一期一会

 
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 昨年いた場所に今自分はいない。昨年できたことが
今はできない。あのとき、その人やあの人と、いっしょに
仕事をしたこと、演奏したこと、テニスしたこと、スキーしたこと
卓球したこと、ご飯食べたこと、お酒を飲んだこと。どれもそれ
ぞれが一回限りのことだ。だからその一回一回を大事にして
きた。今もこの瞬間は、これっきり。

 どんなことも同じ状態は続かない。
私自身変化している。世の中も変わっている。
すべて、変化していくのだと思う。これは確かななこと。
 
 それをわかった上で、昔の職場に赴いた。
 そこでは恒例イベントの準備がなされていた。
 
 なんというか…当たり前のことなのだが、懐かしいけれど
自分の居場所ではない。
なつかしい人たちに逢えるのは本当にうれしいのだが
自分はお客なのである。
そして、自分が勤めていたときとは事情がいろいろ変わって
いるのだ。よくもさびしくも。
 みんな遠慮なくどうぞって言ってくださるのだが、なんだか
長居してはお邪魔のような気がする。
 そして私には私の別の居場所があるのだ。

 こそこそやってきて、こそこそ帰っていく。
 最近とても感じること。
 残されている時間は少ないということ。
 「今を生きる」」ということは、今さえよければいいということで
はない、とどこかの高校生が言っていた。
 同じ場面も同じ気持ちも、二度とない。
 今この瞬間を本当にいとおしく思う。 
 
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by nokogirisou | 2004-10-16 18:07 | 日々のいろいろ

トンボ狂

 
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 世の中には、本当にその道のプロというのがいるものだ。
昨年、日本最北端でマルタンヤンマを捕まえたYさんにお会い
する機会を得た。Yさんの作る標本も見ることができた。
 これが、本当にすばらしく、絶句した。沖縄、石垣島から奄美
にまで、遠征に出かけて採集している。図鑑の中でしかみたこと
のない珍しい、トンボ・ヤンマが、立派な標本箱の中に並んでいる。
色褪せも最小限に抑えられていて、美しい。
 ミナミヤンマ、ベッコウチョウトンボは見とれてしまう!

 このYさん、実に親切で、お話好き。採集の用具、方法から、標本
の作り方まで一気に語ってくれた。
 ポイントは釣り具屋さんと仲良くなることのようだ。トンボとりには
タモが必需品。網、さお、は、釣り具を工夫して作るそうだ。もちろん
秘密の細工も必要。
Yさんは、釣り具屋さんだけでなく、全国のトンボとり仲間もたくさん
知っている。
 ここまでやるには大変な投資をしているそうだ。何事も本気でやれば
投資が必要だ。それはよくわかる。そしてその情熱。冬の間、いかに
モチベーションを維持しつづけるか重要だという。冬は地図を眺め、図鑑
を眺め、春を待つ。
 さて、私もぼちぼち、来年の採集のために準備をはじめようか…。
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by nokogirisou | 2004-10-14 21:28 | 虫たち

蕗谷虹児展

 
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 10月9日から長岡市の県立近代美術館で「蕗谷虹児展ー少女
達の夢と憧れ」をやっている。この新発田市出身の画家は日本画
家を目指して上京したが竹久夢二の紹介で少女雑誌の挿絵を描く
ようになり、人気作家になってしまったという。
 その虹児の描く女性の目は私にはどれも哀しげに見える。早くに
亡くした母の面影が影響しているらしい。しかし、こうして時代ごとに
並べてみると、目なざしがしだいに変化していることに気が付く。私は
やはり後半の作品の顔の方が好きである。
 私は、童話の挿絵としての蕗谷虹二の名前を記憶している。子ども
の頃は、実はあまり好きでなかった。つんとすましていて、気に入らな
かった。けれども、今はある種の静謐の美しさを感じる。今回も講談社
の絵本の作品がたくさん展示されていたが、小学校校の図書館に並ん
でいたことを懐かしく思い出した。やはり圧巻は人魚姫か。

 新発田の蕗谷虹児記念館にも何度か足を運んだことがある。建物は
洋風で、ほんとにすてきなのだが、ここには所蔵品カタログがなく、展示
されている作品も少なめであった。それがちょっと残念だったので、今回
の展覧会の開催は私には嬉しかった。
 美術館を歩く時間が好きだ。画家のたどった時間を大急ぎで追いかけ
ていく。
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by nokogirisou | 2004-10-12 22:03 | アート

万代島ラーメン村

「これぞ、私のおすすめラーメン!」
 新潟には、本当にたくさんのラーメン屋がある。それでもどんどん新しい
ラーメン屋がどんどんオープンしていく。ラーメン好きの人が多い。雑誌で
ラーメンランキングなどの企画を組むと、私の周囲の人々は迷わず購入して
研究に余念がない。
 私もほどほどにラーメン好きで、あちこち試している。
 最近は、昔ながらのあっさり中華そば系のラーメンが好きである。
 昨日は、午前中、冬物と夏物の入れ替えをしたり、大掃除に追われていたの
で、すっかり疲れて、昼に無性にラーメンを食べたくなった。
 台風一過。空がいい青だったので、万代島に向かう。一昨日訪れた「みなとぴあ」
とは信濃川を挟んで反対側。ここに万代島ラーメン村というのがある。屋台が並ぶ。
 
昨日は「雲呑」という漢字に惹かれるものがあった。迷わず暖簾をくぐってカウンターへ。
 まもなく2時になるというのに、お客であふれていた。とり梅雲呑ラーメンを注文する。
 さて、登場したのは、中華そば系のスープ、細麺のラーメンの上に梅で味付けされた
鶏肉入り雲呑がのっかったものだった。雲呑がラーメンの味を邪魔しないとこが気に入
った。ラーメンのスープの味もあっさりしながらコクもある。一気に食べる。
 私は麺類を食べるのが早い。人といっしょに食べて、まず負けたことがない。(別に
競争して食べているわけではないのですが、気がつくと終わっているのです。)
 ラーメンを食べ終わって外に出ると、芝生で遊ぶ親子がいる。ジェラートスタンド
に並んでいる人がいる。ラーメンの後はやはりアイスである!「しぼりたてミルク」味
のアイスを食べた。うーん。満足満足。海を見て、空を見て、船をみながら食後の
アイス。
 

 
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by nokogirisou | 2004-10-11 05:53 | 日々のいろいろ

長安文物秘宝展

 新潟の下に「みなとぴあ」(新潟市歴史博物館)がある。信濃川を挟んで
向かい側に佐渡汽船のり場と、朱鷺メッセがある。
 この「みなとぴあ」の本館は、明治44年に建てられた2代目新潟市庁
舎の外観をもとにデザインした洋風の建物である。私は古い洋館に弱い。
こういうものを見るとすぐに中に入りたくなってしまう。子ども時代からずっと。
同じ敷地内に明治2年に建てられた旧新潟税関庁舎や、昭和2年に建てられ
た旧第四銀行住吉支店の建物が移築されて並んでいる。

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 初めて、中に入ってみた。ちょうど長安文物秘宝展をやっていた。
 うわさに聞いていた兵馬俑を見ることができた。なかなか見事だ。
 秦の兵馬俑は1974年、に井戸を掘っていた農民に発見されたそうだ。
 土をやいて作った等身大の兵士や馬なのだが、すばらしくリアルで、
よくできていて驚いた。これが8000体にも及ぶという。

 その後に常設展を見たのだが、これがなかなか見事だった。
 新潟市は私が生まれ育った町ではないので、知らないことが
たくさん。大変勉強になってしまった。
 展示物、音、映像で、飽きることなく新潟の歴史と風土を学ぶこと
ができた。たっぷり時間がかかったが。
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by nokogirisou | 2004-10-10 08:27 | アート

バックボレー

 一週間たつと身体がむずむずしてどうにもテニスをしたくなる。
 下手の横好き。心わくわく、雨の中スクールに向かう。
土曜午前のレギュラーレッスンに行った。アルビファンのOコーチだった。
昨日は、男4人がみな10代。もう一人の女性は20代前半。(私ひとりで
平均年齢をあげていた。)みんなよく動き、コーチの指示をすぐ理解して
動く。なかなかレベルの高いクラスである。
 今月のテーマは「サービスとバックボレー」である。
 定番メニュー
 1 ショートラリー
 2ボレーvsストロークの練習
 3フォア3球ずつとバック3球ずつ球出ししてもらってコースを打ち分ける練習

 球出ししてもらって3球横に移動しながらバックボレー
 サービスラインから前に出てバックボレー
 そのままネット際に出してもらった球をバックボレー

 サービス練習はコースをねらう
  トスはまっすぐちょうど良い高さに
  スピードあるサービスをめざす

 その後は団体戦形式で試合

 ジュースの連続の試合だった。男性陣のサーブは威力あるのだが、
フォルト続き。あれが入っていたら、どう返すかを考えた。
 バックボレーをするチャンスがけっこうあったのだが、慌ててしまい
いいコースをねらえなかった。
 
 なんだか試合は不完全燃焼だなと思っていたら、もう一人の女性が
「もう少しやっていきませんか」と声をかけてくれた。
 結局次のレッスンまでの30分をみなで残って打ち合いをした。
思い切り汗をかけて気持ちよかった。このクラスは、みな前向きで
熱心で、しかも仲良く雰囲気がよい。
 できるだけこのクラスに出たいと思った。
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by nokogirisou | 2004-10-10 08:12 | テニス

デビルマン

 
映画デビルマンが話題になっている。
 私があそびまわる、街の怪しいおもちゃ屋には最近デビルマン関係の
 フィギュアがあふれている。
 昨日の朝日新聞には、辛口の映画評が出ていた。
 日本のCG技術はほめているが、役者の迫力不足を指摘している。
 演出にも緊迫感を出す努力を求めていた。

 それにしてもどこでも書かれているのは、原作のすごさである。
 「紙とペンだけであれだけの衝撃を与えた原作の、なんと偉大なことか。」
 と小原篤氏は書く。
 私の周りにも原作に影響を受けた人が多い。
 語り始めると、真剣になる。
 私自身はテレビアニメしか見ておらず、これから原作を読むところ。
 古本屋を探しているが、実写版の影響でなかなか手に入らない。
 こうなったら、講談社漫画文庫版を買うしかないか…。
 
 
 
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by nokogirisou | 2004-10-09 03:12 | 日々のいろいろ

諏訪内晶子

 
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日本人女性のヴァイオリニストにとても興味がある。
その昔、堀米ゆず子が好きだった。彼女のバッハを何度も聞いた。
千住真理子は、イザイの演奏の集中力がいい。彼女は演奏もさる
ことながら。その文章がおもしろい。
五島みどりは、最相葉月の『絶対音感』を読んでから興味を持った。
でも今一番興味があるのは諏訪内晶子だ。彼女の音色が好きだ。

1990年にチャイコフスキーコンクールで優勝したときは、興奮した。
デビューCDを早速買って聴いた彼女のブルッフのヴァイオリン協奏
曲1番はとてもかっこいいと思った。
 しかし、彼女は、コンクールでもてる全ての力を出し尽くしてしまった
らしい。その後のコンサート生活にも疲れてしまった。精神的余裕を失
い、しばらく日本での演奏活動を休止し、アメリカに留学した。ヴァイオ
リンの演奏も音楽も、その他の教養科目も勉強し直そうと思ったそうだ。
その3年間で彼女が一番に学んだのは「物の観方」「心の姿勢」だった
という。
 彼女が優等生的なヴァイオリニストから抜け出せるかどうか私は
見守りたかった。そんなに熱心に聞き続けているわけではないが、
なんとなく彼女を追いかけ続けたいと思った。
 最近車の中で聴いているのはショーソンの「詩曲」だ。
 これは私の好きな曲だ。とても切ない気持ちになる。瞑想的で神秘的。
人生を象徴しているかのような、不思議と不安と、陶酔に満ちている。
 諏訪内は「ヴァイオリンは生き物だ」という。日によって音が違う。
ひく人のテクニックや曲の解釈が変化すると楽器は鋭敏にそれを察知
するのだそうだ。ヴァイオリンの音色をもっともっとよく聴いてみたいと思う。
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by nokogirisou | 2004-10-07 22:14 | 音楽

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DADAさんが紹介してくれた曽根麻矢子の「ゴルドベルグ」を聴いた。
彼女はこれを12月のパリの19世紀の教会で、録音している。背中にぞくぞくきた。
端正な、まさに音を紡ぎ出しているようなゴルドベルグ変奏曲だ。チェンバロという
よりやはりクラブサンという楽器名がしっくりくる。
 「最後のアリアにもどった時の安堵感をどう表現していいのだろうか?」
この言葉は私にとってとても印象深いものだった。聴いている私も最後のアリア
にたどり着いたとき、なんとも言えない安堵感を背中に感じていたから。
 「人生で、どんなに辛いことがあってもバッハの音楽があればのりこえられる  
 ような気がする」
という曽根の言葉は重い。
バッハの理解と関わりの深さにおいて、とても比較できることではないのだが
かつてピアノのお稽古で苦しんだ、今はただの音楽家愛好家にすぎない私も
何かがあって、涙を流した後にもどってくるのは、バッハだっだ。入院したときも
バッハのCDしか持っていかなかったことを思い出した。
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by nokogirisou | 2004-10-07 05:07 | 音楽

『ぼくのお姉さん』

 おくればせながら『ぼくのお姉さん』(丘修三著 偕成文庫)を読んだ。
これはジャンルとしては児童文学に分類されてしまっているけれど、よく
できた短編集だと私は思う。
 「ぼくのお姉さん」ではダウン症の姉を弟の正一の目がなかなか鋭く
捉えている。17歳の姉ひろが、みんなに早く帰ってこいという。家族は
半信半疑で夕方集まってくるのだが、ひろは母にご飯を作ってはだめ
と泣く。レストランに行きたいというのだ。わがままかと思いきや、福祉作業所
で勤め始め、初めての給料で家族にごちそうしたいという、ひろの心遣い
だった。障害者を主人公にする小説はむずかしい。これは短いのに、きれ
い事だけで描いていないところがいい。じんと腹に残る物語だった。なんと
いっても言葉によるコミュ二ヶーションを取り合うことのむずかしさがとても
リアルだ。そして家族ひとりひとりの存在感がとてもいい。チビ・デブ・ブス
のお姉ちゃんをありのまま、そのまま受け入れようとする正一の弟としての
気持ちが自然だ。

丘さんは、実際に障害児教育に関わって来られた方で、初めて養護
学校に勤めて、脳性麻痺の子どもたちと接したときは、「なんて汚い、
臭い、醜い子どもたちだ」と思ったそうだ。けれども毎日毎日接している中で、
子どもたちに対する気持ちが変わっていく。
 思想、理念というものは先にあるのではなく、共存することによって作られて
いくのだと実感したそうだ。
 それはなんとなく私にもわかる。
 いいことも悪いことも、共に生きている中で体験して考えが変わっていく。
互いに対する理解も深まって行くのだろうと思う。
ペンネームはこの世の中「おかしいぞう」の響きに似ているからとったとか。
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by nokogirisou | 2004-10-06 06:17 | 本と図書館

感じたこと・考えたことを忘れないために。