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上野千鶴子「最終講義」を読む

 上野千鶴子の最終講義が「文学界」九月号に掲載
されている。ずっと買ったまま放置していたのだが
ようやく、今日読み切ることができた。けっこう盛
りだくさんの内容だった。フェミニズムのパイオニア
だった彼女も次世代にバトンを手渡す時を迎えたのだ。
時間の流れのなんと速いことか。
 彼女の40年の足跡が語られている。私が最も大切
だと思った一節を引用したい。

 「フェミニズムというのは、女も男並みに強者に
なろうという思想のことではありません。女は弱者
です。女は女であるだけで、弱者ではないかもしれ
ませんが、女は子どもを産んだとたんに弱者になり
ます。女は介護すべき老人や、病人を抱えたとたん
に弱者になります。そして女はその責任から逃げて
きませんでした。少なくとも、これまでは。
 その責任がないかのごとく、身軽なふるまいをす
る者たちだけが、この社会が平等な競争のルールの
下にあるかのようにふるまってきました。」
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by nokogirisou | 2011-12-31 21:45 | 本と図書館

『妻を看取る日』垣添忠生(新潮社)

「国立がんセンター名誉総長の喪失と再生の記録」
というサブタイトルがある。これはただの闘病記で
はなく、垣添という医師の自伝でもあり、妻の闘病
死、そしてどうそれを受け入れ、のりきってきたか
という克明な記録である。冷静に客観的に書かれて
いるが、随所に妻へのあふれる愛が語られている。
彼女がとてもすばらしい伴侶であったことがよく
伝わってくる。それを素直に書いていることに違和
感を感じなかった。
 一番印象に残っているのは、妻が自宅での年越し
を希望し、外泊を赦されるのだが、4日目で命つき
てしまうところである。意識の無かった妻が最期に
夫の手を握りしめて「ありがとう」と伝える感動的
な場面だ。できることなら、私も死ぬときには感謝
の気持ちを伝えてから死にたいものだと切に思う。

 この本の特筆すべきことは、愛の物語に終わらず
グリーフケアについてかなりのページを割いている
ことだろう。赤裸々に妻の死による鬱状態、そこか
ら立ち直っていく姿を書いている。そして最終的に
は自分自身の足で立ち上がるしかないという。どん
な学問も助けにはなるが、直接的な救いにはならない
ということか。
 これまで夫が妻のがんをみとった作品をいくつか
読んできたが、どの作品も夫が手放しで妻への愛を
綴っている。夫による妻の闘病記の方が妻による夫
の闘病記よりも数がおおいのではないか。妻が夫を
看取った記録で、全面的に愛にあふれるものはあった
だろうか。一番に思いつくのは『二人で紡いだ物語』
(米沢富実子著)だろうか。しかし、女性から男性を
看取った記録は抑制が効いていて、敬意や感謝は書か
れていてもストレートに愛を語るものは少ないのでは
ないかと思ったりする。どうなのだろう。
 身近な者の死も自分の死もそれほど遠いものである
まい。死を意識して今の生を大切にしたいと思う。
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by nokogirisou | 2011-12-31 15:43 | 本と図書館

「ピアニスト・辻井伸行 自作曲に挑む」を見る

 NHKで「旋律よ 殿堂に響けピアニスト・辻井伸行 自作曲に挑む」
を見た。辻井さんは2009年、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンク
ールで優勝し一躍、有名になったピアニストだ。視覚障害を持つが、
まったくそれをハンデとしないような、全身から音楽がわきでてくる
ようなピアニストだった。DVDが発売され、あらゆる場所でのコンサー
トはチケットが売り切れ、本は出るし、映画「はやぶさ」の音楽も担当
するし、メディアにやたら出るし、恵まれたピアニスト人生を歩んで
いると思っていた。
 しかし、今回の番組は、辻井さんが「作曲」という高い壁の前で挫折
し乗り越えたところに着目していた。きっかけは作曲家加古隆の指導だ
った。辻井さんはこれまでインスピレーションであふれるように出てく
る音で作曲してきたが、加古氏はそれをストップさせた。音を吟味し、
和音ではなくメロディで勝負せよと伝えたのだ。加古氏の助言はとても
印象深く、音楽だけでなくあらゆることに当てはまるような気がした。
すらすらうまくいくことは、ステレオタイプに陥りやすい。苦労して吟
味して作っていかないと新たな発見も前進もないのだと思う。

 その指導後、辻井さんは作曲に苦しむことになる。これがいわゆる
挫折だ。
 彼の直面した困難のひとつは、映画音楽の作曲時における監督のイメ
ージを音楽にすることだった。監督の求める強さや深みをどう表現するか。
 もう一つの困難はカーネギーホールで発表する自作曲の作曲だった。
アメリカ人になじみのある「金髪のジェニー」をもとにどう自分らしさを
表現するかに苦しんだ。
 前者は、自分自身の葛藤の経験を生かし、後者は震災でピアノを失った
少女への思いをもとに、作曲に挑んだ。その具体的な過程は画面には映し
だされなかったが、それぞれタイムリミットまでに辻井さんは完成させて
いた。やはりこういうところがプロなのだろう。

 それにしてもカーネギーホールでの辻井さんの緊張と終わったときの
解放感は、半端でなかった。あそこまで素直に表現できることも彼の個性
なのだと思う。
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by nokogirisou | 2011-12-30 22:23 | 音楽

ベートーベン交響曲第9番

 子どものころから、プロ・アマどちらも合わせてずいぶん
とこの曲を聴いてきたのだが、いつも今ひとつぴんとこなか
かった。なんだか退屈だった。歓喜の歌にそれほど感動でき
なかった。それは演奏の問題でなく、私自身の耳と心のせい
だと思う。

 ところが、昨日NHKFMの「今日は一日朝比奈隆三昧」で
聞いたときは、ちょっと違った。
12月29日は朝比奈隆没後10年目の日だった。2001年
10月24日に大阪フィルの名古屋公演でチャイコフスキーの交
響曲第5番を振ったのが最後となり、公演直後入院し、12月
29日に亡くなったという。今日はその命日の特別番組で私が
聞いた第9は29日大阪ザ・シンフォニーホールから生中継の
大植英次指揮の大阪フィルの演奏だった。

交響曲第9番二短調 作品125 合唱つき ベートーベン作曲

 指揮:大植英次 ソプラノ:スザンネ・ベルンハート 
 アルト:カロリン・マズア テノール:トーマス・クーリー 
 バリトン:アンドレアス・バウアー 合唱:大阪フィルハー
 モニー合唱団、大阪音楽大学合唱団 演奏:大阪フィルハー
 モニー交響楽団

 とくに第4楽章の合唱がはじまるまでのオーケストラだけの
部分がなかなかすてきだった。そして独唱と合唱が加わると
まったく趣が変わって歓喜のムードが一気にたかまっていく。
どこがどうという構造は言葉でうまく説明できないのだが
最後まですとんと心に響く演奏だった。飽きることなく、最後
まで集中して聞くことができたということが驚きだった。

 
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by nokogirisou | 2011-12-29 23:02 | 音楽

好きな歌10曲えらぶとしたら

 無人島に行かねばならんくなった。10人10曲の歌だけ
持っていってよいと言われたら、何を持っていくだろうか。
 
 Here, There and Everywhere(ビートルズ)
 A Song for You(カーペンターズ)
 Fly me to the Moon(CLAIRE)
 Tapestry (キャロル・キング)
 We're All Alone(ボズ・スキャッグス)
 
 心拍数(山崎まさよし)
 二隻の船(中島みゆき)
 YELL (いきものがかり)
 月と太陽 (矢野顕子)
 R.I.P (BUMP 0F CHIKEN)
 
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by nokogirisou | 2011-12-29 18:40 | 音楽

『ひとりで生きる』堀文子著

 師走のNHKのインタビュー番組の再放送で93歳の画家
堀文子のモットーが「群れない、慣れない、頼らない」
だと紹介されていた。なんだかこの画家の存在が気にな
って図書館で著作を探したが、テレビ放映の影響かすべ
て貸し出し中ではないか。このタイトルは予約が10件
も入っていた。それで途方にくれて購入した。しかしそ
れは正解だった。手元においておきたい言葉にあふれて
いたから。

「自由は、命懸けのこと」この最初の方にある言葉
にすでに私は圧倒されてしまった。
自由はわがままとは違う。責任を全部負う辛さがある。
だから命懸けになるのだ。
ある意味、岡本太郎にも共通する厳しさと激しさを
内に持つ人だ。岐路に立ったら困難の方を選ぶ人なのだ。

「息の絶えるまで感動していたい。」
これはとても共感できる。感動できることが何よりも
幸せだと思う。感動するには同じことの繰り返しでは
だめだ。習慣というのは大事なものだが、苦手なもので
もある。感動するためには飽きないことが必要で、それ
にはけっこうな努力がいる。堀さんはそれを厳密に実行
して、自分の中の本能を大切にし、信じる人なのだ。

 勇気を与えられた言葉は
「本当にやりたかったことは忘れずに諦めないでいれば、
何十年と月日が過ぎても、不思議とチャンスはやってく
るんです。いくつになっても、誰にでも、あきらめなけ
ればそのチャンスはきます」

 私にはずっとやりたかったことがある。今もかすって
いるけれど、時間と根性がなくて、本気でとりくめてい
ない。諦めるものかと思ったりする。

 堀文子の愛するものは「しいんと引き締まった孤独の
空間や時間」だ。これは詩人の茨木のり子にも通じる。

 大病を経て、自分の中の生と死が同居していることを
意識しながら、残りの時間をとことんどん欲に生きる。
「もう老年に甘えているひまなどないのだ」
                  
 私も残り時間を意識するようになってきた。焦るわけ
ではないが、今やりたいことはやっておこうと強く思う。
かなわないことも多いのだが。 
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by nokogirisou | 2011-12-29 17:01 | 本と図書館

第五回読書指導ワークショップ

 このワークショップも今回が最後となる。あとは講義と発表からなる
フォーラムが残るだけだ。終わってみるとあっという間だった。継続的
に学び続けられる環境に感謝したい。今回は大変内容盛りだくさんのワ
ークショップだった。
 今回はまず、堀竜一先生の「比較文学」という学問についての講義が
あり、そのあとは、学級文庫について卒論にとりくんでいる4年生の学
生さんの発表があった。
 堀先生のお話は、文学研究をする上での明確な指針を示してくれた。
比較するという方法は読書指導においても、ヤングアダルトや児童文学
の研究の上でも有効かもしれない。
 学級文庫の研究は、さまざま実験をしておりおもしろかった。いわゆ
るおすすめ本には、どんなに本があたらしくてきれいでもあまり手にと
らなかったという。そして結局子どもたちが「ゾロリ」シリーズなど人
気の本ばかり手にとっていた。子どもの知っている好きな本ばかりを学
級文庫におくことの意義を疑問に思った。学級文庫は家庭の本棚では出
会わない本を置いて、意外な出逢いがあった方がよいのではないか。
しかしこれは学級文庫の目的を何におくかによって違う。

 後半はリテラチャーサークルの最終回。グループで読み合っため読書も
これで最後。各班からこれまでの経過の簡単な報告があった。
私たちの班が読んだ本は『ユウキ』というノンフィクションの闘病記だ
った。一気に読めてしまう本だが、他者と語り合うことでゆっくりしっか
り読み込めた気がする。
 そして足立先生から交流型読み聞かせの有効性についてのお話があっ
た。これまで読み聞かせは、感想を聞かない。しずかに聞く、受け身の
読書だった。しかし読んだことを声に出したり、話し合ったりする交流
型の読み聞かせもあるのである。それにはポストモダン絵本をつかうと
よいということだった。絵と本文が必ずしも一致していない絵本である。
読み聞かせ中に読み手と聞き手が交流してよいというのはほっとするこ
とだった。
 
 しかし五回終わったところで、まだまだ自分の中で消化できていない
ことが多いのが現状だ。もう少し、自分の中で勉強しなくてはならない。 
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by nokogirisou | 2011-12-24 22:43 | 本と図書館

受験生

 仕事柄、3年に一度くらい、受験生とどっぷり
すごすことになる。受験環境は情報はどんどん変化
していくので、マンネリに陥ることはない。こちら
も進歩している。毎年新しい入試問題が出てくるの
で教材もどんどん入れ替わって飽きることはない。
しかし入試問題ばかり解いて解説するのは、やはり
疲れる。教科書教材にない発見があり、刺激はある
のだが、準備の時間は膨大だ。ずっと受験勉強を続
けるのは疲れてしまうのだ。
 その上、よくないと思うのだが、ついつい受験生
の親の心境になってしまうので疲れる。生徒たちを
信じれば、むやみな心配は不要だとわかっている。
それなのにやはり気になる。勉強が進んでいるだろ
うか、志望校決まっただろうか、努力している割に
結果が出てこないが大丈夫だろうか等々。そんな心
配、してもどうしようもないのに。
 出てきた相談、悩みを一緒に聞くしかない。
 模試と面談は覚悟を決めてつきあうしかない。

 そうはいいながら、受験生当事者にくらべれば、
こちらはずいぶんと自由で、映画も芝居も音楽も結構
楽しんでいるのだから、気楽なものだ。
 それでも解放されたいのだ。
 受験産業におつとめの方は毎年これが繰り返される
ので大変だと思う。年末年始の拘束とストレスが半端
でない。
 この鬱屈した、我慢だらけの生活。生徒たちののびのび
した笑顔を見たい。春が待たれる。
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by nokogirisou | 2011-12-23 10:14 | 日々のいろいろ

映画「源氏物語~千年の謎~」

 
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「源氏物語」は気になるので、映画化された作品を劇場に
見に行く。監督が新潟出身だということも興味の一つだっ
た。村上高校時代に「源氏物語」に出会ったという。
 フィクションの世界、源氏物語と紫式部と道長の関係に
照射した現実の世界を絡めて描いている。したがって物語
は、紫の上と出会う前で終わっている。源氏の青春時代の
苦悩がテーマである。
 一番の関心は、平安時代をどのくらい正確に再現してい
るかというところだった。さすがにお金を費やしているだ
けあって、舞台も衣装も音もリアルだった。衣擦れの音、
先払いの声、青海波の雅楽の響き。
 光源氏が、女性遍歴する様子を中谷美紀扮する紫式部が
「幼少時に母に先立たれたために母親の愛情が不足し、そ
のために愛に翻弄される…」みたいに総括して説明すると
ころは、おおっと思った。 
 しかし、この時代、恋愛が性愛だけであることは、悲劇で
ある。男女がともに過ごす時間が、性愛の時間だけなのであ
る。デートも、家事も、育児の分担もない。男女がともに仕
事をわかちあったりともに遊んだりすることもない。当時は
だから男女関係が息苦しい。
ゆったりと時間が流れるので、最近のスピーディな画像に
なれている人にとってみると間延びして感じられるかもしれ
ないが、平安時代の雰囲気を伝える点ではなかなかいい映画
だった。
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by nokogirisou | 2011-12-18 21:12 | 映画

蔵書点検の日々

 生まれて初めての蔵書点検を体験している。
CASA(学校図書館資料管理システム)の搭載
されたパソコンをのせたワゴンをがらがらと引き
ながら、バーコードでピッピッとチェックしてい
く。
 図書館内のすべての図書についているバーコ
ードを読みこんで、購入図書がすべてあるかど
うかをチェックするのである。蔵書をコンピュ
ータでなく、カードで管理していた時代はさぞ
かし蔵書点検が大変だっただろうと想像する。
 蔵書点検をしていると、こんな本もあるのか
という発見が多々あり、それがこの仕事の醍醐
味でもある。これまで知らなかった興味深い本
のタイトルとの出逢いもあれば、うちの図書館
にこの本がすでに入っていたのかという感銘も
ある。お宝を発見したような喜びを感じる。
また、日頃自分が偏った棚ばかり眺めていたこ
とに気づく。3類から6類の本をあまり利用し
ていなかったことを認識した。
 図書の仕事を担当して始めて知る図書館の世界
というものがある。
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by nokogirisou | 2011-12-17 00:47 | 本と図書館