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中村柾子さんと水村美苗

 ご縁があって、『絵本はともだち』の著者で青山学院女子短期
大学講師の中村柾子さんが新潟で講演されたときの記録を読む機会
を得た。それを読んで、愕然とした。水村美苗の『日本語が亡び
るとき』のある一節を引用していたからだ。この本は私にとって、
非常に重要な本で、折に触れてくりかえし読み続けている本である。
しかし、今回中村さんが引用された2つの文は、これまで耳が痛く
読み飛ばしていた箇所のものである。

「教育とは家庭環境が与えないものを与えることである。
 教育とは、さらには、市場が与えないものを与えることである。」


 中村さんは、保育に関わる立場として保育園や幼稚園が、家庭とは
異なる役割、スタンスを持つこと、市場原理とは異なる理念で
子どもたちにいいもの、必要なものを吟味して与える役割を持つ
ことを真摯に語っておられた。

 私たちは、日頃社会の要請により教育実践を行っている。現在正直
に言えば、高校現場にいる私たちは大学入試の問題の影響を受けなが
ら教材を選び、授業している。生徒たちが大学入試センター試験でど
れだけ得点できるか、どれだけ生徒が第一志望の大学に合格できるか
を気にしないと言ったら嘘になる。私はあらためてこの2文を読んで
恥じた。私たちは、「売れていない」「読まれていない」「入試に役
に立たない」ものを現場から排除してきた。したがって、真剣に日本
近代文学を高校生に伝え、読ませる努力を怠ってきた。その結果私た
ちは自分たちの首を締めているのだ。

 国語教育の意味を私たちは真剣に考えなければならないのではない
か。教科書に出ているから、その教材を教室で読むのではなく、どういう
日本語を身につけさせたいか、どういう日本語で書かれた文章を読んで
考えさせたいか、自分自身で問う必要がある。当たり前のことだが、
胸を張ってやってこれたとはとてもいえない。
 おおいに反省させらる時間だった。

 
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by nokogirisou | 2012-09-24 21:53 | 本と図書館

反日デモを見て思うこと

 尖閣諸島を日本政府が買い取って以来、反日デモが中国各地で
繰り広げられている。日本大使館や、日本食レストラン街、日系
スーパー、工場が派手に襲撃されている姿を見るたびに胸が痛む。
日中国交回復40周年にこれでは、やりきれない。
どうしてあんなに感情的に暴力的になれるのか。
 中国政府が理不尽な対応をしたからといって、私たちは反中行
動を起こすだろうか。中国人に対して暴力をふるうだろうか。答
えは否だ。しかしこれは単に学校で反中教育を行ってこなかった
からではないだろう。感情的な暴力行為が建設的でないことをわ
かっているからだ。
「やられっぱなしでよいのか」という声も聞くが、やられたから
やり返すでは子どものけんかだ。もちろん毅然とした対応は必要
だが、それは無謀な暴力による対応ではない。
 私は学校教育の中で、他国に対する反感感情をすりこませるこ
とや、戦争を容認するような発言は十分つつしまねばならないと
思っている。悪感情を持って、敵対すれば、相手は一層攻撃的に
なる。政府には落ち着いた、冷静な、毅然とした対応を望むし、
一市民として、一般中国人に対しては笑顔で対応したいと思う。
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by nokogirisou | 2012-09-17 17:31 | 日々のいろいろ

『楽園のカンヴァス』原田マハ著 新潮社

 一気に読んだ一冊。「この物語は史実に基づいたフクションです」
という「協力」の後に書かれた一文がとても気になった。いったい
どこまでが史実でどこまでがフィクションなのだろう。
もう一つ気になったのは早川織絵とその娘がどうやって心を通わせ
ていくのかというところだ。気配だけ残され、その部分は書かれ
ていない。

 大原美術館、ニューヨーク近代美術館がリアルに登場する。
画家、画商、コレクター、研究者、キュレーター、監視員、観客。
一つの絵をめぐってさまざまな立場の人たちの存在意義を考えさせ
られた。そして、絵画にうっとりさせられ、自分の人生を画家に差
し出そうとしたり、「永遠の人生」を生きようとしたりする人たち
の幸福感を想像した。

この物語には3つの時が流れている。
2000年の倉敷の時間と
1983年のバーゼルを中心にした時間
そして、ヤドヴィガ・バイラ-が書いたとされるルソーの物語の時間。
ここにはルソーの生きたパリの様子とルソーの生活がいきいきと再現
されている。
これらが巧みに絡み合って進んでいく。

 ルソーの作品は美術の教科書にも掲載されていたし、「日曜画家」
などと言われていた点も含めて、気になる画家であった。
巧みな取材と、構成により、私はルソーについてもっと知りたくなった。
表現する人たちのエネルギーを感じたくなった。
そして何より、美術館に行きたくなった。
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by nokogirisou | 2012-09-17 17:10 | 本と図書館

アニマシオンワークショップスペシャル

 9月1日2日と2日間にわたって、新潟市中央図書館ほんぽーと
「ビーンズホール」を会場にアニマシオンワークショップスペシャル
を開催した。何がスペシャルかといえば、新潟大学教育学部の
足立幸子先生とNPO法人日本アニマシオン協会理事長の黒木秀子さん
というお二人のアニマシオンのプロパーを講師としてお呼びできた
ところだ。これまで、何度も同じ会場で参加者を募ってアニマシオン
ワークショップを開催してきたが、今回のサークショップスペシャル
を一区切りと考え、私たちは自分たちの方向性を考えていきたいと思
っている。

 足立先生には研究者として、「読書力をどう評価し、どう育てるか
ーアニマシオンにできることー」という演題で講義をしていただいた。
これまで日本では読書力を評価するということを行ってこなかった。
なぜ、日本で読書力の評価がなされてこなかったか。それは、多くの
日本人が読書は個人の営みで、個人が読みたいものを読みたいように
読めばいいものだと考えてきたからだ。しかし、PISAショック以降、
読解力を向上させなければという意識が高まり、その結果、読書力の
評価の必要がささやかれるようになった。
 一方アメリカには、読書力を測定する方法がたくさん導入されて
いる。本を読んだ後にパソコンで4択問題を解くAccelerated Reader
でチェックするという方式が一般化しているそうだ。それ以外にも
NAEPやQARなどのテストも実施されている。読書力の評価には結局
観察、発問応答、テストの3つの方法しかあ
 アニマシオンにはそういう形成的評価に関わる要素が含まれている。
 黒木秀子さんには


 学問するにも仕事をするにも本は読まねばならない状況になっている。社会で知的に活動していくにも本を読
むことは必須である。しかも集団で読み合い、批評しあう場面も多い。
私たちは本好きを育てるために読書教育をやっているのではない。本を
読めなければならないから、読めるようにトレーニングを積まねばなら
ない。そのためには、その子がどこまで読めるのか、どこでつまづいて
いるのか判断する必要があろう。
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by nokogirisou | 2012-09-05 05:30 | 本と図書館