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『ギルバード・グレイプ』

 アメリカの映画の中で最も好きなもののひとつ。
ラッセ・ハルストラム監督の1993年の作品『ギルバード・グレイプ』
を久しぶりに見た。
 ジョニー・デップ扮するギルバードがなぜ魅力的なのか。
自分の夢がわからず、野心をもたず人妻と不倫をする若者。
知的障害を持つ弟のアーニーの世話と、父の自殺後過食症となり
肥満化してしまった母を見守ることに追われ、アイオワの町から
出ていけない男。状況だけ見れば少しもぱっとしないのに、観る
者はどうして彼を愛さずにはいられないのか。
 
 それはギルバードが愛を拒絶しないからだ。 
 面倒な愛、重苦しい愛、はかない愛。投げかけられる様々な愛
を拒まない。そして去る者は追わない。
 彼は、障害を持つ弟のアーニーも肥満で町の人に笑い者にされ
ることを恐れる母をも受け入れ、愛している。

 私たちも、なかなか人生思うようにはいかない。
 自由に行きたいところに行き、生きたいように生きられる人は
限られている。自分の運命はある程度受け入れねばならない。
だからこそ、ギルバードに共感してしまうのだろう。

  そういう彼をまるごと受け入れ愛するのが旅の女性、ベッキー
 だ。彼女はみんなが手を焼くアーニーをも自然に受け入れ大事
 にする。
 この映画では、もう一人、アーニーを演じるレオナルド・デカプリオ
からも目が離せない。迫真の演技だ。

 結末には予感がある。新鮮な世界への旅立ちの予感。だからこそこの
映画が好きなのだろう。
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by nokogirisou | 2014-07-27 23:07 | 映画

10周年

 気が付いたら、「右腕を鍛えたい」を書き始めてから10年がたっていた。
 よく日記なんて公開しているね、と言われるが、blogだったから10年も
続いたのだと思う。自分の手帳だけの日記だったらそうは続かない。

この間は激動だった。
 変化も大きい。
 勤務地が2度変わった。
 「虫」「星」「魚」そしてテニスの話題が多かった初期。
今は、音楽と図書館の話題が中心になった。読書の記録も
追い付かなくなって、読みっぱなしで記録を忘れることもしばしば。
未だに「明治」という時代が気になっている。あれこれ読みっぱなし。

 生きている書き手で、新著をおいかけているのは
 村上春樹
 石原千秋
 関川夏央
 上野千鶴子 
 三浦しをん
 原田マハ
 
 ときどき鎌田實、村山由佳。

 魚は、長生きの金魚がいまだ元気だが、グッピーたちはみないなくなった。
水槽の掃除は定期的に続けている。
 クワガタは数年前から幼虫を育てなくなった。置く場所と世話をする
時間がなくなったことによる。
 
  
 
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by nokogirisou | 2014-07-27 22:45 | 日々のいろいろ

ベルリン・フィル12人のチェリストたち

 7月8日はりゅうーとぴあコンサートホールに「ベルリン・フィル
12人のチェリストたち」の演奏会を聴きに行った。いつものオルガン側
のp席だ。チェリストたちを見下ろす感じになる。
 
 パート1とパート2ではずいぶん団員の雰囲気が変わった。
いずれも編曲がすばらしく、室内楽の楽しみを満喫できた。次々と
主題を受け継いでいくのが視覚的にも確認できて、チェロの対話を眺めて
いるような楽しさだった。チェロだけの合奏でこんなに豊かな音色とリズム
を味わえるのはやはり感動的である。プログラムは次のようになっていた。 

パート1
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲 第6番 変ロ長調 BWV1051
R.シューマン:森の情景 作品82 より
森の入口/茂みの中で獲物を狙う狩人/孤独な花/気味の悪い場所/狩の歌/別れ

パート2
三枝成彰:レクイエム
J.ウィリアムス:映画『シンドラーのリスト』より "メインテーマ"
M.ルグラン:映画『華麗なる賭け』より "風のささやき"
A.ピアソラ:カランブレ
C.グランダ:肉桂の花
A.ピアソラ:カリエンテ
B.ハーマン:映画『めまい』より"ラブ・シーン"
G.シアリング:バードランドの子守唄
T.ギルキソン:映画『ジャングル・ブック』より "ベア・ネセシティーズ

 私が特に新鮮に印象的に、わくわくして耳を傾けたのじゃ、シューマンの
「森の情景」と三枝成彰の「レクイエム」そしてピアソラの「カランブレ」だ。
 引きこまれた。
              
 アンコールは3曲もやってくれた。

 リンデマン 「ボサ・ノヴァ」12人のためのブラジル風変奏曲
 マンシーニ 「ピンクパンサーのテーマ」
 瀧廉太郎 作曲 三枝成彰編曲「荒城の月」

 スタンディングオベーションやブラボーの嵐だった。
 メンバーの方たちも舞台で日本語を話してくれたり、手を振って
 くれたりと大サービスであった。
 
 
 
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by nokogirisou | 2014-07-09 00:07 | 音楽

学校図書館悲観論

 学校図書館をめぐる歴史は長い。私たちは、長い時間をかけ
て明るくて、本がたくさんあって、司書がいて、本を読むのが
大好きな子どもたちがたくさんいる図書館をめざし、それらを
手に入れてきたつもりだった。
 しかし、今、このままでは学校図書館は消えてゆくだろう。
少なくとも、地方の高校の図書館は、何か別の場所になってし
まうのではないかという危機感と恐怖感を抱いている。

 理由の一つ目。今は電子書籍、ICT教育の時代だから、
紙の本にこだわった図書館の利用価値はないと考える人が
増えているからだ。
(しかし本当にそうだろうか。家庭で紙の本に接する生徒
たちが少なくなるのだったら、なおさら紙の本を読めたり
紙の参考図書で調べ学習ができる図書館は貴重になると思
うのだが)ICT化やデジタル化に追い付かない学校図書
館は取り残されるだろうと言われている。

 理由の二つ目。上記の問題とも関連するのだが、活発に
利用されていない学校図書館が多いからだ。中高生の図書
館での貸し出し冊数は減っている。7割8割の中高校生が
借りていないというデータもある。スマホやタブレットや
ゲームに費やす時間が長く、紙の本を借りて本を読む時間
がないのかもしれないし、教員が学校図書館を使いこなせ
ていないのかもしれない。図書館は自習室と化して、読書
の場、探究学習の場となりえていない。学校図書館を活用
しているのはほんの一部の教員と司書のようだ。
 「本なんか読まなくても生きていける」という教員もいる。
しかし、現状よりよりよい生き方、より豊かな人生を目指すの
が教育現場ではないのか。そして書物を読める人に育てていく
のがそもそもの学校の使命ではなかったのか。
 このように少数の読書好きの教師と生徒しか利用しない図書
館には今後予算は回せないだろうと言われている。予算がつか
ない、魅力的な資料を集められない、なおさら人が寄ってこな
いという悪循環が予想される。

 そして、読書のできない高校生が確実に増えているという。
一冊まるごと本を読んだことがないと豪語する生徒たちの
なんと多いことか。集中的ない、読んでも理解できない生徒
たちも増えている。こういう生徒たちが、タブレットや電子
書籍の文章なら読めるのだろうか。私はとてもそうは思えな
いのだが。

 小学校では、図書館を活用した授業が多い。本を読むのが
好きな児童も多いという。それなのに、彼ら彼女らはいつの
間に読めなくなってしまうのか。読まなくなってしまうのか。
絵本から読みものへ、そして小説、さまざまなジャンルの本
への移行がうまくいっていないのではないか。

 私は、学校図書館にしがみつくつもりはない。初めに図書館
ありきでもないと思っているが、たくさんの資料を苦労して
探したり、読んだり考えたりしない学校に、未来は見いだせ
ないのだ。学校図書館や紙の本を安易に無駄だ・不要だ・時代
遅れだと口にする人に図書館に替わる知的成長の場を提供でき
るとは信じられないのだ。

 今日は、本当は高校の学校図書館に携わる人たちの前向きな
会議のはずだったが、学校図書館に対するネガティブな意見を
ずっと聞きながら、本当に滅入ってしまった。

 
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by nokogirisou | 2014-07-01 21:45 | 本と図書館