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読書週間

 なぜ読書週間があるのだろう。よく「本なんて読まなくても
生きていける」などと言われる。それに対して、日本アニマシオン
協会の理事長の黒木秀子さんは、「本を読まなくても生理的には死
なないが、知的には『死』である」と主張する。
 本を読むということが推奨されるのは、人間には言葉を用いた
知的な刺激が必要だということを、誰しも感づいているからだろう。
 もちろん、本を読んだからといって、かしこくなるわけでもない
し、いい人になるわけでもない。薬にもなるが、毒になることもあ
りうる。また誰にとってもいい本などというものはなく、ある人に
とって旬な本、必要な本が存在するだけなのだと思う。

 本を読むといっても、本当にさまざまだ。子どもが絵本を読んで
もらうこと、児童書を1人で読むこと、大人が実用的目的で情報集め
のために本を読むこと、楽しみのために文芸書やミステリを読むこと、
趣味の勉強のために専門書を精読すること、学生がレポートのため
に調べ読みすること、速読多読すること、あるいは、読書会のため
にスローリーディングをすることまで、いろいろシチュエーション
が考えられる。
 読む本の種類から読み方まで多様で、「読書」とひとくくりにする
のはちょっと無理があるかもしれない。それでも「本を読む」という
行為は共通だから「読書」とよぶ。
 どんなに読みたくてもきっかけがないと本を読めない、本と出会え
ないという人がいる。忙しくて、なかなか読む機会を得られない人も
いる。もちろん、本など見たくもないという人たちも必ずいる。それ
も仕方のないことである。読書週間は無理強いするものではない。

 またこれをチャンスに本を売りたい人もいる。本を貸したい人もいる。
多くの人に「読書」に意識的になってほしいから、「読書週間」が生ま
れたのだろう。
 
 さて、耐震工事のため4ヶ月間休館していた職場の図書館がいよいよ
11月5日にリニューアルオープンする。読書週間とかぶせて開館記念
イベントを行う予定だ。日頃なかなか脚が向かない生徒のみなさんに
来てほしい。大義名分としても「読書週間」はありがたい、必要なのだ。
 
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by nokogirisou | 2012-10-30 21:13 | 本と図書館

学校図書館教育研究会2012年度大会

 10月21日(日)学校図書館教育研究会2012年度大会のテーマは
「示そう!公立学校図書館のチ・カ・ラ」であった。「公立学校」の言葉
にひかれてこの大会に参加した。
 午前は、まず八洲学園大学教授の高鷲忠美先生の基調講演「学校図書館は
学校教育のインフラ」を拝聴する。
 まずはトロント大学の図書館の様子に圧倒される。海外では図書館が
学びの中心にあり、大変重視されている。学生は読書リストが渡され沢山
の本を読むことが要求されている。大学図書館は大学の心臓になっている。
 一方日本はどうだろうか。
 学校図書館も学校の心臓であるべきである。生涯学習者を育てるために
子どもたちに読書習慣を身につけさせ、調べ学習のスキルを身につけさせる
必要があると強調された。
 この実践を行っている学校として、鶴岡の朝陽第一小学校、松江の揖屋
小学校の様子が紹介された。繰り返し図書館を使った授業を行うことで
確実に生涯学習者を育てているという印象を受けた。
 次は、松江市教育委員会学校教育課指導研修係学校図書館支援センター
支援スタッフの原田由紀子さんの発表を聞いた。行政の「支援する」とい
う立場が何をすべきか、何ができるかがよくわかった。また予算をとるに
はどうしたらよいのか、説得力のある話は参考になった。
 午後は、公立学校で地道に授業で図書館を使っている実践例が紹介された。
それぞれ司書と教員が理想的な協働を行っているのがわかる。
 最初の実践報告。国分寺市立第九小学校の司書と教師による「はじめての
協働~4年総合『障害者を知ろう』の発表だった。約1年、20時間をかけ
た調べ学習の実践報告だった。4年生にもかかわらず、テーマ決めと探究方針
を決めるところでしっかりワークシートを活用していた。それに比べると、
調べたところをまとめる部分がやや弱い気がした。せっかく沢山調べたことが、
少ない言葉でパンフレット形式にまとめて終わってしまっているのがちょっと
残念な印象を受けた。

 次は、自習室だった図書館を地道な努力で居心地のよい図書館にし、様々な
PRを駆使し、生徒の意識の大きな部分を占めている部活動、学校行事、進学の
準備のサポートができる図書館へと変えた都立高校司書の千田つばささんの
実践発表だった。自習室を脱却し、少しずつレポート作成のレファレンスやブ
ックトーク、テーマの決め方・まとめ方のガイダンスなど授業に関わっていく
ようになった。特徴的だったのは、図書館の仕事を可視化する努力をしてい
るところだ。先生方に図書館ができることをアピールし、図書館利用を促して
いる努力を感じた。これは、これまで私立学校の図書館がすでにたどってきた
道のりだという。どうしても公立は私立を追いかける形になるが、これからは
公立高校も図書館を使って本格的に授業を行えるように、教員が力をつけていか
ねばならないのではないか。

 最後は、国語の教師と司書が協働し、国語の授業を通して「3年間で学校図書
館を使いこなせる子」を育てる、学芸大学附属世田谷中学校の実践発表だった。
ここの特徴は、とにかく学校図書館がいつも生徒であふれ、にぎやかだという
ことだ。3年間、学習の場として図書館が使われている強みを感じた。学校図書
館が生徒にも教師にも信頼されている。
学校図書館が持つ教育力は、
1)「読書」の持つ教育力
2)資料コレクションが持つ教育力
3)図書館専門スタッフの助力が備える教育力
だという。これを信じ、実践を重ねていくことで学校図書館を使いこなせる生徒
が生まれる。一度この力をつけた生徒は、大学に行ってからも力を発揮する。

 充実の大会であった。「公立学校だから無理」は通用しない。
まずは、地道な積み重ねから。生徒と教員を図書館に呼び込む努力から始めたい。
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by nokogirisou | 2012-10-23 00:25 | 本と図書館

国語を実技教科に

京都橘大学の池田修先生が「国語を実技教科に」と言っておられるが、高校の国語も実技科目にしていく必要を常日頃から感じている。
教師が、国語国文学の研究を深め、知識を伝達するだけでは生徒の考える力を育てているとはいえない。生徒に知識をつめこませて、テストを繰り返し、模試で成果を上げるだけでは、限界がある。
私たちの仕事は、生徒たちが、実際に読んだり、考えたり、書いたり、話したり、聞いたりする力をつけさせることだ。それには、そういう経験を積ませる場を用意しなければならない。時間は限られているし、やらねばならないことが多い。しかも、全員が上質の経験をするための方法や準備を考えるのは難しく、骨が折れる。
私が、探究学習に興味関心を持つのは、一連の活動が、国語力をつけるためな実技経験になるからだ。問いをたて、見通しをたて、調査し、資料を集め、情報を整理し、論証しながら、自分の考えをレポート論文にまとめる。さらに、それを口頭でみなにわかりやすく発表する。この経験は高校卒業後も生きると思う。
国語の授業を生徒がいきいき参加し、その後の生活にも生きる実技教科にしていきたい。
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by nokogirisou | 2012-10-21 07:10 | 日々のいろいろ

精神科医服部祥子さんの講演会

 10月6日長岡市三島支所の主催の服部祥子さんの講演会に参加した。

 乳児期のふれあいから思春期の性の目覚めまで、子どもの精神
の発達には一定のみちすじがあるという。これは今も昔も変わらない
ものだ。親はそのみちすじを知って、見守り、しっかり子どもの自立
を導いていかねばならないという。
 特に大切なのは、幼児期だそうだ。この子どもの時間に大切なのは
「生きる火種」を灯すことだ。子ども時代は自然にたっぷり接し、たく
さん体験することが大事なのだ。本との出逢いの重要視にもふれられて
いた。私たちはそのことを忘れてはならない。
 思春期は、自分の中の生きる火種に気づいて、それを底力にして
自分を発見していく時代だそうだ。ここからは親は干渉したり、手出し
するのでなく、子どもを独り立ちさせていかねばならない。
 
 以上は時代を超えて変わらないことだが、変わっていることもある。
その一つは子どもと大人の境界が消滅しつつあるということだ。子育て
の環境が変わり、インターネット等の普及による対人関係が変容したこ
とによって、子ども期が消滅しつつあるからだ。
 また家族が変容し、核家族化、小家族化、少子家族化し、仕事集団
だった家族が感情集団に変わってしまったことも現代社会の家族の特徴
だ。
 この困難な時代にすこやかな子育ちをすすめていくために服部先生
は二つの提案をされていた。
 1 親も子も体験を豊かにすること
 2 家庭をひらかれたものにし、新しいヒューマンネットワークを
   つくること
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by nokogirisou | 2012-10-07 22:15 | 日々のいろいろ

教育相談研修「不登校を予防する」

 新潟市教育相談センターからN指導主事をお招きしての研修会
に参加した。
 不登校の生徒数、ひきこもり者数、20代ワーキングプア数など
出される数値に驚きながら、日本の抱える問題の深刻さを感じた。
 とにかく昨今の子どもをとりまく状況はこの20年でさらに様
変わりしている。家庭も地域も学校も日本社会も子どもたちにと
っていい状況でなくストレスになっている。したがって発達の積み
残しを持ったまま次の段階に進むので、おそろしくレディネスが低
いのだという。小学生は幼稚園児化し、中学生は小学生化する。
高校生が中学生化し、大学生が高校生化している。

 子どもは発達段階を飛び越して先に進めないので
サポートが必要なのだが、それが十分でないために、
 1 人間関係を作る力の低下
 2 耐性の低下
 3 規範意識の低下
 4 自己肯定感の低下
という状況になる。私たちにできることは子どもたちつ人間関係
という「場」の創造と育ちを支えるサポート体制の再構築だという。
 とにかく「最近の子どもは…」と嘆いたり「鍛え方が足りないのだ
から」と厳しくたりするのは意味がない。

 今日いただいたヒントの一つはピアサポートという方法だ。
人間関係に傷ついて不登校になった場合、その傷を癒すのはやはり仲間
なのだそうだ。教員、専門家が手をさしのべる前に仲間のサポートが有効。
 
 もう一つ大切な話題があった。学力のお話だ。
私たちは概して学力低下は「ゆとり教育」のせいだと考えがちだ。
しかし問題なのは、知力の低下でなく、は学ぶ意欲の低下なのであった。
これは学力向上の欲求の前の安心安全、交流、承認欲求の充足が満たさ
れていないがために起きている現象だという。人間関係を構築していく
力、パーソナリティが育っていないと学習意欲もわかないのである。

 また社会でも求められているこれからの学力は「協同的問題解決能力」
だという。知識は一斉に注入されるものではなく、知識は仲間で想像して
いく時代なのだ。この話に私は納得できた。ますます人間関係の結び方が
鍵になる。
 今、普通高校でこの力をつけているのは体育、家庭科、芸術の実技科目
だと思う。それから学校行事だ。受験に必要な主要科目が知識を覚えたり
答えのある問題を効率よく解答することに腐心している一方で、実技科目
は、仲間と関わらざるをえない場面が多い。仲間と相談しながら作業しな
ければならない。話し合って問題解決しなければ先へ進まない。したがっ
てこれらの科目は生徒たちにとってとても重要なのだ。一方で主要教科も
また、問題解決型の学びをとりいれた授業を構築していくべきなのだろう。

 世の中はどんどん変化している。自分たちの子ども時代と今の子ども
たちのいる世界はまったく異なる。とにかく目の前の子どもたちをよく
見ることがすべてのスタートになると思う。何もかもすぐに効果の出る
薬はない。1人でかかえこまずにチームで焦らず問題に向かっていくこ
とが抜け出す一番の近道なのだろう。
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by nokogirisou | 2012-10-03 22:30 | 日々のいろいろ