あたたかいものをたべて、いっぱい寝る。
風邪にはこれしかない。無理をしないことだ。と頭ではわかっているがつい
いつもと同じ生活を送ってしまうのが悪い。
 医者に行って薬を処方してもらう。葛根湯がメインだった。
これがとてもよくきく。朝になると喉の痛みはすっかりとれているではないか!
昨日はとても具合が悪く、一日寝込むかと思ったが、薬を飲んでねたら
だいぶ調子がいい。しかし調子がいいと思っているとまた悪化するものだ。
用心するにこしたことはない。一病息災。風邪を引いて健康のありがたさを
知る。
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by nokogirisou | 2009-02-22 01:43 | 日々のいろいろ

映画「人のセックスを笑うな」を見る

 公開直後から見たかったのだが、都合が合わず、DVD公開になってもずっと借りられ
っぱなしで、ずっと見られなかった。ようやくレンタルして見ることができた。
美術大学に通う19歳のみるめ、39歳のリトグラフの非常勤講師ユリとの純愛を描く。
 美大仲間の堂本、えんちゃん、みるめの関係が並行して描かれ、田園風景や、美大
の雰囲気が伝わってなかなかいい映画だった。全体に冗長で長々とした作品なのだが
それもまたよかった。みるめとじいちゃんの関係にも惹かれた。
みるめはユリとの仲をうれしそうに告白するが、それが、えんちゃんを傷つける。
傷ついてもえんちゃんは、みるめを心配する。
 みるめは、思い切ってユリの上を訪ねるが、そこで実はユリは既婚者であることが
分かる。猪熊さんという、あったかい旦那さんがいるのだ。ユリは夫に頼りっぱなしで夫
がいることがみるめにばれても「言わなかったっけ?」と少しもひるまない。みるめは動
揺を隠せない。
 そんなみるめを心配するえんちゃん。そのえんちゃんを心配する堂本。
私たちは知っている。 
 こういう若い恋はかならず終わりがあるということを。
 「ユリ」は姿を見せなくなったなと思ったら、なんと夫の猪熊さんとインドに行っていた。
 「みるめ」は一人美大の屋上で呆然とするしかない。
  
   「ユリ」にすっかり翻弄された「みるめ」は、もう時間をかけて立ち直るしかない。
 ユリを演じる永作博美、みるめを演じる松山ケンイチがいい。
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by nokogirisou | 2009-02-19 13:43 | 映画

生きていること

 自分がこうやって生きていることは奇跡的なことなのかもしれない。
私は、これまで親しくしてきた人を3人、自死で失った。3人とも突然に
逝ってしまった。精力的に活躍していた姿を知っているだけに、なぜ、
どうしてという言葉が頭の中をかけめぐり、混乱した。その人が永遠に
不在であることがなんだか信じられなかった。最近そういうことがあった
のでちょっと考えこんでしまった。
 命はあやういものだ。人の生き死になど紙一重だと思う。
 私は今、とても生に執着し、生きたいと思っているが、いつなんどき病気
や事故に遭うかもわからない。生き死には自分で決められないのだ。
昨年の検診で胃に陰があると言われた。来年は胃カメラを飲むのですよと
言われたことを思い出す。私だっていつなんどきどうなるかわからない。
どんなに苦しくても、ジタバタしても最期の瞬間まで生き続けなければなら
ないのだと思う。
 なぜ生きたいのか。まだまだ知りたいことがたくさんあるのだ。
まだまだ会いたい人がいるのだ。まだまだ聴きたい音楽があるのだ。
まだまだ行きたいところがあるのだ。まだまだ伝えたいことがあるのだ。
とにかくなにもかも中途半端でこのままでは死にきれないという思いがある。
年を重ねても想像していた以上に、わからないことはたくさんあり、迷いは
消えず、自信は持てない。だからこそ、もっともっと生きて生きてちゃんとした
大人にならねばと思う。まだまだ自分が生臭い。
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by nokogirisou | 2009-02-15 19:29 | 日々のいろいろ

バレンタインデーの思い出

 早チョコ 自分チョコ 逆チョコといろいろな語が生まれていて
驚いた。バレンタインデーはいつになっても心おどるイベントである。
 はじめてチョコレートを送ったのは、中学1年のときで、あこがれの
バスケット部の先輩にモロゾフのチョコレートを手渡した。しかも
手あみマフラーといっしょに。よくもまあ、そんな図々しい大胆なこと
ができたものだと思う。編み物なんてあとにも先にもそれっきりだが。
あんな重いものをもらって先輩、迷惑だっただろうな。反省している。
 先輩のバスケットをしている姿は本当に輝いていて、私たちはよく
試合を見にいった。それから合唱コンクールの指揮をする姿がかっこ
よくて、3年生が合唱の練習をするときにはいつも見にいった。
本当に馬鹿な中学生だった。
 あの日、学校は土曜日だったように記憶している。学校では渡せなく
て、諦めてどうしようかとうろうろ散歩をしていたら、なんと偶然、先輩が
犬の散歩に現れたのだ。私はおどろいた。が、運命だと思った。ちょうど
そのときにプレゼントの品を持っていたので、思い切って渡した。何を
しゃべったか覚えていない。たが、先輩が「ありがとう」と言ったことは覚
えている。とびきりの笑顔だった。先輩はおそらくたくさんの女子からチョ
コレートをもらっていたはずだ。名前も知らない1年生からの贈り物をどん
んな気持ちでうけとったのだろうか。 その後、先輩とひとこともしゃべるこ
とはなかった…あわい初恋のころ…

 ところが、今から数年前、私はトレンチコートを着た先輩を偶然東京駅で
見た。あの背丈、あの笑顔、まぎれもなく先輩だった。あれから長い年月が
経っている。青春のすっぱにがい思い出。
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by nokogirisou | 2009-02-13 21:47 | 日々のいろいろ

木馬屋

  ヒロコの楽しみは昼休みに大学生協の中にある文房具
売り場に行くことだった。様々な濃さのえんぴつや色とりどり
の便せんが並んでいるのを眺めていると飽きなかった。それは子
どもの頃からの楽しみだった。たかが大学ノートを買うときも、消し
ゴムを選ぶときも、時間をかけて並んでいる品物を一生懸命眺め
て決めた。
 ある日、学食でお昼を食べた後にまたぶらぶら文具売り場で
新しく入荷したファイルを眺めていると生協でアルバイトをしている
アオイがやってきて
「ヒロコ、木馬屋の招待券をもらったの。よかったら行ってみて」
という。アオイが手渡したのは羊皮紙風の紙を二つに折ったもので
「木馬屋にようこそ」と書いてあった。開いてみると地図が描いて
あり「西洋文具店木馬屋にご招待いたします。ぜひおいでください。」
と添えてあった。ありがとうを言おうと思って顔をあげるとむアオイは
もうそこにいなかった。
 ヒロコは、午後の講義が終わると早速木馬屋に向かうことにした。
木馬屋は霜降り銀座の路地にあることになっていた。こんなところに
文具店があったなんてヒロコはまったく気付かなかった。しかし木馬屋
は確かに地図の通りにあり、古風な洋館のような建物だった。ヒロコの
ほかにも客が大勢いた。店内に入ってヒロコは驚いた。まるでヨーロッパ
の街角の骨董店にでも入り込んだのではないかと思った。筆記用具、
手帳、紙、画材、かざりものが所狭しと並んでいる。すべて輸入品の
ようだった。ヒロコは目を輝かせてひとつひとつ眺めてまわった。ここに
比べると、ほかの文房具屋の商品がまったく個性のない安っぽい大量
生産品に思われた。
  ヒロコは真鍮のペーパーウェイトやモールスキンの手帳や、羽ペンや
48色いりの色鉛筆などを夢心地で眺めていった。お店は階段の上も続
いていた。

「大変もうしわけありません。お客様、まもなく閉店時間でございます。」
と女性の店員に声をかけられてヒロコははっとした。腕時計の針はすでに
10時を指していた。店の外は真っ暗で、もうほかに誰も客はいなかった。
5時間近くもヒロコはこの店の中にいたことになる。
 「ごめんなさい。」ヒロコは深々と頭を下げた。こんなに長くいたのだから
何か買わねばならないとヒロコはとっさに、ペーパースタンドを手に取った。
ワープロで文書をうつときに、資料などを挟むスタンドで、紙をおさえる部分
がガラスの地球儀のような形の玉がはまっていた。
「これはおいくらでしょうか?」
ヒロコは値札がないのでびくびくしながらえんじ色の制服を着た店員に
尋ねた。店員はにっこり笑って
「ご招待でございます。どのお品物でも今日はお代金をいただいておりません」
といい、ペーパースタンドを手早くセピア色の木馬のもようのついた包装紙で包
んでくれた。 夢でもみているような気持ちでヒロコは木馬屋をあとにした。
 一週間後、ヒロコはまた木馬屋に行こうと思った。胸騒ぎがしたからだ。木馬屋
がなくなっていたらどうしようとヒロコは思った。あれは夢だったのではないか。
しかし木馬屋は確かに地図の通りにあり、古風な洋館のような建物だった。
 けれども、そこは西洋文具店ではなく、すでに100円均一ショップになっていた。
 
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by nokogirisou | 2009-02-11 21:15 | ショートショート

テニススクールの日々

 月火と2日続けてテニススクールのレッスンに通った。
いつものIコーチが2日ともお休みで残念だったがKコーチ
Hコーチのお二人のレッスンも新鮮で勉強になった。
 コーチによってみんなそれぞれ教え方は違うのだが、
それぞれから学ぶことができ、混乱することはまずない。
 Kコーチからはストロークのスタンスやフォームを詳しく
教えてもらい、グリップを直された。肩のいれかたを今まで
あまり意識していなかったので気を付けようと思う。
 Hコーチのレッスンでは、サーブアンドボレーとリターン
ダッシュを徹底的にやった。セカンドサーブをスライスで
レシーブし前に出てボレーをする練習がとてもためになった。
スライスでレシーブすると時間稼ぎができ、前に出てスプリ
ットステップをしてボレーにうつれる。
 試合練習のときも、スライスのレシーブやスライスのロブ
にチャレンジしてみた。
 やはり2日連続してテニスをするのはいい。
体がよく動く。そして、テニスの後はすこぶる精神が健康になる。
この年になってこんなに熱中できることに出会えるとは思わなか
った。
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by nokogirisou | 2009-02-10 23:06 | テニス

「ばら屋」

 その日は、めずらしく残業があって10時過ぎのバスに乗った。
後ろの窓際の席にすわりこむと、曇った窓ガラスをちょっとこすって
街のようすを眺めるともなく見ていた。デパートは閉店し、宴会帰り
の客が三々五々歩道を歩いているだけだ。
 交差点を左折したところにあかりのついている店があった。「ばら屋」
という紅茶のお店だ。赤信号でバスが停まっている間に、ガラス張りの
「ばら屋」のゴージャスな店内がよく見えた。私はいつかここでアフタヌ
ーンティーを試してみたいというささやかな夢があったので、身を乗り出
してみた。あかりがついているということは今日はまだ閉店していないよ
うだ。こんなに遅い時間まで営業しているとは意外だった。しかしいつも
見るお店とちょっと様子が違っている。
 何やら黒い服を着てアコーディオンを弾いている人が見えたのだ。
その横にヴァイオリンを弾いている人影も見えた。その近くのテーブル
に腰掛けているのは、お客ではなく、スタッフたちのようだ。彼らのテー
ブルの上にはすっかりお茶の用意が調っていた。まるで『メアリー・
ポピンズ』に出てくるような完璧なお茶の時間のようだった。
 もうちょっと見ていたいと思うと、バスは動き出す。
 私は好奇心の塊になった。何をしているのか見てみたい、確かめたい。
私は急遽次のバス停で降りるためにブザーを押した。
 バスが止まるまで、なんと長く感じられたことか。私は走ってバスで来た
道の歩道を戻った。ところが、ほんのわずかな時間だったはずなのに
「ばら屋」のあかりは消えていた。音楽のなごりもお茶をしていた形跡も
なく、そこには閉店した「ばら屋」があるだけだった。

 
 
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by nokogirisou | 2009-02-06 21:11 | ショートショート