<   2012年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧

「絵本再発見;絵本を見る目をきたえる」

 今日は西川図書館主催の「西川図書館講座」を聴きに行く。
講師は、沼垂図書館、豊栄図書館の館長を歴任され、ずっと
ご自宅で「野いちご文庫」をひらいている若佐久美子さん。
コアな若佐ファンが沢山参加していた。私も野いちご文庫に
は大変お世話になっていて、個人的にいろいろ絵本のお話を
伺うこと機会があったが、講座受講は初めてだ。
 講座は初めから辛口だった。最近の大人たちが安易に子ど
もの本を「絵本」とくくってしまうこと、また大人向きの絵
本を子どもに読ませようとしてしまうことの危険に気づかせ
てくれた。絵があって文がついていれば、絵本かというと
そうではない。私たちは世の中に出回っている多種多様の絵
本を見極め、子どもたちに手渡す場合には吟味していかねば
ならない。
 今日、若佐さんは実際にたくさんの絵本を持ってきて見せ
てくれたが、内容も様式も、画材もしかけも多種多様だった。

 今日の収穫はタイトル通り、絵本を再発見できたことだ。
絵本は20年以上読み継がれてきたものを子どもたちに読ま
せよとよく言われる。私は読み継がれてきた絵本もよいが、
現代の子どもたちには現代の絵本作家の新作もどんどん探し
て手渡していけばよいのではないかと思っていた。しかし、
今日、若佐さんのお話を伺い、実際に絵本の古典を読んでも
らって、20年以上読み継がれている絵本がいかに力がある
かを痛感した。また子どもたちがこれらの絵本に出会わずに
大人になってしまうとしたらとてももったいないと思った。
思わず絵本に引き込まれてしまう自分自身に驚いた。やはり
絵本の古典はすごいのである。  
 たとえば『どろこんこハリー』(ジオン文グレアム絵
渡辺茂男訳 福音館書店)は単刀直入な文章でぐいぐい読む
者を物語の世界にひっぱられていった。
 『かいじゅうたちのいるところ』(センダック 神宮輝夫訳
冨山房は絵の大きさに変化を与えることで、読む者を物語の
世界に引き込んで、戻してくれる。
 『アンガスとあひる』(フラック 瀬田貞二訳 福音館書店)
には典型的な「行って帰ってくる」という形式があって読む者
を楽しませ安心させる。
 どの作品も世に出てずいぶんの時間が経っているが、その
絵も文もすこしも古くさい感じがしなかった。これは本当に
その絵本がそうなのうか、若佐さんの紹介が絶妙にお上手なの
か。おそらくどちらもだろう。
 絵本はずいぶん読んだ気でいたが、まだまだ知らない名作が
たくさんあった。これを機会に丁寧に読み直してみたいと思った。
[PR]
by nokogirisou | 2012-01-29 17:35 | 本と図書館

新潟大学主催教員研修フォーラム

 この会は新潟大学主催第6回読書指導ワークショップでも
ある。9月から始まったワークショップもいよいよ最終回だ。
今回は、筑波大学の塚田泰彦先生をお迎えし「これからの読書
教育と教員の力量形成」という演題で講演をしていただいた。
 これまで読書指導の研究は読むための知識や技能の研究が主
であったが、読むことの問題は意欲・関心・態度といった情緒
的な側面にあるという指摘は目から鱗だった。たしかにこれま
で私たちは、どうやった読めるようになるかというスキルや
そのスキルを身につけるためのトレーニングばかり考えてきた
傾向がある。現在問題なのは、読むことができるのに、読まない
不読者の存在である。これを克服するために、読書は孤独な、個
人の活動という考え方から、読書や集団で交流しながら行う
ものだという考え方への変換が必要である。またこれまで国語
教室で主流だった読解主義からの解放や、これまであまり注目
されなかった読者反応を重視していく必要があるという。
 講演の後は、参加者による成果発表会だった。
 参加者が各自でレジュメを用意し、グループ内で自分の実践
してきた読書指導を発表した。同じ班の小学校、中学校の先生
方は交流型、パートナー読書の実践を発表してくてくださり、
大変参考になった。中学校でのパートナー読書のやり方は次の
とおり。

1)中学3年生の生徒に五種類の課題本を提示して各自で選ば
  せ、読書をさせる。(5タイトル×8冊の本を準備)
2)大学生五人に5冊の本を振り分けて読んでもらう。
3)同じ本を読んだ中学生8人に対し、大学生に手紙を書いて
  もらう。手紙の中身は本の感想と自らの生き方、考えで
  ある。
4)手紙をうけとった中学生はそれを読んで、大学生に返事を
  書く。

 中学生は大学生からの手紙に大変刺激を受けて、かなり真剣
に深く本を読んだそうである。そして、一生懸命返事を書いて
いたそうだ。
 こういう本をめぐっての異年齢の交流は有効だと思った。
 来年度私も高校でやってみたいものだ。
 
 その後3人の方の全体発表、大学の先生方、市立図書館の方
のコメントを聞いて、全行程が終了した。
 なかなか盛りだくさん、刺激の多いワークショップ、フォー
ラムであった。消化不良の部分は、これからなんとか消化して
いきたい。
 
[PR]
by nokogirisou | 2012-01-28 19:13 | 本と図書館

『L change the World』

 また金曜ロードショーを見てしまった。週末は映画が見たくてたま
らなくなる。
『L change the World』は『DETH NOTE』のスピンオフ映画だ
が『DETH NOTE』とは監督が異なるので雰囲気も緊迫感もだいぶ
異なる。劇場で一回、テレビで2回見た。結末を知っていてもバイオ
テロや「人類削減計画」に妙なリアリティを感じ、緊迫感と興奮を味
わってしまう。Lの魅力も存分に描かれている。現在の松山ケンイチ
とは別人かと思う。私はLと子どもとの関係の変化がすきだ。

 一方、ずっと謎なのはワタリの創設したというワイミーズハウスで
ある。いったいどういう団体で、そこ出身の者たちの使命や横のつな
がりはどうなっているのか。終わりの方に少年が「ニア」と名付けら
れて預けられる施設がワイミーズハウスなのか。詳細を知りたくなる。

 残念なのは、テレビだとカットシーンが多いところだ。映画は細部
が重要なので、安易なカットは作品の魅力をはぎとってしまう。
[PR]
by nokogirisou | 2012-01-28 18:51 | 映画

「続Always 3丁目の夕日」

 金曜ロードショーで『続Always3丁目の夕日』を見てしまった。
昭和34年を知らないのに懐かしい。家族に幸福を求めるのは幻想
だとか、昭和30年代を古きよき時代と美化しているという声も聞
こえるが、私はやはりこの世界が好きである。どっぷり浸って涙し
てしまった。やっぱり人情にあふれている世の中がすきだし、人が
人を心配しあっている世の中が好きだ。そして昔の車も建物も美し
い。

 鈴木オートの妻ともえが偶然橋の上で昔の恋人と再会するシーン
があった。戦争で離ればなれになった二人だ。しばらく過去に思い
をはせるが、ともえは、深々と礼をして自分の現実に戻っていく。
ところが家に帰ると、ロマンもなく夫が昼寝をしていておならをし、
苦笑するともえ。しかしその後、夫がかつて撮影してくれた長男誕
生前後の8ミリ映像を見て、現実の家庭生活の幸福と夫への愛を噛
みしめていた。これは映画全体の中ではささやかなエピソードにす
ぎないが、とても印象に残る場面だった。たくさんの可能性から私
たちは運命に流されながら、現実を選び取って生きている。「もし
もあのとき…」という思いを抱きながらも自分の選んだ人生を歩み
続けている。人生というのはこういうものなのだ。別れがあって
再会があって、これも人生。
 新作も見に行きたくなった。
[PR]
by nokogirisou | 2012-01-20 23:58 | 映画

俳句を始める

初滑りにて
   六花舞う リフトに揺られ 物思い
冬のテニスコートを眺めながら
   歓声も 球も埋もれし 雪嵐
親戚が集まって
   甥姪が 恋を語るや 新年会
   かく晴れて 我は語れず 若き恋
家族
   初春の 諍い 夕餉を 鉛にす
   雑煮前 何を怒るや 老いた父
   松のうち 季節めぐらす 食品館

センター試験予想問題を解きながら

  平安も 今ももどかし 待つ恋は
  黒々と 物思いさせぬ 漢文かな

冬の休日
   日差しあり 吹奏楽が 春奏で
   寒影を 追い語り合い 東堀
   手をあぶり 読みかけの本 春を待つ


センター試験
   雪踏んで 残り日数 心拍数
   あと三日 マスクの子らの 立話
   しんと冷え 鏡開きの 雑煮かな

   大渋滞 雪の結晶 眺めおり
   明日本番 並ぶ背中の 堅さかな
   息しろく 言葉すくなに 見送れり
[PR]
by nokogirisou | 2012-01-14 21:10 | 俳句

ふたたび風邪考

 前回の秋の風邪に懲りて、だいぶ用心し、食事等で免疫力を
つける努力をしていたのだが、月曜日からちょっと喉が痛く、
火曜日にテニスのレッスンをして、水曜日から風邪の自覚症状
が出てきた。こうなると、いつものおきまりのコースをたどる
しかない。あわてて,木曜日に職場近くの医者に駆け込んだ。生
姜湯を飲み、おとなしくしていた。しかしやはり咳の発作が始
まった。息が出来ない。しゃべることができない。ひたすら
苦しい。喉がかゆくて咳が止まらない。じたばたしているうちに
涙がでてきて、鼻をかんで、しばらくぜいぜいしているうちに
嵐は去っていく。職場の同僚も私の咳の発作の間はひいている。
この咳をし、こらえるには体力がいる。いつまでこの激しい咳に
堪えられるだろうか。
 あとは睡眠しかない。木金と早めに寝て睡眠をむさぼった。
前回の風邪よりは治りが早いような気がしたが、土曜日の東京行
きは諦めることにした。新幹線の中で咳の発作がおきたらたまら
ない。研修会場で咳が出たらたまらない。
 こうして、今朝は、センター試験受験生の応援にエネルギーを
費やし、午後は自宅でおとなしくしていた。逃した本日のブック
トークの授業の研究会はでかい。みなさんに迷惑をかけてしまった。
でもやはり健康に変えられない。
[PR]
by nokogirisou | 2012-01-14 20:55 | 日々のいろいろ

NHK 大河ドラマ「平清盛」

 第一回が放映された。清盛が白河上皇のご落胤という設定だ。
 出生の秘密というテーマは、これまでも数々の小説やドラマ
に描かれてきた。何度描かれようと「またか」という気持ちに
はなれない。どうして人は自分の出生にこだわるのか。
 今回の平太(清盛)のショックは三重だった。まずその秘密
を子どもの第三者に知らされてしまったということ。そして父
の出世ののために、つまり大人の都合で養子になったと告げら
れたこと。さらに母の、実の親ではない表情をみてしまったこ
とだ。
 出生の秘密を部外者から聞かされるというのは残酷なこ
とである。真実でない部分まで伝わってしまう。また大人の
都合で自分の命がやりとりされたと知ることもまた、不愉快
なことである。さらに、悲しいかな、どんなに育ての親が立派
な人物であってもやはり、利害が絡むと不意に親でない顔を見
せてしまうのである。たとえば今回のように、実の子が平太に
傷つけられたと思ったとき、育ての母親はひどく恐ろしい顔を
して平太をぶった。あとは自分の面目や財産が絡んだときなど
だ。どんなに立派な育ての親でも本性というものを見せてしま
う。「この子は自分の子でない」というオーラを発してしまう。
子どもはそれに大変敏感な生き物である。自分がひたすら愛し、
信じていた存在が、突然牙をむいたとき、ショックを受ける。

 今回、設定はさておき、出生の秘密を知るショックの部分が
かなりリアルに描かれていてどっきりした。これから清盛は
自分の存在に迷い、苦しんでいくのであろう。

 
[PR]
by nokogirisou | 2012-01-09 21:40 | 日々のいろいろ

読書

 子どもの読書教育だの読書指導だのの勉強をしているが
実は一番こまっているのは、自分の読書力のなさである。
一気に読めない。たくさん読めない。必要に迫られないと
読まない。
 私の部屋には読みかけの本が、山積みである。なんとか
しなければ…。
 読みたい本はたくさんある。
 
[PR]
by nokogirisou | 2012-01-07 15:33 | 本と図書館

年賀状

 さすがに6日になると届く年賀状の枚数が減ってくる。
年賀状を出すときも、受け取るときも微妙な胸の苦しさ
を覚える。この人に出そうか、あの方からはとうとう賀
状がこなくなったなと考える瞬間だ。
 年に一度のつながりとして定着している関係であれば
迷いはない。また日頃親しくつきあっていてお世話にな
っている方の場合もまた迷いはない。
 また、とても親しい大事な方なのだけれど、あえて年
賀状のやりとりはしないという関係もある。

 もう、年賀状のやりとりはやめようか…と迷うことが
ある。決してその方とのつながりをないがしろにするつ
もりはないのだが、職場が変わったり、ほとんど会う機
会のなくなった方にはいつまで送り続けようかと迷う。
人間関係が広がるままに賀状を出せばパンクするからだ。
 相手もまたそうで、こちらが送り続けても、賀状を
くださらない方もいる。ふと寂しさは感じるが、人間関
係を切るとか切られたと考えず、年賀状においては、さ
ばさばと割り切って考える方がよいのだろう。

 人間関係は、またいつどこで復活するかわからない。
 また賀状だけで人間関係は計れない。

 
[PR]
by nokogirisou | 2012-01-06 23:42 | 日々のいろいろ

初しごと

 本年もよろしくお願いします。

 年頭にあたって、今年の抱負を考えたが、なかなか思いつかない。
なぜなら、私が今年の4月にどうなっているか、わからないからだ。
どこにいるのかわからない。何をしなければならないかがわからない。

確実な目標は、今担任をしている生徒たちを無事卒業させ、それぞれ
の進路に送り出すこと。それだけは力を尽くしてなんとかしたい。

 その後のことは、そのあとで考えるしかない。

 とりあえず、人とのつながりを大切にすること。
 学校図書館と読書教育の勉強はつづけること。
 明治の文学を再読すること。
 細々とテニスはつづけること。
 このくらいはやろうと思っている。

 私が一番ドーパミンがでていると感じるとき。
 それは人と気持ちがつながったと思える一瞬である。
 そういう瞬間のためにコミュニケーションは大切にしたい。
[PR]
by nokogirisou | 2012-01-04 21:08 | 日々のいろいろ