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コクリコ坂から

 7月16日初回の「コクリコ坂から」を見にいった。
あまり予備知識なく、ふらっと映画館に入ってみたのだが、
宝物をそっと手渡されたような、ほんわり幸せな気分になる
映画だった。
 私はジブリの細部を丁寧に描くやり方が好きなのだと思う。
そしてジブリの映画に出てくる建築物が好きなのだと思う。
今回の明治時代からの洋館だというコクリコ荘も、港南学園
の部室棟であるカルチェラタンも魅力的な建物だった。そして
この映画に描かれている日常生活とあの頃の「昭和」の空気
がとてもいとおしかった。
 1963年には私は生まれていないが、この高度成長期の
活気と青春の雰囲気は懐かしい気がしてしまう。そして坂本九
の「上をむいて歩こう」の挿入がとてもぴったりだった。

 母の長期の留守の間下宿人たちのご飯を作り、家を切り盛
りする松崎海は、最初から魅力的な少女だった。理想的な女性
だと思う。だからこそ、彼女が泣いたり母に甘えたりするシーン
はどきどきする。
 一方、カルチェラタンの住人で派手な活動家で新聞部の風間
俊は、初めガキ大将というイメージだったが、しだいに好青年に
見えてきて、だんだんこちらも恋してしまいそうになる。

 そして、ここに描かれる高校時代、高校生活がすばらしい。
全校生徒でこんなに熱くなること、一緒に活動すること、語ること
歌うこと、今はあるだろうか。大人たちの都合と規制という限られた
条件の中で行事を企画することしか許されていない今の高校生が
ちょっとかわいそうになる。

 私の知らない船乗りの生活や朝鮮戦争の影響など、もっと知りたい
ことがたくさん湧いてきた。とにかく俊と海の希望を暗示する終わり方
でよかった。いい映画だったと思う。宮崎吾郎さん、だいぶ苦労された
のだろうと思う。苦しんでじたばたしないと、人の心に残る作品は生まれ
ない。地味でノスタルジックだけれど、この作品は本当によかった。
by nokogirisou | 2011-07-17 14:11 | 映画

 公開直後から見たかったのだが、都合が合わず、DVD公開になってもずっと借りられ
っぱなしで、ずっと見られなかった。ようやくレンタルして見ることができた。
美術大学に通う19歳のみるめ、39歳のリトグラフの非常勤講師ユリとの純愛を描く。
 美大仲間の堂本、えんちゃん、みるめの関係が並行して描かれ、田園風景や、美大
の雰囲気が伝わってなかなかいい映画だった。全体に冗長で長々とした作品なのだが
それもまたよかった。みるめとじいちゃんの関係にも惹かれた。
みるめはユリとの仲をうれしそうに告白するが、それが、えんちゃんを傷つける。
傷ついてもえんちゃんは、みるめを心配する。
 みるめは、思い切ってユリの上を訪ねるが、そこで実はユリは既婚者であることが
分かる。猪熊さんという、あったかい旦那さんがいるのだ。ユリは夫に頼りっぱなしで夫
がいることがみるめにばれても「言わなかったっけ?」と少しもひるまない。みるめは動
揺を隠せない。
 そんなみるめを心配するえんちゃん。そのえんちゃんを心配する堂本。
私たちは知っている。 
 こういう若い恋はかならず終わりがあるということを。
 「ユリ」は姿を見せなくなったなと思ったら、なんと夫の猪熊さんとインドに行っていた。
 「みるめ」は一人美大の屋上で呆然とするしかない。
  
   「ユリ」にすっかり翻弄された「みるめ」は、もう時間をかけて立ち直るしかない。
 ユリを演じる永作博美、みるめを演じる松山ケンイチがいい。
by nokogirisou | 2009-02-19 13:43 | 映画

 映画をたくさん見たいと思っている。でも実際に劇場で見られる
作品はわずか。
 この作品は、どうしても見たくて見たくてやっと時間を作って見る
ことができた。
 原作のイメージとは違うなと思っていた寺尾聰が、思いの外いい
味を出していて魅力的な博士を演じていた。深津絵里の表情もとても
すなおでよい。一生懸命けなげに働く姿がとても美しかった。
 狂言回しの吉岡秀隆が数学を語るとき、とても不器用であたたかくて
たまらない気持ちになった。吉岡が演じるのは、成人したルートである。
彼は中学校の数学教師となって、自分と母と博士の物語を語っていく。
 原作の静かで、緻密な時間がほんとうにうまく再現されていてよい
映画だと思った。数式が本当に美しく思えた。これは本を読んでいたとき
には感じられなかったこと。
e(πi)+1=0
「時は流れず」
最後のウィリアム・ブレイクの詩がとても気になった。これから探そうと思う。
by nokogirisou | 2006-02-19 19:36 | 映画

  今日は出かける用事があったのだが雨がひどくて、予定変更。映画館に向かう。
 めざすは「スターウォーズ episode3」
職場でも話題になっている作品だ。1980年代に「スターウォーズepisode4」が
できたとき、大変なもりあがりだった。当時青春時代を送った人たちにとってはたま
らない作品のようで、私の周りの人たちもみなリアルタイムでこのシリーズを見続け
てきた。レイア姫のことをうっとり語り続ける先輩A。「私は最初のデートがスターウォ
ーズだったのよ。忘れられないな」などと感慨深げな先輩B。
 私は不幸にもロックと映画に無縁な(私の両親はロックと映画は不良の入り口だ
と固く信じていたのだ)、灰色の少女時代を送ったので、もちろん「スターウォーズ」
を見るチャンスがなかった。 テレビで何度も放映していたにも関わらず、である。
 そして最後のepisode3の公開を迎えてしまった。もう、誰も映画を見ることをとが
める人はいない。チャンスは突然やってくる。 雨のおかげで見ることになった「スタ
ーウォーズ」
 初めは、どうなっているのか、ジェダイやらシスやら、わからなかったが、だんだん
流れがつかめてきて、すっかり夢中に。とにかく画面が、美しく激しく飽きない。
ヨーダの動きのリアルさといったらない。
 悪夢にとらわれるアナキン。夢は単なる夢ではないのだ。アナキンが、魂を売って、
ダース・べイダーになってしまう場面は象徴的だった。手足が切断されて、黒こげに
なってしまうシーンは「うっ」ときた。しかし、だからこそ、ダース・べイダーはあのような
メカニックな仮面姿に生まれ変わるのだ。
 アナキンの実子、ルークとレイアの双子が生まれ、それぞれが違う家族のもとに預け
られたところでepisode3は終わる。「え?これでおわっちゃうの?」という感じ。
 その脚でレンタルビデオ店に走るが、「スターウォーズ」シリーズの多くは貸し出し中。
唯一残されていたepisode1を借りた。
 
 
by nokogirisou | 2005-08-10 20:33 | 映画

感じたこと・考えたことを忘れないために。