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『舟を編む』をレイトショーで観る

 石井裕也監督の『舟を編む』を観た。
原作に忠実に作ることで成功している映画だと思った。
舞台は1995年から2010年。15年の人と、ものの変
化が、とても丁寧に描きこまれている。たとえばパソコン、
たとえば携帯電話。飲食店の雰囲気。家財道具。人の服装
髪型、表情まで。1995年の世界はとても懐かしかった。
 玄武書房の辞書編纂部の雰囲気が私のイメージする
出版社の辞書編集部そのものだった。カードに用例を
書き込む加藤剛が扮する監修者松本の姿は、私のかつての
恩師とも重なる。言葉へのこだわりなくて辞書は編めない。
 言葉のプロとは何か。少なくとも、辞書編集部に異動し
てきた馬締光也は、言葉を愛し、言葉を説明しようとする
プロだった。たとえコミュニケーションが苦手であっても。
その彼も個性的な編集者や、下宿屋のタケや香具矢とかか
わりながら、コニュニケーション能力をあげていく。
 辞書づくりの苦労は、何度となく聞かされてきた。私
の学生時代がちょうど中型国語辞典出版の最盛期で、無理
をして買って眺めていた。紙の辞書への愛着が忘れられない
世代である。あの紙のぬめり感というのもよくわかる。

 辞書編纂の苦労がリアルに表現される一方、この映画の
魅力は、馬締と香具矢の夫婦愛の描かれ方だ。互いをずっと
大事にし、それぞれが自分の仕事を大事にする姿は、理想でも
ある。
 互いが互いの仕事ぶりに敬意を抱いているところがいい。
うそっぽくない夫婦の感じを松田龍平と宮崎あおいが
うまく演じていた。
 また加藤剛演じる松本先生と八千草薫が演じる妻との夫婦愛
もとても丁寧にリアルに表現されていた。役者はすごい。
 見に行ってよかったと思える映画だった。
 
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by nokogirisou | 2013-04-29 01:05 | 映画

ラ・フォル・ジュルネ新潟2013

 今年もラ・フォル・ジュルネ新潟に行ってきた。
正直にいうと今年は、新潟ゆかりの出演者が少なか
ったことが寂しく、残念だった。また私の興味関心
をいただいている演奏者や演奏団体が少なく、例年
より食指が動かなかった。けれども、今日聴いた
演奏は予想以上にすばらしく、先入観なくいろいろ
聴いてみるべきだと思った。
 テーマはモーツァルト。
 私が今回聴きに行ったのは公演番号241。
レジス・パスキエのヴァイオリン、リディア・
ビジャークのピアノによる、ヴァイオリンソナタ
第28番。これは、私の大好きな曲である。
クララ・ハスキルのピアノとグリューミオーの
ヴァイオリンのCDを何度も聞いてきた。シンプルな
構成なのだが、1楽章も2楽章も哀愁ただよう美しい
旋律。ピアノもヴァイオリンもよく歌っていた。
 そして、その二人に新潟市出身のチェロの横坂源
が加わり、ピアノ三重奏曲第5番の演奏。
 昨年の力強いソロの演奏もすばらしかったが、室
内楽の横坂は大変繊細で、調和を大事にしていた。
プロとしての品格を感じる演奏で聴きほれた。もっと
聴いていたい、と切に思った演奏だった。横坂のチェロ
の音色に心惹かれるひとときだった。
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by nokogirisou | 2013-04-28 02:23 | 音楽

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹

 ネタバレなしで。
 今日、読み終わった。
 不思議なタイトルと表紙には、私をひきつける力
があった。
 いろいろな人が様々な批評を書いていくのだろうが
私にとっては、この小説の中に「救い」があり、重要
な台詞があり、2つの大きな謎が残った。
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by nokogirisou | 2013-04-28 02:01 | 本と図書館

ふるさとの春

 雨の風も強い日だった。突然電話が鳴った。父の旧友が入院し
ており、残りの命が短いという知らせだった。
 父の友人の中でももっともつきあいの長い、親しい友だ。私も
小さいときにかわいがってもらった事を覚えている。父は、見舞
いに行きたそうだったが、高齢のため新潟から高田まで一人で行
くことは無理だとあきらめていた。思い切って私が車を運転する
から、一緒に高田の病院に行こうと誘ってみた。
 強風の中、高速道路を軽自動車を運転する。ハンドルがとられ
て何度も怖い思いをした。しかし、目の前に妙高山の神々しい
姿を見たとき、やっぱり来てよかったと思った。上越についた
頃は、雨がやみ、日差しが出ていた。くっきりと妙高山にはね馬
が浮かび上がっていた。ふるさとの山はやはりありがたいものだ。

 父の旧友の入院する病院は、なかなかきれいで、家庭的な印象
をうけた。看護師が「薬で、休んでおられますが、声はよく聞こ
えるので声をかけてください」と言う。しかし病室に入ると父の
旧友は起きていて表情がぱっと変わった。父のことがわかるのだ。
何かしきりにしゃべろうとしているが、何を言いたいのかわから
ない。でも目をしっかり見て、見舞いにきたことを喜んでいるこ
とが私にもわかる。やはり今日きてよかった。
 そうこうしているうちに、ほかにも父の同級生や知人だちが
見舞いにやってきた。みな奥さんから知らせを受けた人たちだ。
 人はみなこうやって年を重ね、弱って、順番に亡くなっていく
のだ。どうしようもないことだ。しかし痛みを軽くしてもらい、
最期に会いたい人たちに会って、自然に自然にろうそくの火が消
えるように死んでいくのであれば、それは悪くない。
 
 病院から出ると、近くの中学校の桜が咲きかけていた。観桜会
が始まったところだ。高田公園を通って帰ることにする。
 高田の桜は三分から五分咲きというところだろうか。あんなに
風に吹かれたのに、花はしっかり咲いていた。ちょうど天気が
回復し、多くの人々が花見をしていた。気がつけば高田の桜を見
るのは20年ぶりくらいだ。すっかり高田は遠いふるさとになっ
てしまったが、やはりなつかしい町である。
 こうして私たちは新潟にとんぼ帰りをした。
 思いがけず、ふるさとの春をあじわう機会を得たことをありが
たく思う。

 
  
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by nokogirisou | 2013-04-07 21:31 | 日々のいろいろ