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高倉健と會津八一

NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」
「高倉健という生き方」を見た。
自分でもどうしてこんなに高倉健が気に
なるのか不思議であるが見始めたらテレ
ビの前から動けなくなっていた。

 昨日観た映画「あなたへ」の撮影
裏話、共演者とのかかわり、ロケ地で
の地元の人たちとのかかわりを見聞き
しながら、映画の深い行間の読み方の
必要性を感じた。映画はやはり芝居と
は異なる。一回性とリアリティの追究。

 高倉健は台本を入れたファイルの
うしろに會津八一の歌を書いて貼って
いた。

あめつち に われ ひとり ゐて
 たつ ごとき
 この さびしさ きみはほほゑむ

これは八一が法隆寺の夢殿の救世観音
にささげた歌だ。
 
この歌に感銘をうけ、いつもこの歌を
眺めていたという高倉健の孤独を思った。

その人間が一番現れるのは
「日常生活」だと高倉健が言っていた。
やはり一日一日を丁寧に生きたい。
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by nokogirisou | 2014-11-24 10:16 | 映画

高倉健さん

 俳優の高倉健さんが亡くなったニュースは感慨
深かった。すでに亡くなって一週間が経過していた。
 私自身は高倉健の映画の熱烈なファンではなかった
が役者として彼はすっと気になる存在であった。
 その理由の一つがプロ意識がとても高い人だった
からだ。それはインタビューからも作品そのものから
も感じた。

 春に亡くなった義父は晩年に高倉健の映画を見たがり
私は、ビデオ屋を回ったり、DVD化された作品を
購入したりして父に映画を届けたことがあった。
なぜ今高倉健なのだろうと不思議だった。

 友人が映画「あなたへ」を見て、思うところがあって
竹田城を旅していた。人を旅にかきたてる映画に興味を
持った。竹田城が天空の城だと知って自分も行きたくな
った。

 職場出入りの書店員さんは高倉健が好きで、あるとき
「高倉健さんがお好きなんだそうです」と會津八一の歌
のメモを持ってきてくれたことがあった。座右の銘に
八一の歌とはおどろいた。 

 そんな小さな偶然が重なって、高倉健は心のどこかで
気になる存在になったのかもしれない。

23日日曜ロードショーで映画『あなたへ』を見た。寓意
やなぞがしかけられた、心の旅をする男の映画だった。
登場人物の魅力と登場人物たちの偶然と無骨な交流にひか
れていった。
 
 しかし最後までこの夫婦の愛の在り方は私にとっては
なぞであった。しかし、こういう夫婦の在り方もあるの
だろう。「さようなら」の意味が私には違う意味におも
われてならいのだが…。
 とにかく映画を愛した高倉健の最後となる205本め
の映画作品だった。
 
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by nokogirisou | 2014-11-24 00:56 | 映画

小野田正利先生の講演会

演題は「子どものために手をつなぐ
~あらためて保護者と学校の関係づくりを考えて」
だった。
 長岡市三島地区でひらかれた小野田正利先生の
講演会を聴いてきた。
 小野田先生は、「モンスターペアレント」という
言葉を使わない。モンスターと言った瞬間に見えな
くなってしまうもの、きこえなくなってしまうもの
があるからだ。
親のイチャモンを教師がどう受けとめるか、どう聴
くかがとても重要になる。
 保護者と教師との間のごたごたは、「教師の理屈
と親の思い」ずれから生じていることが多いからだ。

 小野田先生は昨今の日本の状況をつぶさに観察し
ている。日本人は「待つ」ということと「他人にも
事情がある」という寛容性をいだくことができなく
なっている。そしてクレーム社会になってしまった。
いつのまに、こんなに満足基準、期待水準が高くな
ってしまったのだろうか。そのせいで、いたるところ
に予防線を張る現象が生まれてしまった。あらかじめ
つっこまれないように言い訳じみたことを言ったり、
書いたりする現象だ。
 小野田先生はこういう社会の中で、教育が「商品化」
されることを心配しておられた。
 教育とは子どもを自立させ自信をつけさせていく
ことだ。子どものすることには「わけがある」という
ことを前提に周囲の大人は見守り、関わっていかねば
ならない。教育はビジネスや商品化や即効性にはなじ
まない。他人の子も自分の子も大切に幸せにしていく
のが子育ての原点なのだ。
 
 小野田先生のお話を聴いていて、大人が本質を見抜
く力を失ってはいけないと改めて思った。現象や、
社会や政府の要求にふりまわされてはならない。
すべては人と人の関わりから始まる。 
 
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by nokogirisou | 2014-11-16 01:05 | 日々のいろいろ

10年ひとむかし

 ほそぼそと続けているいくつかの会がある。
朝の読書実践研究会もしかり、アニマシオン研究会しかり、
国際啄木学会しかり。その他もろもろ。興味を持って参加した
くせに何度もやめたくなった。しかしやめられなくて続けている
自主的な勉強会。ただ体だけ、参加しているだけの会もある。

 国際啄木学会例会は1年に1度しか会合がなく、1年に1度
しか会員に会わない。今日その例会があった。ついこの間、みな
さんにお会いしたような気がするのだが、確実に1年以上経過して
いた。最初の頃は場違いのような気がして、なんで自分はここにいる
のだろうと思っていたが、いつの間にかたいして勉強もしないくせに、
図々しく、会のあとの食事会を楽しみにするようになっていた。いつ
までたっても初心者のような質問をしている。
 それにしても1年のなんと早いことか。気が付くともうこの会には
20年以上お世話になっていた。その間に互いに年をとった。
新しい人が入らないまま、会員は一人二人と減っている。
 今日は本当にタイムマシンにのってきたような錯覚を覚えた。
20年前のことが昨日のようなのだが、昨年のこと、一昨年のことも
しっかり覚えているふしぎな感じ。
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by nokogirisou | 2014-11-15 20:21 | 日々のいろいろ