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「ジョゼと虎と魚たち」  

 不思議なタイトルだと思って選んで観た映画た。
妻夫木聡が主演の映画だ。田辺聖子の原作。
一緒に観た仲間には不評だった。妻夫木にはふさわしくない役だとか
最後がわからないという。が、私にはとても印象深い作品だった。
 原作とはだいぶちがう。原作よりもずっと哀しい、そして現実的な
お話しだ。
 まず、舞台が大阪、寝屋川であることが興味深かった。大阪は私に
とっては不思議な土地、ある意味異国だった。
 主人公の大学生、恒夫を妻夫木が演じる。アルバイト先の主人の犬の
散歩中に、恒夫は乳母車を押して散歩する老婆と出会う。乳母車には足
の不自由な孫のクミコが乗っていた。老婆は、障碍者の孫を人目に見せる
ことをはばかって、早朝に、クミコを乳母車に乗せて散歩しているのだった。
誘われるままに、恒夫は彼女たちの家に行き、朝ご飯をごちそうになる。
だし巻き卵に、ぬかみそ漬けに、ご飯とみそ汁という質素な朝ご飯だが、
恒夫は一口食べてその味に夢中になる。クミコが作る料理は、素朴なの
だが、うまいらしい。恒夫が実においしそうに食べるシーンが印象的だ。
恒夫は、その料理に惹かれてなのか、その家に通うようになる。
クミコは決しておとなしくかわいい女ではない。口の利き方はきついし、学
校にも行っていない。しかし老婆の拾ってきた本を読み、知性はある。
恒夫はクミコに惹かれていく。

 不可解なのは、クミコと親しくなる一方で、別の女たちと交渉があること
だった。上野樹里演じる美人で人気者の女子学生との恋愛も進行中である。
これは、恒夫を美化しないための作戦なのか。わざと多重恋愛を平気でする
若者にしたのかもしれない。
 恒夫は、老婆とクミコの家に通ってご飯を食べる一方で、クミコの探していた
本を探したり、彼女たちの世話をしたり、ぼろ家を住みやすくリフォームしたり
する。
 しかし、老婆はクミコが恒夫を愛し始めたコトに気づくと、急に恒夫に冷たくなり、
「もう来ないでほしい」という。他人のあんたには関係ない、クミコはこわれもの
だから…と。恒夫は彼女たちから遠ざかるしかなかった。4回生の恒夫は就職活
動に精を出す。もう彼女たちと関わることはないかと思われた。

 ところが偶然、就職活動中に老婆が急に泣くなり、クミコが一人きりになった
ことを知ると、いてもたってもいられずクミコのいるボロ屋へ走る。クミコは恒夫
にずっとそばにいてほしいという。恒夫もわかったといい、引っ越してくる。
 なぞなのは、恒夫は本当にクミコを愛していたのかということだ。
 憐れみからの愛なのか。興味本位の愛なのか。クミコに求められて逆らえ
なかったのか。とにかく恒夫は何もかも捨てて、クミコの家にやってきて、クミコ
と同棲を始めるのだ。 恒夫は優しい。クミコを支える。クミコのわがままにつきあう。
クミコがみたいという虎を見せに動物園につれていく。愛する男とともに虎を見るのが
クミコの夢だったという。
 破局はどこでおきたのかわからない。私は、恒夫の実家にクミコをつれていくはず
の旅でおきたと思う。恒夫は両親にクミコを合わせるつもりで旅にでたのだが、
とちゅうでひるんでしまうのだ。実はその前に恒夫のクミコへの愛はしぼんでいたの
かもしれない。クミコは自分は恒夫と結婚できないことは十分知っている。
 旅は、たのしいものであった。けれども2人の別れを十分予想させた。結局は、恒夫
はクミコとの生活から逃げ出す。耐えられなかったのだ。そして上野樹里演じる元彼女
とよりを戻して去っていく。
 けれども、あっさりとしたクミコとの別れの後で、恒夫は号泣するのである。

 なぜ恒夫はクミコに惹かれたのか。
 なぜ恒夫はクミコと別れたのか。
 
 疑問のままこの映画は終わった。つまらない男なのに、恒夫は魅力的だった。

 ところで、ジョゼというのはクミコの愛読するサガンの小説の中の主人公の名前
である。恒夫はクミコをジョゼと呼んでいた。

 永遠の愛などない。
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by nokogirisou | 2010-01-31 22:04 | 映画

北光社閉店の日

 昨年末の新潟の老舗の書店が閉店するというニュー
スを聞いたときはショックだった。
 しかしなかなか北光社に行くチャンスがないまま、今日、閉店
の日を迎えてしまった。
 夜の7時のニュースで北光社が映し出されると、どうにも
こうにもがまんできなくなって、そのまま車を飛ばして古町へと
急いだ。
 夜の古町。今日はにぎやかだった。
 北光社は押せや押せやのひとだかり。お客さんから北光社へ
のメッセージが所狭しと貼ってあった。店長が、レジの前に立ち、
お客に頭をさげながら、お礼を言っていた。
 棚を眺め始めると、とまらない。並べ方がとても個性的だった。
だいぶ、お客に買われてガラガラになった文庫の棚にも私が気に
なる本がたくさん残っていた。お宝を残したまま次の棚を眺める。

 郷土本、随筆、昔の本を集めたコーナーがやはり魅力的だった。
それにしても北光社がこんなに人にあふれているのはひさしぶり
のような気がする。
 思えば、高田に住んでいた高校生の私は、高速バスで新潟に
やってきて、紀伊国屋と北光社をはしごして、本を探したものだ。
北光社のブルーのカバーがかかった本を大事にかかえてバスに
乗り込んだことを鮮やかに思い出す。あのころは2階、3階も
お店で、ずいぶん広い本屋だと感動していた。
 それから、新潟で暮らしてからは、友だちとの待ち合わせが
「北光社前ね」だった。本を眺めながらすごせば、どちらかが
多少遅刻してもちっとも気にならなかった。
 次から次から、北光社の思い出がわいてくる。どうしようもないこと
だが、古町から、大切なお店が消えていくことは、無性に悲しい。
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by nokogirisou | 2010-01-31 21:49 | 本と図書館

『朗読者』ベルンハルト・シュリンク著

 遅ればせながら、『朗読者』を読んだ。翻訳小説を読むと、
そこには自分の知る世界とは別の世界がひろがっているような
居心地のよさを感じる。
 少年と年上の女性との恋愛。 
 逢瀬のときにハンナは少年ミヒャエルに本を読むことを求めた。
少年はハンナのために朗読をし、そしてようやく彼女と愛し合うこと
ができた。
 ハンナは、不思議な女性だった。自分のことの多くを語らない。
自分の方からミヒャエルの個人的なことに興味をもたない。
そして彼女はときどき不機嫌で、ミヒャエルとけんかをした。謝るの
はいつもミヒャエルだった。彼はハンナの愛を失うのがこわかったのだ。
 けれども、彼女との幸せな時間は一夏でおわってしまう。
ハンナは忽然といなくなってしまうのだ。何も言わず、何も残さず。
ミヒャエルがどれほど傷ついたか想像に難くない。
 この恋愛の描き方がとても魅力的で、リアリティがあった。

 そして時は流れて、ミヒャエルは法科の学生のときに、裁判の公判で
ハンナと再会する。彼女はアウシュビッツで女看守をしていたのだった。
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by nokogirisou | 2010-01-17 10:13 | 本と図書館

全国公共図書館研究集会と情報交換会

  研究主題は「出版文化の危機と新しい図書館像」

 悪天候のため、沖縄からの参加者は参加断念されたそうだ。
私は、直接の図書館関係者ではないが、利用者として今日の
集会に参加させていただいた。
 夙川学院短期大学の湯浅俊彦先生の「出版コンテンツの
デジタル化と図書館の新たな挑戦」という基調講演には
度肝をぬかされた。
 うわさには聞いていたが、本当に出版コンテンツのデジタル
化が進んでいることを生々しく感じた。本や雑誌を電子的に読
むことが10年から15年後には一般的になるという。
 国立国会図書館長の長尾真さんは、利用者が自宅から図書
館蔵書にアクセスし、電子本のダウンロードごとに手数料を支
払い、出版社に還元できるモデルを提唱しているそうだ。

 次の基調講演はポット出版の沢辺均社長。
「出版文化は危機ではない、むしろ豊かになっている。危機に瀕
しているのは流通だ」と言われた。まさにそのとおり。
コンテンツは充実している。また、決して若い人たちは活字離れ
していないという。毎日新聞社の調査によると若年層の読書率は
下がっていないのだそうだ。
 変わってきているのは、メディアの変貌による読書の形態だろう。
かつてのように紙媒体の古典を読む読者が減ってきているのは
事実だと思う。ケータイ小説を読む若年層はたくさんいる。電子ブ
ックを読む若いビジネスマンも多いのだ。
 また、インターネット社会となり、誰でも情報を発信できるように
なった。これは大変化であろう。そして、無料で、たくさんの情報を
得ることができるのだ。
 このネットの時代に公共図書館は何ができるか。どんな役割が
期待されているか。
 沢辺社長の提案は次のようなものだった。

  ・情報・思想感情の選別と抽出。
  ・情報の事実確認機能。
  ・収集した情報を編集、分類、編集し付加価値をつけて利用者に
   提供する。
  ・本屋に売っていないコンテンツの保存と提供

 千代田区立図書館長の新谷迪子さんの事例発表はすばらしかった。
 平成19年に指定管理者制度を導入してリニューアルオープンした
 図書館だ。
 コンセプトは5つ

   ・千代田ゲートウェイ 
   
   ・創造と語らいのセカンドオフィス

   ・区民の書斎

   ・歴史探究のジャングル

   ・キッズセミナーフィールド

  特徴的なサービスは、
  ・ビジネスパーソンの利便性に配慮して夜10時まで開館していること。
  ・公立図書館初の電子図書貸し出しサービスを行っていること。
  ・コンスタントで戦略的な情報発信のために独立した広報部門を設置。
  ・図書館内や地域情報へのアクセスを手伝う図書館コンシェルジュを
   おいている。
  ・滞在型の図書館を提案し、その試みのひとつとしてペットボトル持ち
   込みも許可している。

   とにかく魅力的なサービスをたくさん行っていて、話を伺っていると
   ぜひ行ってみたいという気持ちになる。本の街、神保町とのタイアップ
   出版社との連携も見事だ。
  館長みずから、出かけていって、古書店主らと交わり、協力しあっている
  のがよくわかった。
  もちろん、一朝一夕にこれらのサービスや連携ができたわけではなく、
  軌道にのるまで、3年の月日が必要だったという。やはり新しいことを
  行い、人々から理解され、信頼されるには時間がかかるのだ。
   しかし新谷館長のバイタリティには頭が下がる。上京したら、ぜひ
  千代田図書館に行ってみようと思う。
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by nokogirisou | 2010-01-15 01:24 | 本と図書館

妙高へスキー

  新潟からだと「アルツ磐梯の方が近いよ」とみんなに言われる
のだが私にとってスキーは妙高山でするもなのだ。妙高山を見たい
一心で高速を走る。
  杉の原を目指して出発したが、高速を降りる直前からの渋滞。
杉の原への道も混んでいたので、池の平温泉スキー場に変更。
しかし、その池の平も大混雑で、駐車場がないほどだった。
 しかし、スキー場に人がたくさんいるのを見るとちょっとうれしくなる。
やっぱりスキー場は賑わっていなくてはさびしい。
リフト前も、レストランも人だかり。しばらく悪天候や曜日の関係で、
スキー場に人が来なかったというから、この連休は書き入れ時だろう。
 ところが天気はよくなくて、視界ゼロ。全く野尻湖も見えない。しかも
私のスキーは手入れが悪いので、新雪の中すべりがわるく、転び
そうになる。いつもお世話になっている民宿ハタノのレンタルスキー屋
で、ワックスを塗ってもらって、なんとかスムーズに滑れるようになった。
やはり、チューンナップしておかないとだめだ。道具は大事にしなければ
と思う。
 どんなに天気がわるくとも、どんなに下手くそだろうともスキーは楽し。

 
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by nokogirisou | 2010-01-10 00:33 | 日々のいろいろ

「2本の木」夫婦のきずな NHKドキュメンタリー

 このところ、どうしたことか闘病記ばかり読んでいる。今は中島梓の
『転移』を読んでいるところだ。自分の死をも時々考える。どうやって
死んでいくのか。死にいたるまで、決して楽でないことは容易に想像
できる。自分はそれを耐えられるのだろうか。残していく家族に自分
は何ができるだろうか。
 偶然、この番組の予告を見て、そのまま終わりまで見てしまった。
平成19年に亡くなった、元NHKディレクター小沢爽さん夫婦の記録
である。二本の木とは、もちろん自分たち自身の比喩である。
 彼らが残したノート、日記の言葉を片岡仁右衛門と竹下景子が朗読
する。二人の写真、子どもたちの残した映像などが折り込まれる。
背後に流れるバッハの無伴奏チェロ組曲がたまらなかった。二人は朗読
しながら、涙をがまんできない。
「決して特別な話ではないが」と息子さんは言う。「番組になってよかった」

 始まりは、奥さんの千緒さんの肺ガン発病だった。
 千緒さんの看護をし、死を意識した生活の中で、爽さんは自らも進行性の
胃癌であることがわかる。互いに「戦友」と称し、死を覚悟しながら、ともに
すごせる時間を感謝して生きている。

 美談でなく、丁寧に自分たちの日常を生き、いとおしみ、感謝の気持ちを
忘れないようにしている姿が心をうつ。死までのありのままが綴られている。
互いをどんなに愛し、思い合っていても病の家族を抱えることは、疲れるし、
苦しいことだ。病む当人も、自分のために疲れ、苦しむ家族を見てさらにつらく
なる。
 ある時は「それでも生きたい」と思い、ある時は運命だと受け入れようとする。
 とにかく千緒さんという奥さんは、覚悟のできた人だと思う。とても客観的
に自分と夫と家族を見て、本当にいきいきと正直に記録をつけている。
爽さん自身も、くじけそうになる自分をそのまま表現し、そしてつぶさに千緒
さんを観察する。
  
 明るく前向きで、活動的だった千緒さんが、だんだん弱っていくようすが映像
の中でしっかり映し出されている。がんの苦しみがリアリティを持ってせまって
くる。この苦しみは、すべての人間に平等だろう。早い遅いはあるにしても。

 千緒さんの記録のことばには気弱さがなく、夫を気遣うゆとりすらある。「自分
でできることは自分でする」「毎日を丁寧に生きる」、そういう信念がちりばめられ
ている。そしてそういう気持ちは、残された爽さんの心にひきつがれていく。
 そして半年後に、爽さんも千緒さんのもとへ逝ってしまうのだ。
 
 私自身、死ぬときは、じたばたしてしまうと思う。しかしせめて、感謝の気持ち、
その時まで生きられたことの喜びを忘れずに最期のときを迎えたいものだ
と思う。 
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by nokogirisou | 2010-01-09 23:04 | 日々のいろいろ

盆暮れ行事

 今日は親戚が集まる日。
 家族が4つ集まる。姪や甥たちが帰ってきて部屋が狭く感じられる。
それにしても、毎年毎年同じことを私たちは飽きもせずくりかえしている。
そして私たちは、確実にみんな年をとっている。小学生でにぎやかだった
姪甥たちも、いつのまにか日本酒を喜んで飲む年になっている。おどろく
べきことだ。
 変わらないように見える大人達もしっかり年をとっている。
 仕事をリタイアした義兄義姉が、旅をしたり、楽器を始めたり、して人生を
楽しんでいるようでうらやましかった。私はまだまだ仕事をやめられない。
ぎらぎらした現役だ。スローライフなどと言っていられない。せかせか忙しく
生きている。
 しかも私たちが退職するころには、退職金も少なく、年金もわずかで、彼ら
のように第2の人生を楽しむゆとりがないだろう。そうであっても、心ゆたかに
音楽と旅と本のある生活をしたいものだと思う。

 いつだか新幹線の中で読んだ「トランヴェール」に伊集院静が興味深い
エッセイを寄せていたことを記憶している。
 伊集院氏は、毎年暮れには実家に帰ってご両親に顔を見せている
そうである。帰らなかったなかったのは、お父さんと確執のあった数年
だけだという。おとうさんは、毎年何があっても子どもたちに、暮れには
家に帰ることを求めたそうだ。お姉さんがスキーで遅れて帰ったときに
は酷く機嫌が悪かったというのだ。
 それには意味があるのだろうと、伊集院氏は考える。両親というのは、
盆暮れに子どもの顔を見て安心するのではないか。凶悪犯人が長い
こと、両親と音信不通だというケースが多いのもこのことと無関係では
ないのではとあった。たとえ一年の盆と暮れの2回であっても親子が
顔を合わせることは、一言で言い尽くせぬ意味があるのだろう。

 私も若い頃、暮れに帰らず正月すぎで実家に帰ったとき、父親に
そうとう怒られたことがある。あのときは家に帰るのが嫌で嫌で
怒る父親に「どうして?こうやって機嫌悪くなるから帰りたくないんだ」
と思ったものだが今は、なんとなく父の気持ちがわかる気がする。
 若い人たちには、盆暮れに実家にしっかり帰ってきてほしいと思う。
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by nokogirisou | 2010-01-03 01:17 | 日々のいろいろ

年末年始のごちそう

 30日31日1日とずっと台所に立ってごそごそとしていた。
31日に作ったのっぺ、くりきんとん、黒豆、松前漬け、なます
その他のおせち料理も、さすがに2日の朝には飽きてくる。
 雑煮とおしるこももう当分いいかなと思うが、たくさん汁が
残っている。
 それにしても、毎年毎年、同じメニューの料理を飽きずに
作り続けるものだなと思う。我が家は年寄りがいるので、どう
しても作らないわけにはいかず、怠けるわけにはいかない。
年末年始は家族みんなが3食一緒に食べるので、台所は
てんてこ舞いである。
 年寄りというのはせっかちで、「はやい」のが好きだ。朝も
はやいし、夕食の開始もはやい。いつも食べ終わると次の
食事のことを気にしている。何時に食事時間にするか確認
する。
 とにかく生活がきちんとしている。年末だろうと年始だろうと、
早く起きて、せかせかと仕事をして、早く寝る。立派なものだ
と思う。
 食べたいときに食べたいものを作って食べたい私たち世代
とはちがうのだ。

 今回ヒットだったのは水ようかんで、こしあんと寒天で簡単
に作ったのだが、これは喉ごしがよく、ひややかでいくらも
食べられて、あっという間になくなった。
  
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by nokogirisou | 2010-01-02 10:05 | 日々のいろいろ

あけましておめでとうございます

 また新しい年を迎えました。
 「今年こそ…」と決意を決めて言ったり書いたりするのですが、
結局1年の最後には成し遂げられないことがなんと多いことか。
こっちのblogも、あっちのblogも中途半端で、反省しています。

 今年は、無理な決意はせずに、自然にまかせて、「右腕」を
鍛え続けたいと思っています。
 しかしながら、昨年秋の練習で、張り切って球だしをして以来
右腕が痛んでいて、思うようにサーブができなくなってしまいま
した。年だなあと思います。サロンパスをはりながら今年もテニス
は楽しみたいと思います。

 31日、久しぶりに「紅白歌合戦」を全部見ました。なぜか見る気
になったのです。「歌の力」ということばに反応してしまったのです。
 私は昨年ほんとうに歌の力に支えられたので。
 たくさんの方が、この番組に登場していてびっくりでした。多くの
方の協力でできあがっている番組なのですね。
久石譲にアン・サリー、宮本笑里が舞台に立って演奏している姿
がみられて感激でした。矢沢永吉の登場と去り方がなんとも
かっこよかったです。
 それにしてもしみじみ、スマップはすごいなと思いました。
30歳をとうに超えているのに、あれだけのダンスを踊り、歌い
しゃべり続けられるのですから。続けているということに敬意
を抱きます。
 気になったのは森光子でした。味のあるしゃべり方なのですが
ちょっとはらはらしました。自分の母をみているような不安をおぼえ
ました。90歳になる方だから当然なのですが、あのように表舞台
で人目にさらされ、即座のコメントをもとめられるのは酷だと思い
ました。
 正常なのか、老人特有の思慮なのか、ちょっとぼけているのか。 
 
 とにかく2010年もよろしくお願いします。
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by nokogirisou | 2010-01-01 12:52 | 日々のいろいろ