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のだめカンタービレ23巻

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  とうとう終わってしまった。
 あっけないといえばあっけないが、どんなことにも終わりが
 あり、それが始まりである。そう考えると、納得できるし、
 描きすぎず、ある意味すがすがしい、終わり方だったのでは
 ないか。それぞれが新たなスタートに立っている。

 「のだめ」にはたくさんの音楽に出会わせてもらって本当
 に感謝している。何より、ベートーヴェンを聴き直すことが
 でき、好きになれたことは貴重なことだった。

 ものたりなかったのは、千秋とその父との和解。父と息子の
 確執を、ややコミカルに軽く描きすぎではないかと感じた。
 しかし、これはメインのテーマではないし、このくらいにおさえ
 てもいいのかもしれない。

 シュトレーゼマンとの共演の後に抜け殻状態になったのだめ
 がどうやって音楽に戻ってくるか。「千秋との共演」などという
 ちっぽけな夢のためだけでなく、もっと本質的な音楽にどうや
 って向き合おうとするか、これがこの23巻のテーマであった。

 子どもたちに音楽を教えることか。
 コンサートで成功することか。
 コンクールで賞をとることか。
 それとも演奏する喜びを体験することか。
 
 千秋とのだめがモーツァルトの2台ピアノのためのソナタを
 弾くところは、見え見えなのだが、やはり2人の原点確認と
 未来の展望のために必要だったと考える。

 
 

  
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by nokogirisou | 2009-12-30 21:40 | 本と図書館

年末の大掃除

 毎年、ビートルズ特集のラジオ番組を聞きながら大掃除をして
いる気がする。私にとって、なぜかビートルズというと大掃除
なのだ。残念ながら、ビートルズ特集の番組のない年は、ラジカセ
でビートルズのCDを流していた。
 今年は北山おさむの話とビートルズを聞きながらせっせと
掃除をしている。今日はビートルズのモラトリアム脱出の話だった。
 それにしても、壁をふきながら、食器棚を整理しながら、つい
このあいだ、大掃除をしたばかりではないかという気になる。
 年賀状もそうだ。ついこの間、書いたばかりなのにまた書いている。
1年がたつのがなんと速いことかと思う。だれにでも平等に時間は
流れているのだが、それにしてもなんと一年のはやいことか。
 また、この掃除という作業。やってもやってもきりがない。
そしてすぐにまた汚れる。それでも掃除をする。
 番組が終わってしまった。今年はたまったCDを整理してみる。
よくまあこんなにたまった、ものだと思う。同じものが2枚あったりした。
聞きたかったCDをたくさん発見できてうれしかったりする。
 年末のささやかな楽しみ。
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by nokogirisou | 2009-12-30 11:43 | 日々のいろいろ

『ヘヴン』川上未映子 講談社

  
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  今年であった小説で、私に強烈な印象を残したのはこの『ヘヴン』と
 村上春樹の『1Q84』だった。『ヘヴン』は前作の『乳と乱』とはだいぶ
作風が変わり、とても複雑で、人生を暗示していて、小説らしかった。
 
 ひどい苛めを受けている中一の「僕」のとこ ろに手紙が届く。
 それは同じクラスで不潔な ことで苛められているコジマからだった。
 二人は文通し心を通わせる。ひそかに公園や非常階段で会う。コジマは
 いろいろな話をし、「僕」を励まし、「僕」はコジマとの文通がゆいいつの
 楽しみになっていく。二人は、哲学的なことを語り合う。

 こういう過程は、読む方もなんだかほんわかした気分になり、恋愛小説の
 ようだ。しかし、「僕」や「コジマ」の受けている日常的な苛めのシーンは
 過酷で、しかもリアルで、大人が入り込めない細工になっているところが
 本当にこわい。

  「コジマ」が汚いかっこうをしているのには意味があった。それでは
 大好きだが、彼女の母に離婚された貧しい「お父さん」との生活を忘れ
 ないための「しるし」なのだ。彼女は「僕」の斜視を苛められる原因だと
 考えていて、自分の「しるし」と「斜視」を同一視している。そして「君の目
 が好きだよ」 という。
  夏休みに二人はデートする。行き先は美術館。「ヘヴン」という絵を
 見に来たのだけれど、コジマはその絵にたどりつく前に泣き出してしまう。
  ここら辺から、2人の関係が永遠に続かないような予感がしてくる。 
   
  コジマは苛めの苦しみを乗り越えることの意味を強調し、強くなってい
  く。笑顔で苦しみを乗り越える殉教者のようにすら見える。そして自分
 「僕」のことを理解していると思っている。一緒に苦しみをのりこえようという。
 当然 「僕」はだんだんコジマを直視できなくなる。
 
  あるとき、苛めの首謀者のひとりと会って、「僕」は「話がある」と近寄り
 「僕は君たちに暴力を受けるようなことはしていない」という。訴えるのだ
 が、首謀者にはちっとも伝わらない。「したいから」苛めるのだという。
 また「僕」が斜視であることは苛めの決定的な原因でないという。

 「なあ、世界はさ、なんていうのかな。ひとつじゃないんだよ。みんなが
 おなじように理解できるような、そんな都合のいいひとつの世界なんて
 どこにもないんだよ」

  これは事実かもしれない。しかしこの台詞が中学一年の少年の口から
  出たと考えるとうっすら寒くなる。

  その後、一気呵成に話は大展開する。
  苛めの解決ではない。
  
  最後に「僕」は大事な友人「コジマ」を失うが、医師と母(血はつながっていない)
 という信頼できる大人と出会う。それによって明るい未来を予感させて終わっている。
 コジマがどうなったかは書いていない。
  私にはそれが気になってならないのだが。

  
  
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by nokogirisou | 2009-12-29 21:24 | 本と図書館

うれしいこと いやなこと

 ことばでは、うまく説明できないのだが、とても
うちのめされたことがあった。どうしてそのことが
私を傷つけたのか、他人に納得してもらうのは難
しい。
 ただ、自分が一生懸命とりくみ、やってきたこと
を、自分が信頼していると思っていた人に揶揄さ
れたとき、私はやはり傷つく。
 
 ことばでは、うまく説明できないのだが、とても
うれしいことがあった。どうしてそのことがうれしい
のか、言う必要もなく、人に言ってもしかたがない
のが。
 ただ、自分の言葉と相手の言葉、自分の思い
と相手の思いがつながったとき、何かができたり
何かを手にいれたことよりもうれしい。
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by nokogirisou | 2009-12-27 21:39 | 日々のいろいろ

ほぼにち手帳2010

 おくればせながら、「ほぼ日手帳2010」を購入。
利用開始する。一年がとてもはやい。
ついこの間、「ほぼにち手帳2009」を購入した
ような気がするのだが。
 やはりこの手帳を買わないと落ち着かない。
今日まで、だいぶblogを書かなかったが書きたい
ことはたくさんあった。

 映画 「のだめカンタービレ」最終楽章のこと

 カズオ イシグロの『私を離さないで』を読んだこと

 編集者 荒木田隆子さんの講演会後半が
 ずばらしくおもしろかったこと
 今読んでいる川上未映子の『ヘヴン』がおも
 しろいこと…。
 私のしていることはいつもお節介だと言われたこと
 年賀状を書くのに四苦八苦していること。
 恩師からの一枚のハガキで、十数年ぶりに声を
 きくことができたこと。 

 書かないうちに時間だけが過ぎていく。 
 ほぼ日手帳にメモしておく。
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by nokogirisou | 2009-12-26 23:52 | 手帳

上京 その2

 お昼を食べて地下鉄に乗り、いざ、母校へ急ぐ。今年は夏にクラス会があった
ので外から母校を眺めたが、キャンパス内に入るのは久しぶり。
 銀杏の木が黄金に輝いていた。前日までは雨だったそうだが、この日は青空。
銀杏の木がなつかしい。修復された校舎に入る。
 ご退職になるH先生のお話しを聞くためにたくさんの卒業生たちが集まっていた
が、私の同期生がなんといない!!知っている先輩のお顔はあるのだが、先輩の
方は、平凡な後輩のことなど覚えておらず、しゃべれる人がいない。どうにも居心地
が悪くて、不安で必死に手渡された資料を読む。
 すると、H先生が近づいてきて「新潟から、よくきてくれました。お元気?」と声を
かけてくださった。だいぶ昔の卒業生、しかも出来のよくない学生だった私を覚えて
いてくださったことに感激した。
 H先生の講演は、研究から遠ざかっている私にもとてもよくわかりやすく、かつ
発見のあるお話しだった。学生時代を昨日のことのように思い出した。
 H先生は研究にはきびしかった。演習でいいかげんな調べ方だとレジュメが飛んだ。
泣き出す学生もいた。けれども、学ぶこと、調べることの喜びを全身で教え、私たち
を見守ってくれた。いつも女性として生きるモデルを示してくださった。
「人生、一本調子はだめ、よく遊び、よく学べ」
「忙しいということに甘えてはいけません」
 講演はあっという間に感じられた。
 H先生がこの大学からおられなくなるということは、一つの時代が終わるということ
なのかもしれない。
  
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by nokogirisou | 2009-12-14 06:26 | 日々のいろいろ

上京 その1

 大学時代にお世話になった先生が3月に定年退職になられる。
いつも笑顔で、厳しく、はつらつとしていた先生がご退職なんて信じ
られないと思ったが、自分も年をとっているのだ。公平に年月が過ぎ
去る。
 学会で記念講演をなさるというので、新幹線に乗って上京した。
まずは、午前中、上野で「冷泉家王朝和歌守展」を見学した。
冷泉家が現代に伝統を継承しながら、たしかに残っていることが
驚きである。800年にわたる歴史の中でつくられてきた勅撰集や
私家集、歌論集が継承されてきた。25代冷泉為人氏は、自らのこと
を「冷泉家の蔵番」と呼ぶ。
 展示されている資料はすばらしかったが、資料そのものよりも、私は
冷泉家がこれらを守り続けたこと、そして、平安時代から続いている
年中行事やしきたりを守り続けてきた事実にされに感銘を受けた。
 それから、いつもの「古月」へ。
 今回のヒットは「鮮魚と大根の煮もの」だった。魚の味がとてもしっかり
していて、生臭くなく、美味。そして大根がやわらかくやさしい味で
スープとよく合っていた。前回すっかり気に入ったマーラー豆腐も
注文し、ご飯にかけて食べる。辛くて汗が出る。
 おいしいお茶のあとに、いただいたデザートもすばらしかった。
しょうがと柿がマッチしたミルクプリン。食後、とってもすっきりした。
いわゆる「中華料理」とは一線を画するなにかがある。まずは身体に
なじむ味と食材で、食べたあとに代謝がよくなり、しかも胃の調子がよく
なる。
 とうとうこのお店に四季通ってしまった。春の桜、夏のさるすべり、
秋の緑木、冬の銀杏。窓からの風景も楽しませてもらった。
 

 
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by nokogirisou | 2009-12-13 22:37 | 日々のいろいろ