新しい学習指導要領になって、一番の変化が求められているのは、国語だよ、と言われている。
本当だろうか。さてどう変化すればよいのか。
『高校の国語授業はこう変わる』(大滝一登、髙木展郎編著 三省堂)を読み進めながら、考えたい。

これまでの高等学校の国語教育では、たしかに教材の正確な読み取りが中心に行われてきた。その方法は訓詁注釈的で、学年や学校で共通の方法と考査で管理されてきた。知識とスキルの定着が何よりも求められた。なかなか教師個人で好きなように 授業ができなかったのが現状だ。また、教材ありきで、定番教材があり、教材を教えることが、国語の授業だった。
これからは、資質、能力ベースの単元構想が必須になり、分野を越えて題材を組み合わせたり、同一分野で複数の題材を組み合わせて授業していくことが求められる。授業のデザインを授業者が主体的に行わねばならないし、参加すり生徒たちが主体的、対話的に学べ授業にしなければならない。これは結構ハードルが高い。
評価もこれまでのような設問形式の考査だけでは行われなくなるだろう。レポートなどの成果物、発表などのパフォーマンスの評価が必要になる。そこでまた、客観的な評価をどうするべきかという議論が起きることがだろう。




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# by nokogirisou | 2018-09-17 20:02 | 本と図書館

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プログラム
Ⅰ 混声合唱による「日本抒情歌曲集」より
     1 浜辺の歌
     2 箱根八里
     3 待ちぼうけ
     4 野の羊
     5 早春賦
Ⅱ ピアノ 合唱 管弦楽のための「合唱幻想曲」ベートーヴェン
    
Ⅲ レクイエム フォーレ
   
   Ⅰは、おなじみの日本歌曲なのだが、林光が混声合唱に編曲し
   ているところに関心を持つ。
   ピアノが伴奏ではなく、協奏曲的で、聴きどころ、見所がある。
   Ⅱはとてもめずらしい編成で、最初はピアノの独奏で始まり、
    やがて管弦楽が入って協奏曲のようになり、やがて合唱が入
    ってくる。それが第9の「歓喜の歌」の旋律に似ている。
   Ⅲは出演者の気迫を感じた。フォーレは「死は苦しみというより、
    むしろ永遠の至福の喜び
   に満ちた解放感」と言っているそうだが、聴くものに解放感を与
   えてくれる曲だ。
   ソプラノの鈴木愛美さん、バリトンの野淵雅史さんがすばらしい
   ソロを聴かせてくれた。

  大変気になったのは、会場に集まってくる聴衆が平均65歳を超える
  のはないかと思われるほど高齢化していることだ。今、クラシック音楽
  を楽しんでいるベビーブーマーの世代がいなくなったら、クラシックの
  コンサート会場はガラガラになってしまうのではないかと危惧する。
   
   


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# by nokogirisou | 2018-09-09 21:17 | 音楽

blogを書き続けること

 細々と書き続けてきたが、気がつくともうだいぶ年月が経過
していた。今、私は金魚とタナゴを水槽で飼っているけれども
かつて飼っていたグッピーもクワガタもいなくなってしまった。
 いろいろな事情や流れから、山崎まさよしはすっかり聴かなく
なってしまった。親しくしていたブロガーの何人かの方がblogを
閉めてしまわれた。これはとてもさびしいことだった。どうか
世界のどこかで元気ですごされていることを祈るばかり。
 この7年、続けてきたのはテニスと図書館との関わりとクラシ
ック音楽を聴くことと村上春樹を読むことだった。断続的にある
時期やるのは啄木の歌を読むこと。マイナーだな。
好きなこと、無理しないことしか続かない。イベントがあっても
演奏会があっても、本当に心の底から気になるもの、求めるもの
しか行かなくなった。そんなものか。
 それにしても時間の流れは速くて速くておどろくばかりだ。
2001年が10年前だということが驚きだ。あの9月11日の同時
多発テロがついこの間のことのように思うのに。
変わるものと変わらないなもの。これからどうしていくべきか。

 
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# by nokogirisou | 2011-09-11 08:29 | 日々のいろいろ

 
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 司書のKさんがfacebookで紹介していたので、手に取った。
これまた一気に読んだ。小説を一気読みは久しぶりだ。三浦
しをんという作家の筆力もまたなかなかだ。読ませる。
 この本は読みながら、思わず声を出して笑ってしまう。人前
では読めない。
 私は、中島梓の闘病記を読んでいるときに初めて「やおい」
という言葉を知った。それまで知らなかった物知らずである。
中島梓が「もっとやおい書きたい」と書いていたので、思わず
調べて、おどいた言葉である。「腐女子」という言葉もその時
知った。その学習がとても生きる読書となった。
 主人公川田幸代は腐女子である。これがなかなかかっこいい。
彼女はオタクなのだ。オタクの生態に俄然興味がわいた。オタク
の世界と社史編纂室が関係が絶妙である。そして幸代と恋人の
洋平との関係もなかなかいい。
 はじめは、まったり、ゆるゆる、情けない職場である星間商事
株式会社社史編纂室が、なんと裏社史を書くために一致団結し、
緊張感あふれて楽しい職場になっていくのである。(しかしこんな
ふうに書いてしまっては身も蓋もないか。)
 この小説のおもしろさは、星間商事の過去の秘密が明らかになっ
ていくことでもあるが、それ以上に登場人物ひとりひとりがとても
リアルに存在を持って書かれているところが魅力だ。まるで彼らが
実在して本当に動いているかのように思われる書き方だ。また幸代の
心のうちもなんだけ手にとるようにわかる。そして登場人物みなが、
この小説の中で、ある種の変化を遂げていくのである。
 読後感は爽快。読書は楽しい。
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# by nokogirisou | 2011-09-10 09:09 | 本と図書館

 
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 すでに話題になっている本だが、私も書評を読んで、この本に吸い
寄せられた。
手にとって一気に読む。26歳の大学院生の運命と表現力に圧倒させら
れてしまった。福島から上智大学のフランス語科に行き、そこでビルマ
(ミャンマー)の難民問題に出会って、軍事政権と闘い、難民を救うた
めに多忙、過激な日々を送った著者が、どういう具合か自己免疫疾患の
難病にかかって医療難民となる。(ビルマの難民問題にこんな風に関わ
っている人たちがいるということを知ったこともかなりショックだった
のだが)病気というのはまったく理不尽なものである。有能で活動的な
若い女子が病気になる。彼女の生活と夢はすべてストップする。その状
況での困ったぶりが、本当になまなましく、他人事でなくリアルに描
かれる。しかしその目が客観的なので、読者はある意味救われる。見方
が分析的で、書き方がうまくて読ませる。彼女個人に対する同情や哀れ
みでなく、社会問題として「こまった状況」(いつか自分のなりうる困
った状況)をどう打開していったらよいのか真剣に考えさせられる。困
ってる人は彼女だけではないのだ。
この本を読んで痛いなと思ったのは、信頼関係にあったクマ先生との
間に溝ができたところと、これまで懸命に支えてくれた友達が、支える
ことが負担になっていると告げにくるところだ。人はとことん甘えること、
赦されることはないのだろうかと思ってしまう。
 健康でゆとりのあるときは、気遣いも気配りも自立もできる。けれども
本当に困ってしまって人に頼るしかない、わがまま言うしかないときに、
そんな余裕はない。相手から切られてしまうときのショックはいかばかり
かと思う。
他人に全面的に頼られるときの重さもわかる。自分自身が疲れてしまう
のもわかる。でもそこで最後のぎりぎりのところで、人を切りたくない。
そこまで自分を追い詰めたくないものだと思う。
 救いとなったのは、最後の方の淡い恋愛談。難病の彼の誠心誠意のふる
まいにほっとする。やはり愛が必要なんだ。人が生きていくには。
 著者がこれから病気とうまくつきあいながら、絶望せずに、発言を続け
ていくことを祈っている。
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# by nokogirisou | 2011-09-08 21:26 | 本と図書館


 東日本大震災復興支援イベントが、新潟、それも松浜で行われる
と聞いて行ってきた。
 http://www.city.niigata.jp/kouminkan/kita/PDF/artfesta.pdf
 
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 新潟在住の私がこのことを全く知らず、東京の知人から教えて
もらった。
 松浜という土地は、私にとって未知の土地であった。ここ出身の
友人、知人はいるのだが、足をふみいれたことがない。車で通り抜け
るだけの土地だった。けれども気になる土地であった。
 
 このイベントは「土と水の芸術祭」のプレイベントであり、主催
は新潟市北区公民館と水と土の芸術祭実行委員会となっている。
今日は初日ということもあり、まだまだ訪れている人は少なかった
が、私と同じように「アート巡りマップ」を手にうろうろしている
人がいた。
 コンセプトとしては角田の「ハマメグリ」に似ているが、今回は
新潟県内のアーティストの屋内外の作品展示とチャリティー作品
販売、復興シンポジウムがメインで、食品販売や食事どころはない。

 初めて松浜本町を歩いてみると、とにかくおもしろかった。ここは
昭和の雰囲気が残っている。タイムスリップしたみたいだ。空き店舗
やガレージ、空き地などにアートが展示されている。魚屋と菓子屋と
割烹の多い町だと思った。「廃業しました」「移転しました」などと
いうさびしい看板もあちこちにあるのだが、それでもなんだか商店街
は味があり、暖かみがある。ふと後ろをふりかえると水路には小型船
がたくさん並んでいる。漁師町なのだなあと実感。
 「松浜こらぼ家」のスタッフはとても親切だったし、商店街の人々
は、道を聞けば丁寧に私に道を教えてくれた。

 松浜福祉会館には東京学芸大学附属小金井小学校の児童たちの作品
が45枚展示してあった。「元気の出る花」本当に見ていて元気の出る
花だった。一枚一枚に子どもたちの言葉が添えてある。ふしぎなご縁で
新潟に花を咲かせてくれてありがとう。

 同じ新潟でも、知らない土地がまだまだあるのだと新鮮だった。
歩いてみると本当におもしろい。旅人の気分だった。

 もっと多くの人に知ってほしいし、集まってほしいと思った。
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# by nokogirisou | 2011-09-04 23:44 | 日々のいろいろ

 
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 13時会場、13時半開演。自由席だったので12時に
会場の「りゅーとぴあ」に行ってみたら、すでにコンサ
ートホール前に20人ほど並んでいる。今回はヤマハ新
潟店設立35周年記念のリサイタルだそうだ。ヤマハ関
係者の姿が見えた。
 私は待ち時間にたまたま『神様のカルテ』を読んでい
たのだが、後ろに並ぶ60代くらいの女性たちが、この
映画のことを話題にしていた。「桜井翔くん、いい男よ
ね。」「あの映画は泣きそうだから、一人で見にいかな
いとね」「あのテーマ曲は辻井伸行さんの作曲と演奏な
のよ」と盛り上がっていた。青春まっただ中のようだ。
 ようやく開場。私はミーハーにも中央のかぶりつき。
私の隣には、白いドレスをまとった女性と、和服姿の女
性がすでに陣取っていた。たまたま一つだけ空いていた
のでラッキーだった。
 ピアノは前回の演奏会のときはスタインウェイだった
が流石に今回はヤマハである。フルコンサートグランド
ピアノCFX。なかなかいい音だった。2000万円近く
するピアノである。
 前半のプログラムは昨年、生誕100年だったショパ
ン。作られた順にくまれていて、横山氏が曲の解説をし
て弾いていく。ショパンの作曲当時の状況をわかりやす
く語ってくれた。その話しぶりは謙虚な印象を受けた。
 1バラード1番
 2ノクターン20番遺作
 3幻想即興曲
 4スケルツォ2番
 5子守歌
 6舟歌
 7ポロネーズ6番「英雄」

 後半は10年前に横山自身が作曲した「祈りのバラー
ド」でスタートした。10年前の「同時多発テロ」のこと
もふれていた。もうそんなに経つのか。
 あとはすべてリストの作品。リストは今年生誕200年。
リストの曲はmcなしで一気に弾き進められていった。

 8横山幸雄 祈りのバラード
 9伝説Ⅰ
10シューマン=リスト 献呈
11オーベルマンの谷
12超絶技巧練習曲集 4,9,10番
13ラ・カンパネラ
 アンコールは リストの「愛の夢」と
ショパンの「革命のエチュード」
 
 メリハリのある演奏だった。一つの曲の中にも
メリハリがあり、プログラムの中にもメリハリが
あった。高音がとてもよく響いていた。
曇りのない明快な音色。
ショパンのバラードと英雄ポロネーズ、
リストの伝説Ⅰとラ・カンパネラが圧巻だった。
私のとなりの女性は、感極まって涙を流していた。

 テンポが安定していて、大事な音をしっかり
鳴らしてくれるので安心感がある。さすがに超絶技
巧練習曲の後お疲れだったようで、顔は汗だくだった。
 アンコールもまたく手抜きなく弾いてくれてうれし
かった。
 やはり、最近聴いたピアノリサイタルの中では
ダントツの満足感を得られた。クリアな音と圧倒的な
ボリューム。ショパンの世界とリストの世界の弾き
分け。
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# by nokogirisou | 2011-08-28 23:01 | 音楽

情報は飛び込んでくる

 「豆煎坊」にはコンサートやリサイタルのポスターが
たくさん貼ってある。
 なにげなく眺めていて、私は横山幸雄の新潟でのピアノ
リサイタルのチラシを見つけた。え?まったくノーチェック
だったことを恥じた。ホームページを頻繁に見ていたつもり
だったが…。
 昨年の5月4日のショパンピアノソロ連続166曲コンサ
ートの模様をテレビ録画で聴いて以来だ。その後の彼の演奏
には興味があった。リサイタルは8月28日だ。まだ間に合
う。もし豆煎坊に来ていなかったら、私はこの情報をしらず
にいたかもしれない。求めていれば、必要な情報はやってくる
と私は信じている。迷わず、私は「りゅーとぴあ」にチケット
を買いに急いだ。
 ある演奏家を好きになるというのは、不思議な心理だ。
どんなにうまいと言われる演奏家にも、どんなにルックス
のいい演奏家にも全く食指が動かないこともあれば、ある日
突然夢中になることもある。たまたま、出会った演奏にそっ
こんファンになることもある。
 横山幸雄というピアニストは、私にとってまだ未知な部分
があるので、気になる。手放しでファンだとはまだいえない。
しかし、新潟にきてくれるならぜひ聴いてみたい。
 私はつぶのそろった、しかし無表情ではない、クリアな
ピアノの音が好きだ。さて、28日の演奏はどうなるのだろう。
夏の終わりで、気持ちがめいっていたが、一気にテンションが
高まる。なんと単純な私。
 
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# by nokogirisou | 2011-08-20 20:05 | 音楽

家宝と豆煎坊のデート

 今日は年の若い友人、えいさんとランチデートだった。
お互いに午前は仕事で、どたばたと1時に待ち合わせ。
なんだかんだと長いつきあいになるえいさん。働く女性
として、かっこいい人だ。彼女の話がおもしろいので、
私は、彼女と会うことが楽しみになっている。仕事関係
以外に、友人を持っていることは財産だと思う。
 まず、彼女の観察力と歯に衣きせぬ(深い思慮と遠慮
はあるが)もの言いに圧倒される。本当によく見ているし
よく考えているなと感心する。話はつきない。
 今日の彼女のコンセプトは中国だった。なぜか。中華
料理が食べたいというので、西新潟の「家宝」に行った。
女性向きのセットで、ちょっとずついろいろな中華が並ぶ。
店内は中国を感じさせる雰囲気で、ついたてでテーブルが
しきられているので、おしゃべりな私たちにはもってこい
だった。しかし残念ながら、ここは二時半に閉店。
 あわてて私がいつも珈琲を買いに行く「豆煎坊」に移動
した。昔ながらのコーヒー店だ。店内はさまざなな年代の
お客で混んでいた。
 えいさんは、たくさんある珈琲メニューの中から、迷わ
ず中国珈琲を選んだ。この店で中国珈琲を頼んだ人を私は
初めてみた。「うーん、おいしい。お茶の味に近いような」
なるほど。私は濃いウーロン茶を想像した。ちょっと違う
だろうが。私はモカ・ジャバフレンチロースト。こくがあり
深い味わい。
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# by nokogirisou | 2011-08-20 19:46 | 日々のいろいろ

今年のお盆

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 14日は墓参り後、親戚が集まって、岩室温泉にでかけた。
温泉なんてぜいたくである。職場の慰労会や送別会で、岩室温泉
を利用したことはあるが、個人で岩室温泉に遊びに来たことはない。
まして「ゆもとや」は初めてだ。なかなか立派な宿であった。玄関
の池の鯉が見事で、それだけでもわくわくした。
 ところで昼間の温泉宿はしずかで、穴場である。宿泊客は
朝のうちにチェックアウトして出かけてしまい、夕方まで館内
は昼食を食べにくるお客くらいしかいない。温泉は一族で独占
状態だった。岩室の温泉の湯はなかなかよかった。自然と一体感
を味わえる露天風呂も心地よい。こんなところでのんびりしていて
よいのだろうか…と貧乏性の私は不安になってしまった。

 お座敷でのお食事は、魚が美味だった。のどくろは脂がのっていた
し、さしみは舌の上でとろけた。鯛のしゃぶしゃぶは初めてだったが
これもいけた。次に出てきたなすとえびの揚げ物も香ばしく、どこの
産のお肉かわからなかったが牛肉はあぶらっこくなくやわらかく食べ
やすかった。つけあわせの夏野菜も歯ごたえがあってなかなかよい。
 しかし何より、白いご飯がおいしくで、ばくばく食べてしまった。
 米がおいしいことがありがたいとこのごろよく思うようになった。
 今年も新潟で無事においしいお米がたくさんできますように。 

 そのあと昼寝をして、(私はもったいなくて起きていたが…)コーヒー
をいただいて…
その後バスで自宅に帰るところが、我が親戚らしい。今回頼んだのは
宿泊客のいない時間帯に食べて風呂にはいるプランだった。 
 
 
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# by nokogirisou | 2011-08-16 22:52 | 日々のいろいろ

感じたこと・考えたことを忘れないために。