カテゴリ:ショートショート( 6 )

木馬屋

  ヒロコの楽しみは昼休みに大学生協の中にある文房具
売り場に行くことだった。様々な濃さのえんぴつや色とりどり
の便せんが並んでいるのを眺めていると飽きなかった。それは子
どもの頃からの楽しみだった。たかが大学ノートを買うときも、消し
ゴムを選ぶときも、時間をかけて並んでいる品物を一生懸命眺め
て決めた。
 ある日、学食でお昼を食べた後にまたぶらぶら文具売り場で
新しく入荷したファイルを眺めていると生協でアルバイトをしている
アオイがやってきて
「ヒロコ、木馬屋の招待券をもらったの。よかったら行ってみて」
という。アオイが手渡したのは羊皮紙風の紙を二つに折ったもので
「木馬屋にようこそ」と書いてあった。開いてみると地図が描いて
あり「西洋文具店木馬屋にご招待いたします。ぜひおいでください。」
と添えてあった。ありがとうを言おうと思って顔をあげるとむアオイは
もうそこにいなかった。
 ヒロコは、午後の講義が終わると早速木馬屋に向かうことにした。
木馬屋は霜降り銀座の路地にあることになっていた。こんなところに
文具店があったなんてヒロコはまったく気付かなかった。しかし木馬屋
は確かに地図の通りにあり、古風な洋館のような建物だった。ヒロコの
ほかにも客が大勢いた。店内に入ってヒロコは驚いた。まるでヨーロッパ
の街角の骨董店にでも入り込んだのではないかと思った。筆記用具、
手帳、紙、画材、かざりものが所狭しと並んでいる。すべて輸入品の
ようだった。ヒロコは目を輝かせてひとつひとつ眺めてまわった。ここに
比べると、ほかの文房具屋の商品がまったく個性のない安っぽい大量
生産品に思われた。
  ヒロコは真鍮のペーパーウェイトやモールスキンの手帳や、羽ペンや
48色いりの色鉛筆などを夢心地で眺めていった。お店は階段の上も続
いていた。

「大変もうしわけありません。お客様、まもなく閉店時間でございます。」
と女性の店員に声をかけられてヒロコははっとした。腕時計の針はすでに
10時を指していた。店の外は真っ暗で、もうほかに誰も客はいなかった。
5時間近くもヒロコはこの店の中にいたことになる。
 「ごめんなさい。」ヒロコは深々と頭を下げた。こんなに長くいたのだから
何か買わねばならないとヒロコはとっさに、ペーパースタンドを手に取った。
ワープロで文書をうつときに、資料などを挟むスタンドで、紙をおさえる部分
がガラスの地球儀のような形の玉がはまっていた。
「これはおいくらでしょうか?」
ヒロコは値札がないのでびくびくしながらえんじ色の制服を着た店員に
尋ねた。店員はにっこり笑って
「ご招待でございます。どのお品物でも今日はお代金をいただいておりません」
といい、ペーパースタンドを手早くセピア色の木馬のもようのついた包装紙で包
んでくれた。 夢でもみているような気持ちでヒロコは木馬屋をあとにした。
 一週間後、ヒロコはまた木馬屋に行こうと思った。胸騒ぎがしたからだ。木馬屋
がなくなっていたらどうしようとヒロコは思った。あれは夢だったのではないか。
しかし木馬屋は確かに地図の通りにあり、古風な洋館のような建物だった。
 けれども、そこは西洋文具店ではなく、すでに100円均一ショップになっていた。
 
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by nokogirisou | 2009-02-11 21:15 | ショートショート

「ばら屋」

 その日は、めずらしく残業があって10時過ぎのバスに乗った。
後ろの窓際の席にすわりこむと、曇った窓ガラスをちょっとこすって
街のようすを眺めるともなく見ていた。デパートは閉店し、宴会帰り
の客が三々五々歩道を歩いているだけだ。
 交差点を左折したところにあかりのついている店があった。「ばら屋」
という紅茶のお店だ。赤信号でバスが停まっている間に、ガラス張りの
「ばら屋」のゴージャスな店内がよく見えた。私はいつかここでアフタヌ
ーンティーを試してみたいというささやかな夢があったので、身を乗り出
してみた。あかりがついているということは今日はまだ閉店していないよ
うだ。こんなに遅い時間まで営業しているとは意外だった。しかしいつも
見るお店とちょっと様子が違っている。
 何やら黒い服を着てアコーディオンを弾いている人が見えたのだ。
その横にヴァイオリンを弾いている人影も見えた。その近くのテーブル
に腰掛けているのは、お客ではなく、スタッフたちのようだ。彼らのテー
ブルの上にはすっかりお茶の用意が調っていた。まるで『メアリー・
ポピンズ』に出てくるような完璧なお茶の時間のようだった。
 もうちょっと見ていたいと思うと、バスは動き出す。
 私は好奇心の塊になった。何をしているのか見てみたい、確かめたい。
私は急遽次のバス停で降りるためにブザーを押した。
 バスが止まるまで、なんと長く感じられたことか。私は走ってバスで来た
道の歩道を戻った。ところが、ほんのわずかな時間だったはずなのに
「ばら屋」のあかりは消えていた。音楽のなごりもお茶をしていた形跡も
なく、そこには閉店した「ばら屋」があるだけだった。

 
 
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by nokogirisou | 2009-02-06 21:11 | ショートショート

Do You Want To

 rannさんのbkogからショートショート その4

私のルームメイトは香川県出身だった。私が入室したときには
すでに彼女は自分の荷物を運び入れていて、勝手に右側のベッド
をとっていた。そして机に向かって、讃岐うどんを食べていた。私は
ちょっとむっとした。彼女は黒縁めがねをかけて、はんてんを着てい
た。彼女は独特のイントネーションで「お先に失礼してます」と言った。
私はだまって、MDウォークマンを聴きながら荷物を片づけ始めた。

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by nokogirisou | 2005-09-30 20:12 | ショートショート

Rockin' On

rannさんのショートショートに触発され その3
 ドイツにいるK子さんから久しぶりに絵はがきが届いた。私は学生時代
のある秋の日のことをくっきり思い出してた。
 あの日、K子さんが、森へつれていってくれるというので、旅の支度をし
て待っているとK子さんは、赤いスターレットに乗って私のアパートの前に
やってきた。
 K子さんは私より6歳年上なのにスヌーピーのワンポイントのはいった
ソックスをはいていた。K子さんは音大の大学院生で日頃バッハやモー
ツァルトなどの曲をピアノで練習しているのに、私のアパートに来るときに
はいつもビートルズの入ったカセットを持ってきた。K子さんは料理が得意
なのに、いつも私の狭いアパートで夕飯を食べた。  
 
 

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by nokogirisou | 2005-09-25 20:12 | ショートショート

at フィールド

  rannさんのショートショートに触発され その2

 昼飯を食べようと中古のカローラをぼんやり運転しながら、入れそうな
店を探していると「フィールド」という看板をみつけた。ちょうどそのとき僕
のカーラジオがビートルズの「ストロベリーフィールズフォーエバー」を流
していたので、その店の駐車場に入る気になった。
 店は、カントリー風の作りで、かかっている音楽はオールビートルズ。有線
放送にそういう番組があるのかもしれない。メニューはカレーやスパゲティだ
の自分でつくれそうなものばかりだったがそれにビートルズの歌のタイトルが
ひっかけてあった。店主みずからオーダーをとりにきた。店の雰囲気とはあま
り合わない、不機嫌そうな大柄な男だった。
 「グラスオニオンカレーを」
 「お客さん、この席は4人がけなので、混んできたら相席をお願いする
かもしれませんがよろしいですか。」
 

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by nokogirisou | 2005-09-24 03:01 | ショートショート

  rannさんのショートショートに触発され その1

 どうしようもない喪失感で彼女は目が覚めた。
 どんな夢を見ていたのだろう。起きあがった瞬間夢の内容は消えてしま
った。なぜか窓があいていた。昨晩は雨が降っていたので開けた覚えは
ないのだ。
 いつも目覚ましにしている携帯電話は枕元になくなっていた。昨日職場に
でも忘れてきたのだろうか。昨夜の記憶をたどってみる。
 …しかし、たとえ枕元にあったとしても彼女の喪失感はうまらないだろう。
彼女が待っているメールはこのところずっと到着しなかった。彼女の方から連
絡をとることもなくなっていた。そうすることが男をわずらわせることを直観で
感じていたからだ。男の方は別のだれかからの連絡を待っているはずだ。
こういうねじれはよくあることだった。
 

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by nokogirisou | 2005-09-23 05:17 | ショートショート

感じたこと・考えたことを忘れないために。