Do You Want To

 rannさんのbkogからショートショート その4

私のルームメイトは香川県出身だった。私が入室したときには
すでに彼女は自分の荷物を運び入れていて、勝手に右側のベッド
をとっていた。そして机に向かって、讃岐うどんを食べていた。私は
ちょっとむっとした。彼女は黒縁めがねをかけて、はんてんを着てい
た。彼女は独特のイントネーションで「お先に失礼してます」と言った。
私はだまって、MDウォークマンを聴きながら荷物を片づけ始めた。




 彼女は理学部の学生で、毎日帰りが遅かった。しかしある日私は
彼女が実験で遅いだけでないことを知った。彼氏が寮の玄関まで
送ってきたところを目撃してしまったのだ。背の高い、とてもりりしい
感じの青年だった。あのメガネに彼氏?私は嫉妬した。

 翌日から、彼女はメガネをやめてコンタクトにした。彼女の目はイル
カのようだった。そしてその翌日イルカはリュックサックを買ってきた。
 次の週からイルカは毎日曜日、ハイキングの準備をするようになった。
そしてその頃から彼女の机の周りに小さな箱が並ぶようになった。中は
私の方角から見えないようになっている。私は彼女の留守中にその箱を
見てしまった。なんとその箱は蝶の標本だったのだ。一箱に一匹ずつ、り
っぱな蝶が入っていた。私はぞっとした。私は虫、それも蝶が苦手なのだ。
 私たちは本当に必要なことしかしゃべらなかったのだが、ある日イルカの
ところにきた宅急便を預かったことで、少ししゃべるようになった。宅急便
はなんと青く光る羽根の蝶の標本だった。私が「きれいな蝶ね」と社交辞
令で心にもないことを言うと、彼女は目を輝かせて、「そうでしょう?これ
モルフォ蝶よ。ブラジルでとれたの」と言った。そして自分の持っている標
本をみんな見せてくれた。それらはなかなかよくできていて、見ていてそん
なに気味悪くなかった。蝶に対する私のアレルギーがなくなっていた。

 次の日曜日、私が起きたときには、彼女はもう出かけていた。私の机の
上にサンドイッチの入った皿が載っていた。イルカからの置き手紙があった。
「お弁当に作ったのこりですがよかったら食べてください。」
彼女の作った卵サンドイッチは卵が「ゆで卵」でなく「炒り卵」だった。香川
の彼女の実家ではそういうサンドイッチを食べるのだろう。
 私もちょっと昆虫の図鑑を見るようになった。イルカたちのとってくる蝶に
とても興味がわいたからである。虫嫌いの私がこんな図鑑を眺めている
なんて信じられないことだった。
 ところが、長い夏休みが終わって、寮に戻ってみると、なんとイルカの荷
物がなくなっていた。ただ私の机の上に黄色い蝶の標本とCDが一枚のっ
ていた。
Franz Ferdinandのマキシシングル「Do You Want To 」だった。
「アパートに移ることにしました。いろいろありがとう。私の作った標本です。
さてCDはあなたが愛用するソニーのウォークマンのコマーシャルの曲です。
人に選んでもらった御礼の品です」と走り書きがあった。「人」というのは彼氏
だろう。早速私はCDをMDに落としてウォークマンにセットした。
 それっきり、イルカとは会っていない。
  
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by nokogirisou | 2005-09-30 20:12 | ショートショート
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