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八一の歌

  弓の歌を探していたら、八一の歌に出会った。


  みとらし の あづさ の まゆみ つる はけて 
                 ひきて かへらぬ いにしへ あはれ


              (みとらしの梓の真弓弦はけて引きて帰らぬいにしへあはれ)

  あらためて八一の奈良の歌をよみかえすと
  そのすごさに圧倒される。
  ひらがなの力も。
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by nokogirisou | 2013-06-23 03:16 | 日々のいろいろ

李徴の相手


『山月記』は名作だ。

「笑ってくれ」と李徴がいうとき、本当にわらってほしい
わけでない。
 李徴は自分の不運と、無能を嘆く。
 けれども自分の生き方を変えようとか、さらに努力しようとは
 しない。
 そんなことができたら虎になんかならない。
 しかも、本当に自分を無能だなどとは思っていない。
 
 李徴は、実はあちこちにいる。我が家にもいる。
 どうもスランプで、うまくいかないことを嘆いてばかりいる。
 
 李徴の嘆き、李徴の愚痴にどうやってつきあったらよいのか。

「『そんなことないよ。だいじょうぶだよ。あなたはできるよ』
と言い続けてあげればいいんだよ。」

「『なんでやらないの。動き出さないの?』なんていうのは最悪だよ」
 
と頭ではわかっている。
わかっているのに、上手に李徴の相手をすることができない。
ついつい言いたいことを言って虎を怒らせてしまう…

虎の相手より、短気な自分の扱いにエネルギーを使うべきか。
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by nokogirisou | 2013-06-18 21:17 | 日々のいろいろ

『新編宮沢賢治詩集』新潮文庫

 ひさしぶりに賢治の詩を読んだ。
手元にあるのは、草野心平編。活字は小さく、学生時代の
メモが書き込まれている。やはり「永訣の朝」「松の針」
「無声慟哭」に何度も読んだあとがあった。

 若かったからね。

 しかし、今回図書館にいれたのは、表紙は同じなのだ
が「新編」となっていて、天沢退二郎編だった。活字も
大きくて読みやすい。解説も詳細。天沢らしい。
 
 「春と修羅」を読みながら、「心象スケッチ」と賢治
が呼んだことを納得する。詩を読んでいるというより、
賢治の心を通して、岩手の風景を、賢治のまわりの人々
を眺めているような気持ちになる。

 以前気になった、科学や宗教やその他の専門用語は
今回あまり気にならず、詩の中にしっくりおさまっている
気がした。
 
 詩を読むとはどういうことなんだろう。
 わたしは、いつも言葉の二重の意味をもとめている。
 そして、どちらかというと何か人生の意味のようなもの
 をよみとろうとしているふしがある。
 それは、私自身が詩をつくるとき、生きている上での喜び
 や、どうしようもない絶望感を感じるときだからか。
 
 もちろん
 面倒なことは考えずに、すなおに純粋に作者の言葉の海に
 浸って楽しむ詩集もあるように思う。
 また、最初はまるで自分の中に入ってこなくて、異化に
 苦しむ詩集もあるように思う。

 今回、『新編宮沢賢治詩集』を図書館にいれることになった
 のは、何かの偶然か運命か。
 自分の不器用さを思い知る機会にもなった。 
 
 
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by nokogirisou | 2013-06-16 16:58 | 日々のいろいろ

「怒りを遷さず」

  弓道部での時間が大事なものになっている。
  私自身、弓は引かないのだが。
  
  指導に来られるH先生が、「怒りを遷さず」という言葉を
  弓道場のホワイトボードに書き残して行かれた。
  論語の一節だ。愛弟子顔淵の姿勢である。
  
  「試合本番で、たとえ思うようにいかなくても決して
  人にあたり散らしたり、不機嫌になってはいけない」
  とH先生はいう。

  「もちろん、日常生活においても同様です」
  私の中で平板な一節だった論語のことばが、立体に
  なって、迫ってきた瞬間だった。
     
  それにしても、日常生活の中で自分のうまくいかないことを
  自分の疲れたことを、他人にぶつけ、不機嫌になることが
  いかに多いことか。

  
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by nokogirisou | 2013-06-12 01:51 | 日々のいろいろ

毎日毎日

新しい職場に移って
毎日が新鮮で
書き留めておきたい風景や
こころに刻みたい出会いや
胸が高鳴る出来事がたくさんあるのだが
どこに書き込むゆとりもなく
毎日が進んでいく。
ときどき胸のいたむこともノイズのようにある。
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by nokogirisou | 2013-06-09 20:23 | 日々のいろいろ